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Geister Kontinent   精霊大陸での日常  作者: うぃんてる
第一部 賢者の学院編
53/234

45.伯爵邸攻防戦 後編

最終改稿日2015/04/12

『……人間ごときのくせに調子にのるでないわっ!!』


 相当頭に来たのか吸血鬼卿が無詠唱にて漆黒の槍を伯爵夫妻に複数放つ。が。


「あら、そんなところにぼけっと突っ立っているのが悪いのよ。「反射魔鏡リフレクト」」

「全くだ。余裕のつもりが仇になる良い見本だな?なぁ、フラウたち」

『!!……しまっ、ぎゃぁぁあああ!!』


 フェルリシアは落ち着いて単体対象の魔法を使用者に跳ね返す魔力の鏡を展開し、ウィリアムは可愛らしいフラウの少女達を沢山はべらして氷鏡を展開させ放たれた全ての漆黒槍を吸血鬼卿へと跳ね返した。


「……シルフィニアス、お前本当はバカだろ。少しは学習しろよ……」

「しっ、陛下、言っちゃダメです。可哀想ですよ」


 サーレントの心底呆れた憐れみを含んだ呟きにフェルリシアが可哀想な人を見るような表情を浮かべつつ嗜める。ウィリアムに至ってはシルフィニアスに留意しながらもフラウたちの頭を撫で撫でして労っている。


『……もうよい。どうせ一度は死ぬのだ。多少傷物になろうと構わぬ……』

『……屋敷ごと潰れてまとめて死ね。「彗星落下コメットストライク」』

「させないよ。七精霊結界陣オーベルヘキサグラム発動!フェル!陛下!後はお願いします!」

「任せて。陛下、私たちで時間を作ります。その間に準備を」

「……仕方あるまい。分かった」


 上級魔法語魔術にある隕石落下メテオストライクの上位魔法でルーンマスターの上級魔法、彗星落下コメットストライクの発動が完了する前にウィリアムが割り込んで古代神霊語魔術による結界を起動させる。ギリギリの割り込みな為、シルフィニアスの魔術を拒むことは出来ず、対処を妻のフェルリシアに一任して結界の維持に全力を注ぎつつ呼び出した精霊たちを精霊界へ送還していく。

 フェルリシアは高空より高速で落下してくる彗星の衝撃に耐えるべく自分たち3人に濃密な魔力による魔法防御盾ルーンシールドの上位魔法、魔術防衛壁ルーンガーディアンを右手と左手による同時魔方陣描画ダブルドローイングと高速詠唱の繰り返しにより着弾のその瞬間まで何枚も掛けられるだけ重ねて掛けていく。


『……無駄な事を。死ね……』


 着弾直前に吸血鬼卿は黒い霧へと姿を変え爆発の衝撃と熱から身を躱すべく霧散化していく。


 そして。


 視界が蒼白から真白へと塗り潰されつんざく轟音から鼓膜が破れんばかりになり麻痺して何も聞こえなくなり、身を焼き切るような熱風と衝撃波がフェルリシアが幾重にも重ね掛けた魔術防衛壁ルーンガーディアンを次々に剥ぎ取りながら狂い荒れ翻弄されていくのを感じて。吹き荒れたエネルギーが消え去るのを感じたサーレントが辺りを見回したその光景は。

 再び元の姿に戻る吸血鬼卿と、片膝を付き全身血塗れでだらりと垂れ下がった左腕に右手を添えて激しく肩で呼吸を繰り返す苦痛に歪んだ顔のフェルリシアと、自分同様無傷ではあるが結界維持に相当の精神力を注ぎ込み脂汗を垂らしているウィリアムの姿があった。


『……ほう。あれをやり過ごすとはの。面白い……いいだろう、女。お前も死後余のコレクションに加えてやろうぞ……』

「誰、が、貴方なんかに……げほっ」

「浮気性の極みな君などには大事な妻をやれないなぁ、手放す気も全くないけれど」

「まだ、やれるようだな?フェルリシア、ウィリアム。いま少し頼むぞ……」

「「御意」」

「さてと。どうせかなわないだろうけれど冥界に旅立つ前にシルフィニアス、君が気になっていることを教えてあげようか?」

『……ほう?』


 あなた?!とフェルリシアはウィリアムに声を上げ掛けるがウィリアムの目配せに意図を察し僅かばかりではあるものの与えられる休息を最大限に活用するべく聞こえないくらいの小さな声と感知しにくい程度の魔力で回復ヒーリング護符アミュレットを使用する。


「……君は気になっている。私が高等精霊語魔術師なのに古代神霊語魔術を使えていることが、ね」

『……確かにな。それに貴様、大体その実力ならば上位職にもなれるだろうが』


 食い付いた。ウィリアムは心のなかでほくそ笑む。しかし表情には浮かべないように努めて言葉を重ねる。


「私の先祖はギルドギダンの生まれでね。ラン・エンシェとレン・エンシェ、と言うんだよ」

『な、に……?戯れ言を……』

「エンシェ家は君も知るように特殊な女系の家系でね、特別な異能ちからは女児にしか受け継がれないし、そもそも女の子しか生まれないから基本的に入り婿になる」

「けどね、世の中、予定外イレギュラーはあるものなんだよ。つまり、私の事さ」


 そろそろフェルリシアのしていることに気が付かれるだろう。だから、気が付かれても対処できないように先手を打たせてもらう。


「私は正真正銘、エンシェ一族の生まれだよ。ウィンターを名乗っているが、ね。だから君が恐れているとある禁術も継承しているんだよ……?」

『何……まさか代償魔術による封印術……』

「この七精霊結界陣オーベルヘキサグラムが有効である限り君がここから抜け出すことは不可能だ。解除は私の命がこときれるか、私の意志によるものか。……まぁ、どのみち君には関係の無い話だろうね。君の運命は定まったのだからね」

『おのれ……!ならば貴様をまず殺してくれるわっ!!』

「はははっ、無理じゃないかな?あの彗星落下コメットストライクで私たちを殺し損ねている理由に君は気が付いていない。フェルリシアの能力が高いのは理由の一つでもあるけれど彼女は現役じゃない。ならば導かれる答えは一つさ」

「君の力が弱められているんだよ、この神聖な霊気で満たされた七精霊結界陣オーベルヘキサグラムによって、ね」


 ウィリアムが遅れて参戦した理由はこの七精霊結界陣オーベルヘキサグラムを敷く為に必要な準備をしていたことに尽きる。サーレントの所持する氷霊石ひれいせきを中心にヘキサグラムを描く形になるように屋敷敷地内にそれぞれの精霊神に聖別された品々を霊的に安置させるのに手間取ってしまっただけなのだ。

 ちらっと最愛の彼女フェルリシアの方を確認してみれば大分呼吸は安定して流血も治まってきているようだ。相変わらず左腕は機能していないようだがそれは仕方がない。右腕さえ動けばなんとかなるだろうし。


「さ、始めようか?君の終末フィナーレを飾る円舞曲ワルツを。「三姉妹戦乙女ドライバルキリーズ戦舞曲ワルツ」」

『この程度で余が屈するとでも思うかっっっっ?』


 光り輝く鎧と槍、そして鏡のように磨き上げられているような盾を装備した三人の戦乙女たちがウィリアムの命に従い召喚され吸血鬼卿に襲いかかって行く。吸血鬼卿も愛娘ウィンテルを瀕死に追いやった毒々しいクリスを手にして互角の戦いを繰り広げ始める。

 その後方ではようやく立ち上がることが出来るようになったフェルリシアが腰のポーチに詰めてあった予備の魔晶石を使いながら再び全員に魔術防衛壁ルーンガーディアンを右腕で魔法陣描画ドローイングしながら詠唱をしつつ可能な限りの重ね掛けをし始める。


「はははっシルフィニアス。早く私を倒さないと禁術の詠唱を始めちゃうよ?」

『抜かせ!こやつらを動かしている限り禁術など使えぬくせに』

「よく分かっているじゃないか、さすがリン・エンシェ様に封印された事だけはあるな!」


 サーレント陛下の聞き慣れない言語、おそらくあれが本来の禁術に使用される文言なのだろう。すっかり私の挑発に乗せられてしまっているシルフィニアスに気付かれないような小声でやたらと長い詠唱と魔法陣描画ドローイングをしきりに重ねているようだ。シルフィニアスの邪土塊アンホーリーソイルが全て浄化出来ていない以上、陛下には申し訳ないが封印して戴くしか方法がない。


『そらっ!やはり余の敵ではないなっ、次は貴様の番だ……』

「おやおや。三姉妹では荷が重かったようだね。ですが……私たちの勝利のようだよ?」

『何をバカな……余の勝利は揺るがない、ん?この詠唱はなんだ?この、余にまとわりつく気配、は……』


 この時になってようやくシルフィニアスはサーレントのしていることに目を向け表情を驚愕に一変させる。本当に禁術を行使できるのが誰か、ということに気付かされる。その詠唱が終盤にかかっていることに気が付き霧散化によって逃亡することも出来ないことが分かり激しく憎悪の表情に変わる。


『貴様ら……。おのれ、おのれぇぇぇっっっ!!ならば道連れにしてくれる、渾身の一撃を喰らうが良い「彗星落下コメットストライク」』

「……我が英知の一部と魂の数片、庇護を代償に怨敵シルフィニアスを封ずる。禁呪「時空牢獄クロノスプリズム」!!」

『おのれぇぇぇぇぇっっっっっ………………』


 シルフィニアスが時空の裂け目に引きずり込まれるように消え去った直後、再び閃光と轟音、熱風と衝撃波が三人に襲いかかる。先ほどよりも遙かに高い威力に全ての魔術防衛壁ルーンガーディアンが剥ぎ取られ吹き飛ばされ、ウィリアムの集中も途切れたことにより七精霊結界陣オーベルヘキサグラムもガラスが砕け散るような音響とともに解除されてしまう。

 全身を強く地面に叩き付けられ肌が焼けただれているように熱く、そして複数箇所の骨が砕けたようにぴくりとも動くことが困難で、精神も疲弊している。誰かが耳元で騒いでいる。しかしもう何も意味が分からない。意識が、落ちていく。暗く、深い、底へと。そうしてフェルリシア、ウィリアム、サーレントの三人は致命傷こそ免れたものの、瀕死であることには変わりなく、配下の神官達が必死の詠唱治療を受ける中意識を失ったのだった。

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