42.吸血鬼卿の思惑
最終改稿日2015/04/12
「…………やはり200年の年月は、響くな。口惜しい」
渾身の一撃発動による強制転移により見知らぬ場所へ飛ばされたシルフィニアスは己の油断と弱体化を呪っていた。
「しかし。あのウィザードの娘……まさかの。しかし血の匂いといい、魂の波動といい、似ておる」
我を封印した小癪な娘、リン・エンシェに。
「ともあれ、封印を解いてくれた人間共には感謝せねばな。……不味いとはいえこの私の食事になれたのだから光栄に思っているだろうがな」
それにしても、とシルフィニアスは愚痴をこぼす。
「この世界ではない別の世界のあの娘。惜しい事をした。あれは極上の美味であろうに……」
それになかなかの美少女。コレクションに加えるに相応しい。
「……確かウィシュメリアであったな、あそこは。我が眠りの呪いはそう簡単には解けぬ。あのウィザードの娘共々必ず奪ってやろう。それから我に小癪な真似をした娘もだ……」
シルフィニアスは一先ず自分が拠点にしている海上の古城へ帰還すべく転移門を詠唱する。
「……む。開かぬ、だと?馬鹿な……」
シルフィニアスの眼前に現れた転移門が通常であれば接続と同時に勝手に開くはずが、開かぬまま消滅していく。詠唱の失敗であるなら転移門自体が出現しないのだから、発動は成功しているはずだ。
「……何故だ?何故開かぬ……?」
あと四時間程で夜が明ける。陽光耐性は持っているから消滅するような事はないが流石に全行動に悪影響がでるのは辛い。
「……待て。そう言えばあのウィザードの娘が持っていたデスサイズの材質は確か……?」
多少の体術は憶えているようだったが動き自体は戦士と言うより魔術師寄り。それなのに軽々と振り回されるデスサイズ。つまり軽量化特性のある魔法金属製だと言う事だ。そしてウィザードは精霊石の装備が無ければ熟練による魔力消費軽減が出来なくなり莫大な魔力を消費する羽目になるのに対峙したあの娘にはそういった装飾品の類はなかった。
「……にもかかわらずあの場には強烈なフェンリルの精霊力が存在していた。つまり、あの魔法金属製のデスサイズにフェンリルの加護が付与されているか、若しくは……」
……あのデスサイズが神話級の鉱石、氷霊鉱で出来ている、かだ。
「……恩寵持ち、だと?厄介な。しかしそれならば転移門が接続しない理由も分かるな。しかし、広域妨害にも程があるぞナーシャ・フェルリシア」
転移門が無理なら通常の転移も無理、か。忌々しい。……いや、そうでもないか?直接の関連性が無い場所なら行けるかもしれない。シルフィニアスはその昔戯れで辿り着いたウィシュメリアの地下図書館最深部へと試しに転移門を詠唱してみる事にした。
「……やはり、か。仕方あるまい、一先ずここで休むとしよう」
予想通りに接続したウィシュメリア王立地下図書館最深部にシルフィニアスは歩み入り、今後の事を考える事にしたのだった。
***
静寂に包まれたフロアでシルフィニアスは状況の整理と予想し得る展開を一眠りして訪れた夜に考えていた。
「仮に介入があるとしても我を討伐しようとするなら冒険者どもであるはずだ。……新しい拠点を手に入れねばならんな。邪土塊は……しばらく回収は無理か」
忌々しいリン・エンシェによって長年に渡って集めた美少女生人形も喪失してしまった。……まぁいい。またコレクションすればいいだけだ。『蒐集家』の名に懸けて。手始めは奪われた娘と邪魔してくれた娘、そして小癪な娘だ。必ず支配してやる。
「……情報が足らぬな。ふむ……」
夜うろつくのは逆に警戒されているかもしれない。ならば多少の悪影響は無視して昼間に情報収集すればいいか。別に暴れるわけではないしな。まさか昼間に本拠地を歩いているとは思うまい。
標的の居場所、魔術結界の有無と強度、種類。それから弱点になりうる存在の有無。最低でもこれくらいは調べておくべきだろう。
あのウィザードにはかなりの深手を負わせたはずだ。侵入さえできればチェックメイトだろう。
「いずれにせよ、小娘のテレポート如きに後れを取るようでは話にならんな。情報を揃え次第、狩場にて食事を取り力を戻さねばならん。……そうじゃな、3日もあれば充分か」
我を封印した人間どもに地獄を見せてやる。そして哀れな人間どもを狩るのだ。
200年の怨みを存分に味あわせてやる……。




