41.守るモノ、守られしモノ。
最終改稿日2015/04/12
王城より自分の屋敷に戻るウィリアムは愛馬を走らせながら、今後の事を考えていた。あの女神のことだからおそらく吸血鬼卿の転移門を妨害する程度の介入はしてくるだろう。親バカもいいくらいに。今、ウィンテルたちは屋敷で床に伏しているとなれば関係者たちは屋敷に集めた方が得策か。
「ソフィアのところに寄るか。今度の件で間違いなくセシールも駆り出されるだろうし、母娘だけでいるよりはうちに身を寄せて貰った方があいつも安心だろ」
ウィリアムはオルテリィート家に寄る為に愛馬の鼻先を変え、しばらく駆る事数分。オルテリィート家にたどり着いた。すると丁度今から出立するのか、旅装束のセシールとそれを見送るソフィア、リリーの3人にオルテリィート家の門のところで出くわした。
「セシール。今からと言うことは調査班に召集されたのか」
「ん?ウィリアムじゃないか。詳細はまだ知らされていないが夕方までに王城へと言われてな」
「……そうか。その件なんだが、今夜から夜間外出禁止令が出る。特に女性は厳禁でな、良かったら2人をうちで預かろうかと思って急いできたのだが」
「……ちょっと待て。そのような措置が出るとはもしかして吸血鬼か?」
「…………シルフィニアスが復活した」
は?とセシールの表情が驚愕に固まる。平地王国ユールシア出身のソフィアに至っては伝承の吸血鬼卿の名前に一気に青ざめて娘のリリーを思わず抱きすくめている。
「うちのウィンテルと、もう一人の娘が恐らく標的になるが、周辺も狙われる可能性がある」
「…………分かった。ソフィア、リリー。荷物を纏めたらウィリアムのところに身を寄せろ。片付いたら迎えに行く」
「分かりました、あなた」
「うん、お父さん」
「屋敷にはフェルの結界もある。安心して任務に集中して……生還しろ、セシール」
「あぁ、任せた。頼む、ウィリアム」
セシールを見送ったウィリアムたちはソフィアに一先ず日が暮れる前には支度をして来てもらえるように話して了承してもらい、次はミランダ達の寮へと愛馬を走らせる。
同じようにミランダに状況を説明し、自分の屋敷から当面の間は学院へ通学して貰えないかとウィリアムが打診してみればミランダは二つ返事で了承してくれたので、後ほどヨハンと馬車二台で迎えに来る旨伝えてそれまでに準備して置くよう言い置いて、ウィリアムはようやく帰宅したのだった。
「お帰りなさい、ウィル」
「ただいま、フェル。かなり面倒な事態になった。……ヨハン!」
「は。如何なされました?」
「馬車の準備を。二台ともだ。ミランダ侯爵令嬢たちを今夕から当面の間、当屋敷にお迎えし預かることにした。それから、ソフィアとリリーちゃんもだ」
「かしこまりました、旦那さま。至急準備致します」
「頼む。今夕より王都ラドルを含めて恐らく全土に夜間外出禁止令がでる。……吸血鬼卿シルフィニアスが復活した」
ヨハンは表情を険しくしつつも引き締め他の使用人達に指示をすべく歩み去り、フェルはようやく納得が行ったような表情を浮かべた。
「そういうわけでしたのね。納得が行きました」
「ん?どういうことだい、フェル」
「……今、この屋敷には私の結界の外側に敷地全域を古代神霊語によるものと思われる……結界が存在します。貴男なら分かるのでしょうけれど……」
「……これは、フェンリルとノヴァ、グラヴィティ、か。誰が……と聞くのも野暮だな」
「ええ。恐らくギルドギダンにて結んだ盟約によるものでしょうね」
ウィリアムとフェルリシアは盟約相手の介入具合に思わず苦笑し顔を見合せる。
「まぁ、いい。幸いまだウィンテルは覚醒していないしハヅキ共々寝たきりだ。好都合といえばその通りだから甘えよう」
「ええ。私たちの最大の使命を達成するために。では家事見習いのお嬢さん達には今日は早めに帰させます」
「そうしてくれ。あと、アイシャもここに留まるよう頼む」
その後も少し打ち合わせをした後、ウィリアムはヨハンと共にミランダ侯爵令嬢たちを迎えに行き、フェルリシアは客室の準備を指示し食材や日用品等のこれからに必要な物資の在庫確認を始めるのだった。
***
午後のお茶を飲むような時間になる頃には近隣各国への情報提供と警告を終え、国内全域の統治者が在任している街には夜間外出禁止令の布告を示す回覧文が広場などの指定場所へと貼りだされていた。
危険性のあるモンスターの発生があるたびに同じように回覧文が貼られる事自体は今までにもあったものの、夜間外出禁止令まで出されるような事はこの百年以上無く多くの市民達は動揺を隠せず不安感を顕にしていた。
「陛下、内外への告知完了でございます。調査班も先程転移陣にて出発致しました」
「討伐班もおおよその準備は終えたようでございますが、この後は如何致しましょうか?」
「歪み等の転移に関する力場感知が出来る者は配置に就かせよ。その他は待機だ。それから私は再びシェルファへ赴く。夕刻までにはもどる」
内務と外務の責任者から現状の報告を受けたサーレントは簡単な指示を出した後再び妹たちの待つシェルファの王宮へと転移していた。
「たびたび済まぬな。リザ、そしてリィーテ」
「いいえ。お兄さまにはほとんどお会い出来ませんから。……かような状況でなければもっと良いのでしょうけれども」
「…………」
再び訪れる時には禁呪を学びに来ると言い置いて戻ったサーレントがその日のうちに再訪したことに、リザは浮かない表情をしリィーテは押し黙って俯いていた。
「……致し方あるまい。今責任を取れるのは私しかいないし、720年前のクーデターと終戦が可能になったのもあの女神様たちの助力あってこそだからな」
「借りは返さねばならん。むしろ、私だけで返せると言うのなら丁度いい」
かつての自分たちの父親が召喚してしまった世界を破滅させる事が可能な神を封印するために七柱の神々から助力を得て重ねた死闘を脳裏に思い起こしたサーレントは、あの苦難に比べれば自分1人の犠牲で済む分まだマシだと考えていた。
「……サーレント様。本当に、この禁呪が必要だと仰るのですか?……我が母が魂を削り続けた、封印魔術を」
「ああ。私が使うのだ。そして、私以外には使わせるつもりはない。……たとえそなたの母が覚醒しようとも、な」
「…………え?」
サーレントが口にした言葉にリィーテはまさか、と表情を強ばらせる。
「まだ、確信はしておらぬ。だが、今回の騒動に神々が介入した以上可能性を否定はできぬ。……そなたの母がこちらに再転生したという可能性を、な」
「そう、ですか……。……今度こそ、母には……幸せに生涯を閉じて欲しいと、思い、ます……」
「リィーテ……」
サーレントの言う可能性に200年前の悲しい別れを思い出し、ポロリポロリと涙を零すリィーテをリザがそっと抱き締める。
世界を救う為に文字通りその小さくて華奢な身体と精神と、そして魂を削り続けた小さき母。
彼女はナーシャ神により時間を停められる事で魂と肉体の崩壊消滅から免れ、そして異世界へと旅立って行った。私に思い出だけを遺して。
「分かりました。こちらに必要な詠唱巻物と触媒として氷霊石を用意してあります。代償につきましては……サーレント様の想像力次第になります。代償が大きければ大きい程効果は強まりますが……」
「承知した。ありがとう、リィーテ」
心配げなリザとリィーテにサーレントは安易な使い方はしないと約束し、妹の淹れた紅茶を楽しんでから帰都したのだった。
「リィーテ……。逢いたい?」
「……いいえ。多分憶えていらっしゃらないでしょうし、それに……母の願いは、平凡で平穏な……そして幸せな生涯を閉じる事、ですから」
「……そう。けれども、それは……かなり難しそうね、こちらの世界では」
大森林の遥か向こうに霞んで見えるシャープル山脈をじっと見据え、リィーテは母が幸せであれていればいいな、と考えていた。
(お母さん……。私は幸せです。だから……お母さんも、幸せになってくださいね……)




