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Geister Kontinent   精霊大陸での日常  作者: うぃんてる
第一部 賢者の学院編
45/234

38.神の貸しは高く付く

最終改稿日2015/04/12

 その日、暦にしてウィシュメリア歴720年6月1日の闇の日。


 古王国ウィシュメリア国王サーレント・ダナンは王国の様々な政務を担う大臣達を集めて月初めの報告を受けていた。一通りの報告を受けふと部屋の隅に視線を送ればいつの間にかそこに漆黒の衣装に身を包んだ青年が佇んでいるのに気が付いた。


『…………久しいな、サーレント・セレ・ダナン。800年ぶりか?』


 青年がコツコツと静かに歩みを進めてくるのをその場に居合わせている誰も咎めることも制止することすらも出来ずに、ただ、愕然と見送っている。そして長テーブルの、王に対して正面に青年が立ちその場に居合わせた一同を軽く見回した後、再びその口を開いた。


『冒険者が王、サーレントに告ぐ。ユールシアの魔霧、史上最低最悪最凶吸血鬼卿シルフィニアスが復活したうえに被害も出た』

「…………何」

『少々こちらは手が放せんのでな。サーレント、お前らで何とかしろ。解決したら800年分の利息込みで帳消しにしてやるよ。』

「待て、それはいくら神々とはいえ……」


 いくらなんでも横暴過ぎるだろう。たかがモンスターの犯罪やることの責任まで取らされるのはおかしい。サーレントはそう反論しようとするも遮られる。


『……およそ200年前。世界を救いし英雄リン・エンシェが封印したのは知っているだろう。死闘の末倒せず封印したわけだが』

「いかにも。彼女らには感謝しておる」

『今回の復活、元凶はな。人間側どこぞのだれかの手による封印の損傷が原因だ。リン・エンシェが命懸け、まさにその魂を削りいにしえより密かに伝えられし禁呪が一つ。己の血肉、魂の一部を代償に発動する代償魔術による封印をの。どこで知ったかは知らないが……意図的に損傷したのは事実』

『よって、どうするかは事を起こした人間側に任せるというわけだ。……何もしなければ彼女の御霊が世界に在る限り封印されていたものを』

『……我が姉の悲嘆は深い。これ以上、失望させてくれるな。抑えが効かなくなった時……』


 言うだけ言って意味深に笑い足元の影に消え去ったかつての盟友にして闇の精霊神、アルカイト・グルノバを見送ったサーレントは固まったままの側近に言葉を掛ける。


「会議は仕舞いだ。急ぎユールシアに確認を取れ。もしも真実であれば……いや、神がわざわざ降臨する事自体が証明のようなものだが」

「ともかく。事実の確認と、各神殿に通達。『鐘を鳴らせ』…と。私はシェルファに一つ確認に赴く。諸侯が揃ったらそのまま待たせておけ」

『御意』


 他の国々と違い施政に携わる者全てが元冒険者か現役である点においてだけ、ウィシュメリアは幸いだったのかもしれない。

 突然の降臨から始まる情報の奔流に最初は頭が飽和していたものの、すぐに普段から鍛え上げている危機管理能力に従い行動へ移せたのは熟練の冒険者ならではであって、これが危機に慣れていない役人が多数を占める他国であれば混乱だけで1日以上を無駄に費やしていただろう。


「ふん。わざわざ知らせに来たということはある程度の助力はすると言うことか。……どの程度かは知らないが……」

「まぁいい。800年前の借りを返すとしよう」

「しかし、なんだな。…………そこらの高利貸し真っ青だな……いつからあいつ、高利貸しの神になったんだか」


***


 帝国時代から戦乱の度に鳴り響いたとされる神殿の鐘が鳴らなくなって早数百年。

 この鐘の意味を知るものも市井には殆どいなくなり、市民達は突然一斉に鳴り響き始めた鐘に困惑して方々で集まってはざわめいている。一部の者は神殿に問い合わせるものの、王命によるものとしか説明されず要領を得られる事はなかった。

鐘の音がひとしきり鳴り響き、そして沈黙する頃にはその意味を知る爵位を持つ者が人目を避けるように王城へと集い始めていた。


「……あなた。これは……」

「ああ、王命による緊急召集だよ、フェル。……王城に行って来るから子供達を頼む」

「わかりました。……気を付けて」

「念のため、屋敷にいる全員を表に出さないように」

「……えぇ」


 ウィリアムも召集に応じる為身支度をし、単身愛馬にて王城へと向かうのをフェルリシアが見送る。

 戦乱が起きるような情報は持ち合わせていないから討伐関連かしら、と屋敷に戻りながらフェルリシアは首を傾げる。


「近年、こんな大規模な討伐を発動させるような対象はいたかしら……」


 ヨハンにウィルの指示を伝え戸締まりを厳重にさせると念のため敷地に設置してある空間移動を妨害する類の結界の強度確認を行い強化を試みようとして、ふと気が付く。


「……あら?魔法語魔術系統の結界以外にこれは……神霊語……?違うわね。現存の知識にそのような結界術は無いはず。……まさか遺失した古代神霊語による結界術?……このような結界、一体誰が」


 間違いなく規模もレベルも格上だとは判断できるのでするだけ無駄な強化は取り止めるものの、先日まで無かった事と、ここに在る理由が分からない。


「……何か変化。あ。異世界の少女……かしら?」


 屋敷にて保護している異世界の少女が来るまではあのような結界は感じられなかったはずだ。とすれば結界がある以上何者かから守る為のはず。とすれば状況的に考えて……。


「……報告にあった吸血鬼が予想以上に大物って事かしら?せめて特徴でもわからないものかしら。接触したのはウィンテルとアイシャちゃんね……」


 フェルリシアはそのまま、ウィンテルの私室に足を運び起きているようなら何らかの特徴を覚えていないかどうか確認しようと考え簡単なお茶の用意をしながら娘の部屋をノックした。


「ウィンテル?調子はどうかしら?」

「……ん。今日は少し……気分的には楽かな」


 ベッドにて半身を起こしているウィンテルの隣に小さなテーブルと自分の為の椅子を寄せ、手ずからお茶を淹れて娘に差し出したフェルリシアは少し学院の近況など談笑したところでおもむろに話を切り出した。


「ところで……貴女ならもう気が付いているのでしょう?この屋敷をとりまく異常性に」

「うん。これって……お母さんが設置している結界じゃないよね。もっと上位の……」

「そうね。心当たりはあるかしら?」

「……あんまり当たって欲しくはないんだけど。おそらく古代神霊語魔術系統による……結界かな」

「……やっぱりね。精霊力は?」

「……フェンリルとノヴァ。それからグラヴィティ……そんなにあからさまではないけれど」

「ということは少なくとも空間移動系は阻害されてると見るべきね。ところで貴女、身体の調子は昨日に比べて変化あるの?」

「ん。良くなってきてるんだけど……回復速度も向上しているような気はする」


 転移系魔法の使える系統というと、魔法語魔術テレポート精魔語魔術リターンランド、それから上位魔法語魔術ゲートくらいか。けれどもテレポート程度なら自分の結界でも大抵のものなら弾ける自信はある。リターンランドに関しては精霊石が必須の上に、一度行ったことのある場所でないと行けないという特殊条件がある。……リン・エンシェ没後、ウィザード絡みの話は聞いたことがないし、ウィザードが死後アンデッド化したという話も聞いた覚えが無いから……となると自分と同じルーン・マスターか。

 さすがに帝国時代からだとルーン・マスターに上り詰めた人材は数多いるし、見当も付かない。


「……お母さん?」

「ん。大丈夫。考え事をしていただけ。……ウィンテルに確認したいことがあるのだけれど」

「うん」

「貴女が対峙した吸血鬼。何か特徴は無かった?」

「ん……ウィザード魔法は知ってるみたい。ただ、ちょっとびっくりはしてたけれどすぐに平静には戻ったかな。少なくとも過去に間近で見たことがあるくらい」

「当然貴女とは初対面よね?」

「うん。複数投射系の魔法を使われて思わず『氷鏡』使ったら読まれていて……」

「身体的な特徴は?」

「分からない。ただ……潮の香りがしたよ。それから霧みたいなのが身体にまとわりついてたように思えるけれど」


 フェルリシアはウィンテルから得られた情報を整理し始めた。少なくとも氷のウィザードの癖をそこそこ知っていること。基本的に純粋なウィザードは接近戦が苦手だ。時々前衛も得意なウィザードがいるがかなりの修練を必要とするため長寿種族に比べて短命な人間種族では極めて希だ。だから普通は前衛がいない場合なるべく距離を取って遠距離魔法戦に持ち込むことが多い。距離が開いていれば多少の視界が奪われても複数投射魔法に対する対抗魔術を展開して相殺する頃には視界も回復して接近戦に対する回避行動くらいは取れる。

 一応私のウィンテルも同格よりやや下程度なら接近戦に持ち込まれても対処できるくらいは体術を学んでいるからこれまでは何とかなって来たのだとは思う。

 けれども王立地下図書館あそこは狭いうえに入り組んでいる。いつもと同じ立ち回りをするのなら前衛が必須であったのに単身で戦域に飛び込み、充分な距離も取れずに対峙してしまった。広い場所ならば単純に回避行動という手もあろうけれど……。まだウィンテルはウィザードとしての経験が浅い。生還出来ただけでも御の字だろう。

 そう言えば、その吸血鬼はアイシャちゃんのテレポートで強制的に飛ばしたということなんだそうけれども。少なくとも他のウィザードが存在していたとされる最短の時代が200年前として、その頃から最低でも存在しているような吸血鬼にしてはやけに抵抗力が弱くないかしら?……まさかかなりの年月封印されていて最近復活したばかりとかで弱っていた?

 ……潮の香り、霧、200年前、そして氷のウィザード。


 ……まさか。ユールシアの魔霧と呼ばれた、海上城塞があるじ

 ……吸血鬼卿バンパイアロードにして美少女蒐集家さいあくのへんたいシルフィニアス・セレニアスが復活したとでも言うのかしら…………。


「お母さん?……お母さんっ!大丈夫?顔真っ青だよ……?」

「え、あ……うん……大丈夫、よ。そんなに心配しないで。色々とありがとうね、ウィンテル」

「う、うん……本当に大丈夫……?」

「ええ。少なくとも貴女よりはね。……お夕飯の時間まで少し眠って回復に務めなさい。いいわね?」

「う、うん……分かった。おやすみなさい……」


 ウィンテルの私室を出たフェルリシアは自分の仮説が外れている事を祈りつつも、もしこれが事実であるならば弱体しているうちに手を打たねばとは思うけれど、具体的に何が出来るかというと現状では屋敷から離れられないため、ウィリアムの帰還をただ待つほか出来なかった。

注:経済関連の神様は水の神様です。闇の神様ではありません。

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