30.閑話 5月11日 母の日
記念日閑話シリーズその2
最終改稿日2015/04/11
前世に於いて一年の大半を白い専用の病室にて過ごしていた私には母の日をきちんと過ごした思い出が無かった。いつも私の世話をしに病室に来てくれていたお母さんになんとかお礼をしたくて、ある年前日に病院の中にあるお花屋さんにカーネーションを買いに行き、当日様子を見に来てくれたお母さんにお礼の言葉と共に差し出したら涙を見せる程喜んでくれていたのをかすかに思い出した。
「そっか、今日は母の日だったよね。お母さん最近忙しいし、今日は代わりに家事しようっと」
学院改革の影響で今日は氷の日なのに学院の執務室へと苦笑しながら出勤していくのを妹のエレンと一緒に見送った私は両親を載せた馬車が見えなくなるとエレンに目配せをしてお互いに頷き行動に移す。
「じゃあ始めましょう、キッチン周りの大掃除」
「うん、お姉ちゃん。ピカピカに磨いてお母さんに日頃のお礼を言いたいよね♪」
キッチンはお母さんのお城みたいな大切な場所の一つだ。私たち家族の為に美味しいご飯を作ってくれていて、私たちが美味しそうに食べるのが何よりも嬉しいと言っていた。
最近は学院長代理になってしまった事により満足に料理を作る時間があまりなくなってしまって、伯爵家の料理人が代わりに作ってくれているのだけれども、手入れまではお母さん自身がしたいのか料理人さんたちには触らせることは無かった。だから汚れが目立つようになるに連れてまとまった時間があまり取れない現状にお母さんが溜め息ついているのを見た私たちはこのキッチン周りの大掃除を母の日のプレゼントにしようと思いついたのだった。
「エレンは水回りの方お願いね?私はオーブンの油汚れ落としちゃうから」
「分かったよ、お姉ちゃん。任せて」
お母さんの思い出がたくさん詰まったキッチンだからエレンも私も感謝の気持ちを込めて優しく丁寧に汚れを落としていく。元々お母さんの手入れがいいので力任せに磨かなくてもきちんと為すべき手順を踏まえれば汚れが落ちていくので、私たちは本当に日頃の積み重ねは大事なのだなと痛感していた。
銀食器も丁寧に曇り一つ無いくらいに2人で磨きあげ、調理道具の手入れが終わる頃には既に午後のお茶の時間はとっくに過ぎてしまっていた。
「ふう、こんなものかな?お姉ちゃん」
「そうね。いいと思うわ。これなら多分、大丈夫だと思う」
「ただいまー」
エレンと2人で最後のチェックをしていたらお母さんが丁度帰ってきて、食堂のドアを開けたところで私たちの方を見たままポカンと驚いた表情で固まっていた。
「「お帰りなさい、お母さん」」
汚れても良いようなお仕着せを着ているとは言え頬や腕、お仕着せのところどころに大掃除で付着してしまった汚れを拭わずに自分を見てにっこり笑う娘たちとその後ろに広がる綺麗に輝いて見えるキッチンを見てフェルリシアがその瞳から嬉し涙をこぼし始めるのにそう時間はかからなかった。
「貴女たち……?」
「お母さん、いつも私たち家族の為に頑張って下さってありがとう」
「お母さんに日頃の感謝を込めて、お母さんの大切なキッチン、綺麗にしたの」
「「お母さん、いつも私たちのために頑張ってくれて本当にありがとうございます!」」
「……貴女、たち。うん、とても……、とても嬉しいわ…………」
フェルリシアは2人の愛娘、ウィンテルとエレンに歩み寄ると両腕でそれぞれの肩をいとおしそうに抱きすくめて感謝の言葉を伝え、しばらく感慨に耽るフェルリシアの表情はとても幸せそうだった。




