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Geister Kontinent   精霊大陸での日常  作者: うぃんてる
第一部 賢者の学院編
30/234

26.廃都の真相

最終改稿日2015/04/11

 私は今、古代精霊語の勉強を始めている。どうにもお父さんにあげたあの絵本が気になってしょうがないから。それにしてもミランダちゃん大丈夫かな?また逆上せて居るんじゃ……。一応半身浴を教えておいたから大丈夫だとは思うのだけれど。


《コン、コン》

「遅くなりましたお姉さま。ミランダです」

「どうぞ、開いているわ」

「失礼します」


 そこには淡いブルーのカーディガンを羽織りパールピンクのパジャマを着たミランダちゃんがいた。こういうお泊まり会は経験がないのか恥ずかしそうにもじもじしているのが非常に可愛らしい。


「さ、そんなところに立っていないでこっちにいらっしゃい。今お茶でも淹れるわ」

「はい……今夜はよろしくお願いします」

「そんなに固くならなくてもいいのよ?なにも取って食べる訳じゃないんだから。それとも食べられたいの……?」

「えっ、あっ?!いえ、そんな」

「くすくす、可愛い♪」


 ミランダちゃんの手を取って引き寄せ軽く抱きしめると私は部屋備え付けの応接セットにミランダちゃんを座らせて心を落ち着かせる為に私もお気に入りの香りが良い紅茶を淹れて、ミランダちゃんの目の前に差し出し置く。


「小さい頃はね、よくエレンと一緒に寝ていたのよ?そこのベッドでね。今でも時々エレンが潜り込んでくるけれどもね」

「それで……この部屋には一つしかないんですね」

「そう。それに私のために作られた部屋だから。回復のために効率よく月の光を取り入れられるような間取りになっているのもそう」

「そう言われれば確かにこのお部屋は他のお部屋に比べると窓が大きいですね」

「その代わり強化施錠ハードロックの魔法が掛けられてるから少し面倒なのだけれども」


 それは仕方ないですね、とミランダちゃんが苦笑している。まあ、効果と安全確保を考えたらこれくらいは我慢しないとね。

 それから少し他愛ないおしゃべりをして丁度良い時間になったのでベッドに移動することにした。


「なんか本当にドキドキします……憧れだったお姉さまのお隣に、温もりをかんじられる距離にいられるなんて」

「ん、頑張ってきたミランダちゃんだからね。これくらいしか思いつかなかったんだよ……」

「そんな、十分ですよ。お姉さま、ありがとうございます」

「そう?……じゃあ今夜はたっぷり堪能していってね」


 そう言って私はミランダちゃんに身体を寄せる。あ、顔が真っ赤になった。可愛いなぁ、もう。


「来週末のコンペ、焦る必要は無いから着実に判断を重ねてね。私も本部に詰めるから……」

「はい、お姉さま。先輩方に判断力を鍛えて戴けて最近少し自信がついてきました。けれども油断と過信は禁物ですものね」

「それが分かっているならば大丈夫よ。……そうね、みんなが納得できるような成績だったら……デートしよっか?」

「本当ですか?!…………頑張ります♪」

「無理はしちゃダメよ?……貴女が倒れたらとても悲しくなるから……ね?」


 そう言って私はミランダちゃんを片手で抱き込むようにして顔を寄せ、そっとその柔らかな朱に染まる頬に軽くキスをする。そうして私はその耳元で愛情を込めた柔らかな口調で囁いた。


「……大好きよ。ミランダ」

「わたし、も、です……お姉さま……」


 何とか絞りだしたような震えた声のミランダちゃんが私の身体にしがみ付くかのようにきゅっと抱きしめて来るのを受け止め、私も優しい微笑みを向けながら想いを受け止めてあげる。


「おやすみなさい、愛しいミランダ」

「おやすみなさいませ、大好きなお姉さま……」



 私たちはしっかりと手を握りあって眠りについた。


***







 …………眠れませんでした。隣の部屋のラミエルちゃん、声大きすぎ。


「あ、ミランダちゃんも起きちゃった……?」

「あ、はい……」

「しょうがないね。お茶でももう一度、飲む?」

「いただきます……恋愛の信徒ってすごいですね……」


 それなりに厚いはずの壁越しにラミエルちゃんの嬌声が漏れ伝わって来て私たちの事じゃないのにお互いに赤面してしまっている。ラミエルちゃんに頼まれて同じお部屋にしてあげたけれども……次からは少し考えた方がいいのかな?


「はい。どうぞ?」

「ありがとうございます……それは、古代精霊語、ですか?」

「ええ。ちょっと気になる絵本があって。読みたいけれども古代精霊語だから……」


 ミランダちゃんが隣室から意識を逸らしたいかのように私の机にある書物を見て聞いてきた。


「古代精霊語の絵本……?そんなものがあるんですか?」

「この前地下30階で見つけたのだけれども。ストーリーは気分良いものではなさそうな絵だったのよね……」


 あれ。ミランダちゃんの顔色がおかしい。何かに驚いているかのような。


「お姉さま、表題の綴り……憶えてらっしゃいますか?」

「え?たしか……こんな感じかしら」


 私の描いた綴りを見たミランダちゃんが呆然とその文字を見つめて一言、つぶやいた。


「……失われた聖都ギルドギダンの真相……」

「え?」

「200年前の事件ですが……実は偉大なるウィザードにして寵愛を受けし巫女リン・エンシェ様以外にも生存者はいらっしゃいました。その方々はリン・エンシェ様に近しい方々と言われており、その方々が記した本が恐らく……その本だと思われます」

「どうしてそんなものが浅い場所、に……」


 あり得ない。あれが本当にそうだとしたら間違いなく本来は最深部にあるような本だ。……あれ?


「ミランダちゃん、もしかして……」

「はい。本当に、お姉さまがお望みなら…………お教え致します、元大神殿に仕えた神官の家系であるイーサニア侯爵家の口伝。悲劇の真相、を。ただし……救いはありません、よ?」

「…………それでも、私は知りたいの」

「分かりました。心を、強く持ってお聞き下さいませ、お姉さま……」


***


 ミランダちゃんがイーサニア侯爵家に代々伝えられてきたという真相の口伝を話し始める。





 ウィシュメリア歴520年冬。精霊王国コッタン聖都ギルドギダンはフェンリル大神殿にて筆頭巫女にしてフェンリル神の加護を受けし大神殿長の娘、リン・エンシェが何者かに攫われ行方不明になるという大事件が発生した。

 折しもその年は20年毎に開かれるフェンリル神の降臨祭にあたり、筆頭巫女以外にその大役を果たせる者は居らず関係者は必死の捜索を続けたが見つかることは聖都最後の日までなかった。実は筆頭巫女リン・エンシェは寝室にて眠っている間に野心家の副神殿長が手配し手引きした者たちに大神殿の地下奥深くにある忘れ去られた儀式の間へと連れ去られており、リン・エンシェを心神喪失させて暗示をかけ操ることにより降臨させた神の力を持って大陸を支配しようとする一派の支配下にあったのだ。

 連れ攫われたその晩から彼女は幸せな日々から一転壮絶な絶望の地獄に突き落とされる。その純真無垢な心を破壊し折り切る為に純潔を無惨に散らされ気を失えば起こされ昼夜問わずろくに休むことも許されず大勢のならず者たちに蹂躙され続けた。彼女の強靭な精神力も災いした。なかなか壊れない事に業を煮やした一派は最後には法外の薬物を用いて最後の一崩しを行う。そうして漸く崩壊した彼女の精神を操り降臨の儀式を行おうとするも事態に怒り狂ったフェンリル神の力が彼女の身体を通して暴走、聖都は生きたまま溶けぬ氷に瞬く間に包まれ、死に閉ざされた都に成り果ててしまった。



「……これが侯爵家に代々伝えられてきた真相、です。その後、リン様がどのように回復されたかの口伝は200年のうちに失われましたが、その余波により世界が崩壊の危機に瀕してそれを鎮める為にリン様が尽力された、という事になっております」


 それは私の想像を遥かに越えていた。身体の震えが止まらない。涙が止まらない。彼女の苦しみ、悲しみ、痛みが身体を貫いて行くような錯覚を感じる。

 人間の悪意が、欲望が、私の心を蝕むようにまとわりつくように感じ身を護ろうとして自分の身体に爪を立てるようにきつく抱きしめる。怖い。恐い。誰か、助けて!

 私の異変に気が付いたミランダちゃんが私の身体を強く抱き締めてゆっくりとした口調で錯乱しかけた私の心を落ち着かせようと何度も耳元で大丈夫、と囁いてくれる。凍り付きかけた心を身体ごと温めてくれるかのように。

 そうして。ようやく気を戻した私の目に映ったミランダちゃんは。私の瞳に正常な光が戻ったのを確認して安堵したのか、疲れ切った表情に笑顔を浮かべて笑ってくれていた。


「ごめんなさい、ミランダ。私のためにかなりの無理をしてくれて。貴女の心も相当に辛かったでしょうに……本当にありがとう」

「いいえ……私こそお姉さまに救われたご恩を少しでも返すことが出来ましたから……」


 いつの間にか静寂に包まれた部屋で私は疲れ切った様子のミランダをそっと抱き上げるとベッドに運び、寝かせるとその隣に添い私も身体を横たえる。


「もう休みましょう……おやすみなさい、ミランダ」

「はい。お姉さま……おやすみなさいませ……」


 程なくして2人は深い眠りに落ちていった……。

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