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Geister Kontinent   精霊大陸での日常  作者: うぃんてる
第一部 賢者の学院編
21/234

17.加護にかかる想い

最終改稿日2015/04/11

 王立地下図書館二階大会議室。

 隣接する賢者の学院がとある事情で臨時休校した日の午後。

 賢者の学院側は各科担当責任者おえらいさん、図書館側は探索隊隊長げんばせきにんしゃ司書長じょうし、そして何故か……私がいた。ただの新米司書なのに。

 隣に座っている司書長に小声で確認しても『いいから黙って座っていろよ、ウィンテル』と言われるだけで、ただ僅かに口端が上がる笑い方が酷く嫌な予感をさせていた。


「さて、定刻となりましたので始めさせて頂きます。毎年この時期に開催される新入生歓迎探索コンペですが……今年は諸事情により使えそうな遺跡がありませんでして、図書館様に確認したところ条件付きではありますが使わせて頂けることになりました」


 ………………え。

 最上級生でさえ低階層で苦戦することがある図書館で新入生を戦わせるなんて無茶苦茶過ぎる。そんな事は技官たちも図書館側もわかりきっているのに、どうして?


「今回の形式につきまして、学院生パーティーたちから依頼を自分たちで選択し準備をして達成するまでの過程を採点するという流れにし、新入生を必ず4名以上加えた6〜10名パーティー編成としました」


 つまり、すでにもう採点は始まっているということなんだ。エレンたち4人にミランダちゃん達6人。足手まといというほどではないのはこの前一緒に戦ってみたから分かる。さすがに最北端にある厳しい環境の学院生だけある。生き残ろうという本能は感じ取れた。

 …………なんか凄まじく嫌な予感が膨れ上がって来るのがわかる。

 ……ああ、そういう事か。それで、私が。頭が、痛い。私は学院側のお気楽さに目眩がして机の上に突っ伏した。


「しかるに……。ウィンテル嬢?……ウィンテル嬢大丈夫ですか?」

「おい、どうしたウィンテル」

「…………細かい話は、後で資料ください。加護、が欲しいのでしょう?参加者全員の。どの、規模が欲しいのか……決めてから、呼んでください、よ……」

「そ、それは……貴女が出来る範囲を知らなければ」

「先日のが限界で、すよ?それから、私の加護を基準、とするような依頼は却下、ですから……ね」

「いや、貴女の加護が基準じゃないと依頼は」

「…………冒険、者を……甘く、みないで、くださ、い……」


 会議室が私の拒絶に動揺して騒めく。各科担当責任者おえらいさんたちが困惑し、探索隊隊長が突っ伏したままの私に近づくと耳元で囁いた。


「どうやらお前さんの懸念が当たっているみたいだな。歩けるか?無理か……運んでやるから医務室で少し休め」

「おい、司会。ウチの新米司書ウィンテル続行不能リタイアだ。下がらせるが……いいよな?司書長レックス、後は頼んだ」

「ああ、わかった。そいつの気持ちは痛いくらいわかったから丁重に運んで休ませてくれ。非常時には動けるようにしてないとまずいだろ?探索隊隊長ミッシェル


 全くだ、と私を抱き抱えた隊長に運ばれて私は医務室に搬送されベッドに寝かされてしまった。


「お前、軽すぎ。もう少し体力つけろ。じゃないとまた倒れるぞ?」

「すみません。でも、あまりに現場を知らない担当責任者おえらいさんたちに目眩がしてしまって、あの時私がどんな気持ちで加護を付与したのか……分かって貰えて無かったんだな、と思ったら激しい頭痛と目眩が……」


 私の頬を熱い何かが伝う。目尻がじわじわしている。視界がぼやける。


「分かってるよ、だから泣くな。しばらく休め。落ち着いたら……元の配置に戻っていいから。後は俺たちに任せな」


 私は小さく頷いて泣き顔を隠すように壁の方を向いて目を閉じた。


「たく、うちの新米司書ウィンテルは便利屋じゃねーんだがなぁ……」


 隊長の呟きを最後に私は意識を手放した。


***


 ミッシェルが会議室に戻るとレックスが声を掛けてきた。


「どうだ。今日は仕事出来そうか?あいつ」

「大丈夫だろ、少し眠れば落ち着くさ」


 そうか、と短く応えたレックスは先ほどからウィンテルが非協力的な発言をしたと思って非難めいた雑談を繰り返している学院側に目を向ける。


「失礼だが、貴方方の中で地下に探索をしたことのある方はいらっしゃるかな?」

「行く必要性が全くない。当たり前のことを聞くな」


 事務方のトップと思われる男がフンと鼻を鳴らし何を分かり切った事をと答える。


「そうですか。では今回はお引き取り下さい。ここがどういう場所か分かっていない方との打ち合わせは時間の無駄ですからな」

「危険な場所だと言うことは分かっている!我々を愚弄するつもりか?」

「……分かっていませんな。言っておきますが、つい最近ですよ?即応支援隊や予備支援隊がほぼ無事に生還できるようになったのは。彼女――司書ウィンテル嬢が加護を付与してくれているからです」

「だから我々は彼女に学院生への付与を要求しているのではないか!それがなんだあれは!!加護の種類を選べだと?かけられるだけの全てを掛ければ問題ないだろうが、それで安全じゃないか!」


 そうだそうだと頷くおえらいさん達にレックスとミッシェルは話にならんとため息をつく。


「おい、そこのバカども。安全なダンジョンで探索したいならヨソへ行け。真面目な探索してる奴の迷惑だし、そんな環境に甘えるような冒険者候補生を面倒みるとか時間の無駄だ。帰れ」

「なんだと?貴様ら、私の事をなんだと思って」

「無知で無能なうえに、大事な学院生を卒院後大量に殺しかねない愚か者」

「冒険者が何かを判らず養成しようとしている愚か者」


 即座にレックス、ミッシェルが即答する。


「どこの世界に他人に守られながら冒険する奴がいるんだよ。危険を冒して、自分の力量を把握して、判断を重ねながら依頼をこなすんだろうが。ウィンテルみたいな存在は稀なんだよ。いつもいるわけじゃない、そんなものはあてにしちゃいけないんだよ」

「ウィンテルの加護はな、安全基準にしたら、学院生はダメになるぞ。甘やかそうとするお前らのせいでな。まともな話し合いなら応じる。だが現状ではお断りだ。冒険は遊びじゃないんだよ!」

「司書長としても現状、あなた方に協力出来ることは何もありませんな。そのとろけ切った頭に氷水でも浴びせて冷やし、話の分かる人間を寄越して下さい。さもないと立ち入りは許可出来ません。大切な逸材をダメにしたくないのでね」


 探索隊隊長ミッシェル司書長レックスはもう時間の無駄だとため息を吐きながら大会議室をあとにした。


***


 私は夢を見ている。あの、不確定名竜種が現れた大規模事故の日の自分を。

 あの時の私は……過酷な訓練を重ねた図書館探索隊や、いざとなれば死地に飛び込まざるを得ない司書仲間や、これからを夢見て必死に訓練を重ねる後輩達が、みんなが……無惨に死ぬことだけは避けたくて、撤退中の仲間を誰一人死なさずに助けて欲しくて、そしてみんなの努力が理不尽な暴虐の前に散って欲しくない、ただその想いだけで全力の、限界以上の加護を掛けた。

 安全なぬるま湯のような加護を掛けて、さぁ冒険ままごとに行ってらっしゃいなんて学院で必死に学び、鍛えている後輩達に私がどの口で言えるとあの人たちは思っているんだろうか。

 …………本当に馬鹿にしている。後輩達も、私も、図書館の人たちも、そして……現役冒険者さんたちも。


「…………ふざけないで、よ」

「すまん」


 その声は……ヨーク技官?


「本当に済まなかったな、がっかりさせてしまって」

「…………ヨーク技官……?」

「ああ。レックスから連絡を受けてな。うちの各科担当責任者むのうなろくでなしどもが迷惑掛けて本当に済まない」

「……っ」

「最初は俺たち現場を知ってる人間が行くはずだったんだ。それが……事務的な話し合いに君たちは必要ないとか言って勝手に行ってしまった結果がこのざまだ」

「……加護は……掛けないわけじゃ無いんです」

「分かってるよ。新入生があんな所に行ったら無傷でもどれんからな」

「どうして今年は、図書館……なんですか」

「確保していた迷宮がな、今朝何者かに完全に荒らされた挙げ句、破壊されちまったんだよ」

「………………え」


 学院側の封印を破ったということはまともな集団では無いということだ。しかも根こそぎ中身を持ち去られてご丁寧に破壊までしていった。……その遺跡は一体どういう目的のためにあったのだろう。


「詳しいことはわからん。今年は中止も視野に入れた。しかし……事務方が頑固に反対したんだ。曰く留学生が来ているのに恥さらしな事が出来るか、と。迷宮なら隣にあるだろう、危険ならお前に加護を掛けて貰え、後輩のためなら喜んで最大の安全を提供してくれるってな」

「…………」

「で、御覧の通りというわけだ。話にならん。お前が怒って悲しむのは当たり前だ。許してくれ」

「技官。事前に掛けられる簡単な加護をリストアップして技官にお渡しします。それを各パーティーに示して選ぶように言ってください。その程度なら大して消耗しませんから……協力できます」

「わかった。恩に着るよ」

「いいえ。ただ、図書館を使う以上、間違いなくけが人は出ます。歪みは最近落ち着いていますが油断できません。ですので、実戦さながらの準備と装備を全員に要求します。生徒だけでなく技官もです。それくらいの危機意識を持てないのならば……中止することを図書館として宣告するよう働きかけますから」

「分かった。元より俺もその意見には賛成だからな。悪いようにはしないさ」


 私はようやく心にのしかかっていた重さが取れたような気がした。そうしてゆっくりと身体を起こして一息深く深呼吸をするとあれだけ荒れていた心も落ち着いてきたように思えた。


「レックスから伝言がある。今日はもう帰っていいから、その代わり加護に関して学院生に掛けられる程度のものをそれぞれの対象者ごとにリストアップしてこい、だそうだ」

「……しょうがないですね。分かりましたとお伝えください」

「面倒で悪いが……可愛い後輩達のために頼む」

「はい、技官。ぬるま湯にならない程度のものをリストアップしておきますから、ご安心を」


 そう言って私と技官は心の底から笑いあって別れた。


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