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Geister Kontinent   精霊大陸での日常  作者: うぃんてる
第一部 賢者の学院編
16/234

13.クァウオの花が咲いたら 後編

人によっては不快に感じる暴力シーンが御座います。ご注意くださいませ。



最終更新日2016/07/09

「エレン、リリーちゃん。お待たせ。お弁当買って来たんだけど…………食べられる?」


 再び学院救護所に戻ってきたウィンテルはカーテン越しに聞こえてきた二人の話し声を聞いて問いかけてみた。


「あ、お姉ちゃん。お帰りなさい。私は大丈夫だけど……リリーは?」

「少しなら……」

「そう。じゃあこれ。それからもしも残したら持ち帰ればいいから大丈夫よ」


 紙包みをそれぞれに渡し魔法のバックパックから三人分のコップとお茶の入った水筒を取りだしてそれぞれに注いでから受け渡す。紙包みを開きそれが図書館人気のメニューだと知った二人は顔を思わず輝かせてようやく揃って笑みを見せながら食べ始めるのを見てウィンテルは少しだけ心が軽くなったような気がしていた。


「食べながら聞いて欲しいの。今日は二人とも早退しなさい。午後二時になったらヨハンとお父様が馬車で来てくださるからそれに乗ってまずリリーちゃんのお家に行くの。リリーちゃんは当面の間、ウィンター家で保護することになったからそのつもりで支度して頂戴。ご両親にはもう許可を戴いてあるから大丈夫よ。支度が終わったら4人で私たちのお家に向かってね」

「……そんな事態に進んでしまっているの?」

「一応念のためよ。あそこの公爵家はあまりいい噂を聞かないからね。うちなら……そう簡単に踏み込めないでしょうし」

「あぅぅ……何か本当に申し訳なく……」


 リリーが恐縮しきって俯いてしまうのをエレンが苦笑しながら頭を撫で、もう貴女は身内同然なんだからそんなに気にしちゃダメよと言い聞かせているのをウィンテルは微笑ましく眺めている。

 リリーの机の中にあった備品類や私物に関しては学院側の警備に関する不始末として全額補償の対象になるのだという。また、再び同じ事が起きないように魔術的な結界を敷くことが決定され技官を中心に学院敷地全域を警備強化することになった。


「私は学院長たちと打ち合わせがあるから夕方頃に帰るから。ヨハンとお父様が来たらここに来ることになっているから、後をよろしくね?エレン」

「うん、分かった。……お姉ちゃんも気を付けてね?」

「大丈夫よ。……久しぶりに本気を出しても怒られそうにないからね……」

「えっ……」


 にこっと笑うウィンテルの笑顔は一見何でもないように見えた。…………氷の精霊力が溢れて室温が少し下がってしまった以外は。じゃあまた夜にね、と席を外したウィンテルがいなくなるまで身動き取れなかった2人はようやくホッと一息吐いて顔を見合わせる。


「……お姉ちゃん、かなり怒ってる……」

「うん……あんな先輩、初めてだよ……」

「「……寒い……」」


 二人はお互いを抱きしめて再びお布団に潜り込んだのだった。


***


 侯爵令嬢ミランダはお付きのお嬢様達に守られるように学院側が留学にあたり用意したカミュイ校より参られた女子生徒及び関係者のための寮として用意された屋敷へゆっくりと歩んでいた。ドルカイルが振るった暴力による被害を悟られないようにフードの深いローブを羽織りようやくウィンテルの魔力の影響から離脱したとはいえ未だ足取りのおぼつかなさを隠すかのように。


「ひぃさま。やはりわたくしたちは公爵家の者と思しき者達に監視されているようですね…………」

「……っ」


 それでもさすがに屋敷の中に入ってしまえばその視線は届かないようでミランダ達は漸くホッとしたのも束の間。エントランスへ出迎えに揃い、ミランダ達主の帰還に対しての挨拶をしてくる自分たち付きの領地より連れてきた侍女達の表情が暗いうえに動揺している事に気が付き……そして更に1人足りていないのに気が付いた。


「セレス伯爵令嬢付きの……アリアの姿が見えないわね?どうしたの」

「っ……ご報告致します。アリアは先ほど用事を果たしてこちらに戻る、直前、に……」

「…………複数の狼藉者に襲われました……」

「アリア!」


 ミランダに付き従っていたセレスと呼ばれていた少女が血相を変えて部屋に飛び込み、ベッドに身体を横たえている自分の侍女の見るも無惨な変わり果てた姿を前に悲痛な叫び声を上げている。


「幸い、悲鳴を聞いて駆けつけてくださった学院の魔術師により手遅れになる前に助けて戴きまして、命や操に別状は御座いません。ですが…………全治1週間とのことだそうです」

「……分かったわ。学院側に警備の強化と対策をお願いしてきます。それまで貴女達はこの屋敷から一歩も出てはいけません。どうしても出る場合は必ず複数で、そして日のあるうちだけになさい」

「はい、ひぃさま…………」

「さ、貴女達もお部屋にお行きなさい。……事態の責任はわたくしが取るべきものですから」


 ミランダは明らかに浮き足立っている自分のお付きの令嬢達に部屋にて待機しているよう促し、そうさせた。そしてその場に残った自分の侍女とともに再び外に出向こうとする。

 アリアはおそらく…………ドルカイルからの警告だろう。余計なことをするな、と。そして逆らえばこうなるぞと言うことを見せしめとして襲ったのだろう。学院の魔術師の方からの助けがなければそのまま最悪な事態に陥ってしまったに違いない。

 さすがにそれはあんまりだ。あの子たちには関係がない。もし罪があるとするならばそれは……私であるべきだ。ミランダは沈痛な面もちで自分付きの侍女、マリスを連れてエントランスから再び外へと向かうと門戸の近くにあるベンチに見覚えのある女性が座っていることに気が付いた。


「……ウィン、テル様……」

「さっきぶり、かしらね。この状況で二人だけで責任を果たそうとするのは無謀ではないのかしら?」

「それでも、わたくしには喩えこの身に降りかかろうとも果たさねばならぬ責任を持っていますから」

「…………そう」


 二人の間を一迅の、やや冷えてきた春風が庭園に散り大地を彩っていたクァウオの花びらを再び舞い上げて舞わせそしてその勢いがミランダのフードを畳ませて痛ましい頬をウィンテルの前にさらけ出す。


「あっ…………」

「…………願い札。脅迫状。そして数多の手紙。言いたいことは理解しているわよね?」


 ビクッと身を震わせ、けれどももはや手遅れであることも踏まえてミランダは覚悟を決めた。


「はい。ですが、全ての責任はわたくしに御座います。ですから…………」

「そう。ならば……ドゥエルフ・ドンガー神官戦士候補生他二十名!」

「はっ!」


 ウィンテルの背後、門戸の外にドゥエルフをリーダーにして編成された男女混合の神官戦士候補生達がどこからともなく現れ即座に整列する。


「学院長権限の代理執行者として貴方達に命じます。ただいまより交代で別途指示あるまでこの屋敷及び滞在者全ての警護を開始なさい」

「了解しました。我らが信奉する神の名に懸けて。必ずや任務を遂行致します!」


 さてと、とウィンテルは言葉を失っているミランダに向き直る。


「感謝しろなんてことは言うつもりはないけれどね。けれども事件を聞いて、貴女が蔑んだ平民階級でしかもリリーちゃんのクラスメイト達がね。貴女達を守りたいと申し出てくれたのよ。その好意を素直に受けて大人しくして戴けると助かるのだけれども?」

「どうしてそんな……?」

「本人に聞いた方が納得できるかしら?……ドゥエルフ候補生、一時的に敷地入場を許可します」

「は。……一応言って於くが俺たちはあんたがリリーにした仕打ちは忘れていない。そして現状許すつもりもない。だが…………あんたら、その様子だと捨てられたんだろ?そして窮状に陥った」

「いくらリリーたちの問題があったとは言え、同じ学院生の窮状を見捨てるほど落ちぶれちゃいないさ。ましてや見知らぬ異国の地だ。気にするなと言ってもお貴族様のプライドはそうは簡単にいかんだろうが……まぁ、俺たちが付いてる限りは安心しろ。そう言うことだ」


 そう言って本来は男性の立ち入りがいかなる理由でも許されていない女子生徒寮としての屋敷敷地から退出するべく背を向けて歩み去ろうとしていく。


「…………お待ちくださいませ、ドンガー様」

「うん?何か用か、お貴族様」

「…………彼女たちのこと、どうかよろしくお願い致します。そしてこれまでの数々の非礼、お詫び申し上げます。申し訳御座いませんでした……」


 振り向いたドゥエルフの眼前でミランダは率直に非礼を詫び自分が居なくなる今後のことを深く、深くお辞儀をしてお願いをする。今までの自分であるならばあり得ないことではあったが、全ては自分の判断ミスが招いたことであったし、与えられた無償の好意に礼を述べないなどあってはならないことだ。

 ましてやそれが自分の犯した罪の被害者の身内とでもなればつまらないプライドなど捨てるべきではあったし、もう届かない恋心ではあってもその想いは常にエレンにある。

 自分からその想いを踏みにじるような行為を繰り返したのであり、最早成就を望もうとも、リリーを妨害しようなどとも思ってはいない。悔しくないと言えば嘘になる。けれども純粋に自分が恋したエレンが想い人と結ばれ幸せになれるというのであれば……今、まさに暴走しようとしている魔の手をなんとかして阻止しなければならないし、この結果を招いた一因として私は罪を告白し罰を受けそして情報を提供して後を託すほか無いのだから。


「………………分かった。お前を含むここにいる仲間達に指一本触れさせるつもりは元より無いから安心して任せろ。それから、事が済んだらその時は……エレンとリリーに会ってくれ」

「はい。それが許されるのであれば……必ず」


 ドゥエルフは本来の貴族に対する敬意を表する儀礼を行うと門戸より表へ戻りクラスメイト達との打ち合わせに忙しく走り回るのだった。


「さて、マリスさんだったかしら?」

「はい」

「申し訳ないけれど今から貴女の主人を借りていくわ。必ずこちらに再び連れてくるから……いいわね?」

「……。…………畏まりました。どうかひぃさまをよろしくお願い申し上げます」

「ん、いい子。じゃあ後は何かあればラミエルに言ってね?」


 ウィンテルの側に控えていたラミエル率いる女生徒で編成された護衛班に敷地内の事を頼むとウィンテルはミランダの手を取り学院長の待つ執務室へと二人だけで向かっていく。日は既に傾き始め夕闇が迫ってくるとともに空気もひんやりとしてくる中、二人を長い間支配していた沈黙が破られる。


「ねぇ貴女、私の魔力を浴びて大丈夫だったの?」

「いいえ。……けれども大丈夫ですわ、ウィンテル様」

「そう。ならばいいのだけれども。……ごめんなさいね、大人げない態度を取ってしまって」

「…………」


 数分の沈黙が再び訪れ、しかしすぐにミランダの後悔を含んだ小さな声にて破られる。


「わたくしはコッタンで未来の王太子妃候補として蝶よ花よと育てられ、お父様が宰相でもあったせいか何一つ不自由することもなく、また制限されることなく自由気ままに過ごして参りました。何かわたくしが問題を起こしても何一つ咎められることはなく、です」

「ですから、欲しいものは人でも物でも望めば必ず手に入れられると長年思い続けて、そしてその様に振る舞ってきてしまいました。…………今、思えば……誠に愚かな真似を続けてきてしまっていたのだと遅まきながら実感し、後悔して……おります」

「エレン様にも、ウィンテル様にも。…………そしてリリー様にも……人としてやってはいけないことをしてしまいました。誠に……申し訳御座いませんでした…………」


 しばしの時間をおいてウィンテルがふぅ、と小さく溜息を付き言葉を返す。


「ん。本当に気付くのが遅いけれど……でも自分で気が付けただけマシかな。いい子いい子。……そうね。自分の罪を認め潔く罰を受けようとする貴女の心に免じて、私は貴女を許してあげる」

「ありがとうございます。重ねて申し訳御座いませんでした…………」

「…………ところで貴女。神官よね?実戦経験は大丈夫……かしら?」

「はい、何度かモンスター相手の遠征や対人訓練も重ねておりますが……何か?」

「…………そう。ならば貴女は自分の身を守ることに専念なさい」


 周囲に潜む複数の悪意と敵意をその肌身に敏感に感じて臨戦態勢に意識を傾けながらウィンテルはそっとミランダに囁いた。


「……………………敵よ」


***


 昼過ぎ。

 思いの外ウィンター伯爵家の動きが早いことにドルカイルは舌打ちをしていた。

 眼下の正門にウィンター伯爵家の馬車が止まり、エレンとリリーが“武神”と伯爵家当主直々に護衛されて早退していくのを確認してしまったからだ。


「坊っちゃん」

「その呼び方はやめろと言ったはずだぞ、シュトラウス」

「ははは、親の脛をかじってやりたい放題してるあんたは坊っちゃんさ」

「チッ。それで何だ?愚図な女たちに思い知らせて来いと言ったはずだが」

「…………邪魔が入った。甘い蜜滴らせた甘美な鳴き声をあげる小鳥に手を掛けようとしたら“魔術の申し子”にウチのアホどもは蹴散らされたよ」

「病弱令嬢のくせに生意気な……」


 またしてもウィンター伯爵家か。だがまぁ恐怖くらいは刻めたか?期待のしていない愚図だが、邪魔をされるのは面倒だ。

 他国の女、それも宰相の一人娘じゃなければあの場で喰い散らかしてやったものを。さすがに外交問題にするのは面倒くせえからな。


「ふん、貴族の侍女1人満足に襲えんとは“狂信者”シュトラウス率いる“牙狼”も大した事ねぇな?」

「ははっ、なら坊っちゃん。ここからは貴方1人でおやりになられますかな?」

「なんだ、病弱令嬢に怖じけついたのか?愚図といい、お前らといい、本当に使えねえな!……ま、しっぽ巻いて負け犬になるっつうなら引き止めやしねえ」


 別にこいつらがいなくても俺の子飼いがいれば十分だ。だいたい低レベルのウィザードごときに怯え過ぎなんだよ。


「さようで。ならばお手並み拝見とさせていただきましょう。失礼、坊っちゃん」

「…………ふん」

「そうそう。カミュイ校の寮ですが。先ほど伯爵令嬢が学院長権限の代理執行を発動させましてな。二十名ほどの護衛が就いたようですな」

「………………どこまでも邪魔な女だなっ!」


 それでは失礼、とシュトラウスはドルカイルの前から配下を引き連れ姿を消した。もともとシュトラウスとしてはこの坊ちゃんではなく公爵本人に雇われている身であり、これ以上の協力をするのは拙いと判断していたためこのバカな坊ちゃんが誤解してくれたのは丁度良かったのだ。

 ドルカイルは熱くなり掛けた頭を振り冷静さを取り戻すべく水差しの水をコップに注ぐと喉を鳴らして飲み干す。


「これは……誘いか?こうなった以上、ミランダは……ウィンテルに降るか。となれば、封じるほかあるまいが、な。まあいいか。どうせいつかは喰うつもりだった女だ」


 仕掛けるからには万全の準備と人員の手配を。シュトラウスのような手抜きはしない。相手が小娘だろうと強者だろうと関係無い。

 やるからには徹底的に叩き潰して服従させ牙を抜く。

 生意気な女ほど楽しみがある。強気な態度を打ちのめし、怯え泣いて許しを乞うまで心身ともに俺色に染めてやる。そうしたらエレンの奴も奴隷に落としてリリーから自由を奪っていいようにしてやろう。飽きたらいつものとおり払い下げだ。女は道具、使い捨ての玩具。それ以上でもそれ以下でも無い。


「屋敷から学院へ最短を行くなら裏庭を通るな。結界で外界から遮断させて技官らの応援を無効化、あとは人数で蹂躙すればいい。組み敷いてしまえばこっちの思うがままだ。あの澄ました顔が歪むのが楽しみだぜ」


 ドルカイルは呼び鈴を鳴らして付き人を呼び出すと子飼いの精鋭をフル装備で呼び出しするよう指示を与えてほくそ笑んだ。


***


 ウィンテルがミランダにのみ聞こえるよう、呟くが早いか、周囲の景色がぐにゃりと歪み、消えていく。


「結界……?」

「これ、貸してあげるわ。すぐに身に付けなさい」


 ウィンテルはリリーに渡したものよりは小振りの精霊石が付いた指輪をミランダに押し付け嵌めさせる。


「これ……まさか、国宝級……」

「上手く姿を隠しているけれども、精霊力と魔力を感知できる私には無駄だわ。………………ドルカイル、奇襲は私には通用しない。でてきなさい?」


 しかし余程の自信があるのか、もしくはハッタリだと判断したのか目に見える動きは見られない。ただただじりじりと間合いを詰めてこようとしている。


「ミランダ、後ろに二人。任せるわ。その指輪が分かるなら十分でしょう?今から速度を付与するわ。簡易詠唱……“氷翼飛翔ガイスター・フリューゲル”」

「はい、導師ウィンテル様。……サモン・フラウ」


 ウィンテルが簡易詠唱を唱えればウィンテルとミランダの背中に大きな氷で出来た翼がまったく硬さを感じさせないようにしなやかな曲線を描き、氷の羽毛を散らしつつ煌めいてバサリと展開する。そしてウィンテルの背中を守るように背中合わせの位置を占めたミランダは指輪の力を解放して氷の精霊フラウを学院生レベルにはまず不可能な四体召喚して武器を身構える。


「相手の力量、見抜けぬ代償はその血肉にて支払いなさい。…………貫け、サモン・アイスドラゴン」


 氷翼の効果により再行動が可能になったウィンテルは威力を意図的に落とすことで通常は一体しか召喚出来ない異世界日本で言えば東洋風の胴体の長い氷の竜をドルカイルを除く八人分……つまり八匹を頭上に振りかざした愛用のスタッフを左から右に振るや否や即座に召喚し、姿を隠しているはずの八人へ目がけて突進させ不意を付かれてろくに反応できなかった全員を派手に吹き飛ばさせる。

 そのウィンテルの背後では数秒遅れでミランダがウィンテルのウィザード魔術の威力に驚愕して思わず姿を現してしまった二人の特殊技術職に対しフラウを1体ずつ差し向け攻撃を加えている。


「…………人数集めれば勝てるとでも思ったの?他の子達のように集団で襲い掛かって蹂躙すれば……いいとでも?」


 結界のため周囲への被害を顧みることなく立ち回れるのはウィンテルにとっても好都合だった。無様に地面に転がる凍傷をその身に受けた戦士たちと神官、威力に気を取られたドルカイルが態勢を立て直す間にウィンテルは振りかざしたスタッフを魔法のバックパックに収納し、その代わりに得体の知れない煌めきを放つ魔法金属製と推定されるデスサイズを取出し軽々と振り回す。


「ふざけないで。私たち女の子は貴方たちの玩具なんかじゃない」


 ウィンテルの周囲の空間にチラチラと雪の結晶が煌めき始める。


「ふざけないで。私たちは私たちの幸せの為に生まれて来てるのよ」


 さらにウィンテルの魔力が吹雪を伴ってドンッと解放され一気に温度を下げていく。


「ふざけないで!私は、私たちは!リンは、燐はっ!エレンは、リリーは、ラミエルは!セレスもアリアもマリスもミランダもみんな、貴方たちの犠牲になるために生まれてきたんじゃない!!ふざけるなぁぁぁぁぁっっっ!!!」


 ウィンテルの心からの叫びとともに精霊王国コッタンの廃都ギルドギダンを包む凍気すら優しく思える凍てつく魔力が吹き荒れ、男たちの生命力を奪っていく。


「…………ウィンテル様……」

「この、バケモノが…………」


 本能的な恐怖に後退りする男たち。ミランダは戦闘が終わった訳でもないのに気圧されその場にへたりこんでいる。


「クソがぁっっ!てめぇらたかが女のしかも魔術師にびびってんじゃあねぇ!あいつだ、ミランダを捕まえろ!!」


 ドルカイルが絶叫して怒声を不甲斐ない男たちに浴びせ、その場にへたりこんで無防備のミランダを狙わせる。


「…………ミランダ。耐えられるわよね?」

「は、はいっ」


 へたり込んだままのミランダを、ウィンテルは腕を掴んで立ち上がらせる。

ヤケクソの開き直りで突撃してくる戦士たちに即座に氷でできた槍状のものを叩き込み、ミランダに隣接してくる特殊技術職にデスサイズを振るい援護をする。

ウィンテルの援護とフラウ四体のサポートによりミランダが何とか目の前の特殊技術職の二人を叩きのめし地面に転がした時にはウィンテルも三人の戦士たちを地面に転がしていたものの、その身体は無惨な程に縦横な刃傷にて血に塗れて肩で息をして脂汗を流していた。

 対するドルカイル側はまだ六人残ってはいるがその内訳は戦士二人、炎の精霊使いであるドルカイル、闇の精霊神官戦士、それから回復魔法の使いすぎで意識朦朧の神官二人。


「ウィンテル様…………傷、今、癒します」

「……大丈夫よ。それよりミランダ。貴女はこの戦い、気失わないように身を守りなさい。…………いいわね?」

「は、はいっ」


 ウィンテルはポーチからポーションを取りだして一気に中身を飲み干し投げ捨てる。妹のエレンが自分に諫言した言葉、戦場では絶対に気を失うなという言葉を噛みしめる。

 ミランダは言われたとおりに自分の負った深手をまず癒し、次いでウィンテルの深そうな傷だけを治癒していく。


「無様ね、ドルカイル。顔色が青いわよ…………?」

「ふざけんなっ!とっととミランダ共々俺様に跪け!」

「くすくす…………そこの貴方達。降伏するなら……見逃してあげてもいいのだけれども。それともドルカイルと一緒に…………死にたい?」

「惑わされるな、あの女もミランダも後一息で倒せる、逃亡するなら焼き殺すぞ?!」


 進むも地獄逃げるも地獄。退路を完全に塞がれた戦士と神官戦士が覚悟を決め猛然とウィンテルにチャージを仕掛けてくるがミランダが使役するフラウ四体に阻まれ時間を奪われる。


「…………凍てつく竜よ彼のものたちに無慈悲なる慈悲を。サモン・アイスブレスドラゴン」


 ごっそりと魔力と精神力を失う感覚に耐えるウィンテルの頭上に現れた一回り大きいアイスドラゴンが吹雪のブレスを撒き散らしながらなんとか魔力抵抗に成功したドルカイル以外の意識を刈り取って昏倒させていく。


「…………くそったれ。どいつもこいつも使えねぇ。……しょうがねえ、降参してやるよ」

「…………認めない」

「あ?」

「貴方の降伏なんて認めないわ…………死になさい、ドルカイル」

「だ、ダメですウィンテル様!殺したらエレン様方がお悲しみになられますっ!」

「やめろっっよせっっっ!ぎゃぁぁぁっっっっ!!」


 殺人だけは止めさせようと必死に縋り付くミランダの手を振り払い、背中を見せて体面も恥も捨てて果てのない結界空間を逃げ出すドルカイルにウィンテルは氷翼の速度を上乗せして体当たりチャージして吹き飛ばし、背中から突き飛ばされ無様に転がるドルカイルの鼻先直前に振りかざしたデスサイズの刃をざっくりと打ち込み突き刺すとあまりの恐怖に失禁しつつドルカイルは気絶した。


「ウィンテル様……」

「……大丈夫よ。殺してない、わ……ミランダのおかげ、よ」

「良かった…………」

「さぁ、結界を解いて、技官に連絡しましょう……か……」


 言いながらぐらりと傾く視界に限界が来ていることを感じて苦笑するウィンテルをミランダが慌てて支えようとするも同じく支えきれずに揃って地面に転がる。

 そのうちに結界は解かれて元の裏庭に戻り、異変に気が付いた技官達が駆けつけてくるのが分かる。

 そして意識が薄れ行く中ミランダとウィンテルは漸く安心して救護所に運ばれていく途中に意識を手放したのだった。

クァウオの花編、次でひとまず終わりになる予定です。

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