無邪気
【???】
「っと」
メタルはその場に転移させられるなり、自身の脚を狂わせる浮遊感に襲われた。
何処が上で何処が下なのか、海中に投げ込まれた瞬間が永遠に続くように。
そして、それは彼以外の皆も同じだ。尤も、未だくるくると回っているのはメタルただ一人だが。
「何? これ」
「解らんな。物理法則が変化しているようだが……」
平然と話す彼等だが、その隣でロクドウが絶息していることに気付く。
いや、絶息と言うよりは喉から何かが溢れ出るかのように、繰り返し嗚咽しているのだ。
彼等がその状態を分析する間もなく、次第に見開かれた眼からは鮮血が溢れ、喉からは小粒の泡が滲み出してくる。
「……ダーテン」
別段、表情を変えるでもなく。
空模様でも語るように、イーグはダーテンへと顎で合図を送った。
彼はその様子に呆れながらも、直ぐさま天霊を召喚し、その結界でロクドウを結界で覆い護る。
途端、彼は嗚咽に詰まっていた喉を離し、肺胞全ての空気を一気に吐き出した。
「……チッ、嘗て封じたアンタに封じられて助けられるとはな。ちと屈辱だ」
「今はそんなこと言ってる場合じゃないよ。君はその中で大人しくしているんだ」
普段ならばその警告に対しても毒を吐いたであろうロクドウだが、今はそんな体力さえありはしない。
いや、それよりも先行する疑問が彼の頭を擡げていたのだ。
どうして彼等は、四天災者達はこの空間で何ともないのだろうか、と。
{予測は、していましたが……}
彼等の前へ歩み出たハリストスは、静かにそう述べる。
声には何処か驚嘆が含まれているが、同時に納得の色もあった。
いやーーー……、それよりも、四天災者達が気に留めたのは他ならぬ彼の魔力。
ツキガミの半身を失ったはずの彼から、酷く鬱蒼とした魔力の気配がする。
ツキガミの魔力の、気配が。
{この程度の空間では、貴方達を殺すに到りませんか}
彼等の周囲に広がるのは、幾千の星々浮かぶ異貌の世界。
音はなく、生命の気配もなく、ただ、その光景ばかりが広がる世界。
精霊界や外星界でもない。何か、もっと別のーーー……。
{無限次空間}
ハリストスは、静かにそう呟いた。
幾千、いや、概念として存在する計数をも越えた、神域。
それ等の次空を幾重にも折り重ね、縫い合わせ、溶かし紡ぎ。
一つの絶対と化した、空間。
{この世界は絶対に崩壊しません。領域は無限であり、時も永劫に流れない}
此所は、方舟だ。
然れど誰かを救うための方舟ではない。
異形達を殺す為だけの、方舟。
{貴方達はこの空間に封じさせていただます。少なくとも、彼の戦いが終わるまで……}
即ち、そういう事なのだ。
ハリストスはツキガミの創造を転用し、己の全能を持ってこの空間を創造した。
神と全能によって創り出されたこの空間は不崩にして不限。そして、不滅。
「……よーするに厄介払い?」
「予測していたことよ」
メイアウスは静かに息を吐き出すと、ハリストスにある事を問うた。
それはこの空間はあの星の中にあるのか、とか。法則は本当に通じないのか、とか。間違いなく不崩で不限で不滅なのか、とか。
聴きようによってはこの空間を探っているのではとも思えただろう。尤も、ハリストスは知っていた。
彼等が何を確かめたくて、それを聴いているのかを。
{えぇ、間違いなく。概念の領域で、全て不崩であり不限であり不滅です}
四天災者の一人が、頬端を緩ませた。
その者は気付いていない。いや、気付くはずなどない。
それを理解すると共に、他の者共もまた頬端を緩ませていく。
ハリストスは伝播する安堵に、ただただ恐怖を覚えていた。
猜疑はあった。彼等と対峙した時、それが確信に変わったのだ。
彼等は、彼等はーーー……。
「……そう。それだけ聞ければ充分よ」
真っ先に飛び出たのはメタルだった。
魔剣を振り被り、狂喜に満ちた嗤叫と共に。
全力でその一刀を、振り抜いたのだ。
{ーーー……ッ!!}
ハリストスは刹那に物理斬撃を反射させる盾を展開。
幾千幾万と、無限の世界に等しき次空の壁が召喚される。
この盾だけで、星一つを衝突させようと無傷であるだけの強度がある。
強度がある、盾が。
一瞬で、斬り裂かれて。
「……おぉっ」
メタルは自身さえも驚き、感嘆の声を上げていた。
歓喜に打ち震えるように、無邪気な子供のような表情で。
そう、例えるならば初めて砂場に入った子供といったところか。
初めて積み木で遊んで、初めて絵本を読んでーーー……。
無邪気に、とても、無邪気に。
初めて、全力の出し方を知った。
「す、すげっ、凄ぇ! おいこれ壊れねぇぞっ!」
砂場のことを知った子供は、友人達にそれを広めていく。
此所なら目一杯遊べるぞ、何をしても怒られないぞ、奔っても壊れないぞ、と。
嬉しそうに、ただ、無邪気なままで。
{…………ッ}
ハリストスの予想は、やはり的中していた。
彼等は強い。間違いなく人類最強だろう。
しかし、それ以上にーーー……、異端過ぎたのだ。
世界の大半を死の大地に換えようと、それでもまだ足りない。
あんな小さな、そして繊細な世界に、収まるはずも無かった。
{……何と}
全力の出し方を知らない。
出せば、自分達の箱庭が壊れることを無意識の内に知っていたから。
限界ということを知らない。
彼等の限界は、常に進化するから。
{悍ましい……ッ!}
ツキガミとの戦いで、メイアウスが新たな領域に踏み出したように。
彼等は未だ、成長途中なのだ。
これ程の力を持ってしてもまだ、雛鳥なのだ。
{……ですが}
それでも、この世界から出すわけにはいかない。
友との約束の為に、有終の美の為に、全能者としての矜持の為に。
自分もまた、限界を超えなければならない。
{[全属性掌握]……!}
ただ、刹那。
終わりなきこの一瞬に、全てを賭けよう。
読んでいただきありがとうございました




