創造者
{ぬ、がっ……!}
何だ、これは。
魔力が消えていく。零れ落ちる雫一滴だけであろうと、全身の隅々まで毟られるような。
指先が栓となって、それが抜け落ち全てが流れ出るかのような。
異様なまでの疲労感と、魔力の欠乏。
{これは……ッ}
相手の魔力を奪う、特殊な魔法だ。
いや、魔術と魔法を組み合わせた技、か。
別段、それだけならば対処は出来る。魔力と体力が奪われる前に脱出するか、何らかの障害物を用いて雨に当たらなければ良いだけのこと。
しかしーーー……、この創り出された空間にそんな障害物は存在せず、魔力と体力を奪われる速度たるや、ツキガミ自身の知り得るものとは文字通り次元が違っていた。
恐らく、常人ならばこの霧雨に近付いただけで、魔術師や召喚士でさえ一雫に触れただけで肉体ごと蒸発するはずだ。
それ程までの、技をーーー……。
「何処を、見ているのかしら」
霧雨と共に、それは降り注ぐ。
ツキガミの指先を跳ね飛ばしたそれは、続き無限に降り注ぐのだ。
視認出来ぬ故に回避のしようがない。いいや、例え視認出来たとしてもこの状態で回避や防御など不可能だ。
そして何よりもーーー……、その銃弾に対し、再生が異様に遅い。
{まさか……!}
「循環するのよ。雫は雨へ……、ね」
その光弾はメイアウスの魔力により放たれたものではない。
ツキガミ自身の魔力を、メイアウスが還元し放っているに過ぎない。
無論、彼が再びそれを取り込むことが出来ぬよう、施錠に等しい術式も施してある。
神の指先から、溶けるように落ちていった。
凄まじく小さく掘削されている故に、対処さえ追いつかず。
ただ、穿ち、削られるのだ。その循環によって。
{循環……! 生命の一端か……!!}
生命は子をなし、命を紡ぐ。
循環はツキガミの司る生死そのものだ。
「その通りよ」
メイアウスは何故、この場で循環という回りくどい手段を執ったのか。
魔力が奪えるなら相手が警戒するよりも前に、一瞬で全て奪ってしまえば良い。
攻撃が通るなら、相手が消耗を自覚する前に、刹那で全て決めてしまえば良い。
[魔創]を司る彼女ならば、それが可能なはずだ。だと言うのに、彼女はそうしなかった。
それは何故か? 答えは、単純である。
{我が、属性を解析しているのか……!}
神の領域にまで到ろうと、否、到っているが故にそれを欲している。
ツキガミの魔力を用いた循環という、一種の模倣。それを行うことにより、彼の持ち得る属性を、五大属性の先を識ろうとしている。
否、既にーーー……、手遅れだ。
「私には命を操ることは不可能でしょう」
幾ら四天災者と言えど、所詮はこの世に生きる生命。
その領域を脱すことは出来ない。出来るはずもない。
だがーーー……、人間という領域を脱すことは、出来る。
「けれど模倣は可能なのよ。ツキガミ」
世界が、歪んでいく。
果てなき空間に出来る螺旋。その央に収束される漆黒と純白。
無、だった。それは神の魔力を模倣した、全ての原初の裏返し。
終焉の、一撃。
「一撃よ」
神の瞳に、映る。
世界の終焉。空虚なる無。
己が知り得る彼方の存在。永劫の、貌。
{……前言を、撤回しよう}
神は、滅び逝く肉体と確実な終焉を前に、ただ呟いた。
彼女は己の輝きを識らない。だが、識らないだけだ。
人の身にして、神域さえも越えんとす。斯くしてそれを持ち得ぬ者には有り得ぬことだ。
なればこそ、恥ずべきは己なのだろう。未だ依然として、それを求めたのだから。
彼女を試すようなことを、彼等の想いを護り隠すようなことを。
{創造}
神が、神たる原初。
再誕も魔法も、全てを創りし根源。
初撃ーーー……、終撃。
「……それ、か」
何故、イトーが四天災者という戦力を持ちながら、此所までこの存在を恐れたのか。
その理由は純粋に、神の力にある。
矛盾せし始祖の法則は現存する法則を作り替えるものである。落ちるりんごを浮かすことさえ可能な、魔法である。
しかしーーー……、この技は、そんな次元ではない。
{この世の真理さえも}
創るのだ。
文字通り、創造する。
{創ろう}
メイアウスの身体を、煌柱が破す。
自身を世界から切除するように放たれ続けるその光線は、彼女が放った終焉さえも焼き尽くした。
何が起きたのかを理解する暇はない。メイアウスは思考さえ捨て、即座にそれを破壊する為だけの魔法を創造する。
「ッ……! がっ……!!」
時間にして、一秒にも見たぬ攻防。
もし、彼女が魔法を創るという次元に到達していなければ、間違いなく今の一撃で全ては決していた。
抗うことも理解することも赦されず、ただーーー……、この世から消滅していた。
{我々は最悪の相性ではあるが……、最善の相性ではあるようだな}
神の肉体は再誕し、再び神槍をその掌に握る。
衣を纏い、悠然とその足取りを勧めて行く。
気付けば、膝を折っていたのはメイアウスだった。相手を屈服させるほど追い詰め、その属性さえも模倣したにも関わらず。
彼女はーーー……、膝を折らざるを得なかったのだ。
{これは、我のエゴだ}
言い訳はしない。
目を逸らすことも、しない。
{オロチが願い、ヴォルグが託し、レヴィアに与えられた、刹那だ。故に私は彼等の願いを叶えたいと思う。天霊達の、我が同胞達の願いを叶えたいと思う}
それはどうしようもなくエゴであり、貴様等を躙る行為なのだろう。
魂の輝きさえも、或いは踏み躙るかも知れない。
それでも我はーーー……、これを叶えたいと思う、と。
{抗いを絶しはしない。抗うならば、抗え。そして我を再び封じるが良い}
槍の鋒が、天へ向けられる。
原初なる神の一撃が、今。
{貴様に、それが}
「その顔で、その声で」
ツキガミの腹部を貫く、純粋なる魔術の砲撃。
臓腑だけでなく、骨片や肉塊さえも貫き、その衣さえも穿つ一撃。
ただ彼女がーーー……、放った、一撃。
「喋るんじゃないわよ」
刃で背を刻まれたかのような、恐怖。
神は密かに瞳を細め、今一度息を吐き出した。
{…………然り、か}
人が死を恐れる意味が、一つ解ったような気がする。
彼等は無くなることを恐れているのではない。残すことを、恐れているのか。
愛する者を、護るべきものを、成すべきことを、残すことを。
故に彼等は、例え絶対に勝てるはずのない相手であろうとも、挑む。
愛する為に、護る為に、成す為に、残さない為に。
彼等はーーー……、ただ。
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