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獣人の姫  作者: MTL2
最終決戦
851/876

真なる全能者


【???】


「……か」


その空間に転移させられたロクドウが最初に感じたのは、違和感だった。

海中のような浮遊感と、奇妙なほどに軽い肉体。

そして、荒縄で一気に締め付けられたかのような、苦息感。


「苦しいでしょう? ここはそういう空間だ」


彼の眼前にて、悠然と座す[全能者]ハリストス。

椅子や地面があるわけではない。然れど彼は見た目通りの子供らしい、華奢で小柄な体躯に似合わぬほど悠然と座していた。

全ての余裕を、現すかのように。


「貴方にはここで苦しみながら死んでいただきます。それが罰と存じてください」


静かに述べてこそいるが、ハリストスの眼には憤怒さえ越えた憎悪の眼差しがあった。

彼からすれば、水面下で幾度の導きを行った末の終焉だったのだ。

待ち侘び、焦がれ、願い、望んだ終焉だった。

それをーーー……、否定されたのだ。物語の中心に居るような、ツキガミや天霊、スズカゼや四天災者などではなく。

高が、最早出番も終わったような人間風情に。


「はっ……、ザマァねぇなぁ……」


ロクドウの指先は依然として異様なほどに軽かった。

だが、動かない。喉を締め付ける何かを剥ごうとしても、動くことはない。

それが本当に指先が消えているのだ、と。別次元に縛り付けられ、感覚どころか骨肉そのものが消えていると気付くのは、数秒後のことだった。

然れど、それでも彼の余裕を孕んだ表情は変わらない。


「裏から糸引いてた傍観者サマがよ……! 手前の領域に踏み入られた途端にこのザマか……!!」


へはは、と。狂気を孕んだ嗤声。

ハリストスの平然を装った表情が、僅かに不快の色を見せる。

それは威嚇の意味もあったのだろうが、今のロクドウにとっては所詮、狂気への養分でしかない。

絶対不利に立たされているはずの、堕ちた狂鬼が。

嘗ての力など最早なく、ただ嘲笑うしか脳味のない狂鬼が。


「……まぁ、良いでしょう」


ハリストスは静かに怒りを抑え、踵を返す。

所詮、これは捕らえられた羽虫の嘲笑いに過ぎない。

彼の臓腑は今、この空間の毒素に蝕まれ、骨は緩やかに溶けている。

ここは謂わば毒蜘蛛の中。緩やかに解かされ、それを意識だけが認識出来る場所。

陳腐な言い方をするならば拷問場(・・・)だ。そういう空間を、疑似的に作り出しているだけ。

だが、今の彼ならばこれで充分だろう。ここを破る術など、ありはしないのだから。


「それだよ」


依然、狂気を孕む嗤声と共に。

ハリストスは鼻を鳴らすように無視するが、それさえも嘲笑うようにロクドウの口端は吊り上がっていく。


「お前等は絶対的な立ち位置に居る。あぁ、そりゃ間違いねぇさ。今の俺だろうと嘗ての俺だろうと、まー、戦えば負けただろうなァ」


だが、だからこそ。

今の自分だから解る。強者から弱者へ堕落した自分だからこそ。

コソコソと逃げ惑い、自身の名前さえ消し去った自分だからこそ。

ーーー……最期のその時にさえ、立ち会えなかった自分だからこそ。


「けどなァ。今のお前には負ける気がしねェ」


ボロ雑巾のように、打ち捨てられるだろう。

このまま弄ぶように、殺されるだろう。

自身の抗いなど鼻で笑われるように、潰されるだろう。


「テメェ等は何を持って敗北か(・・・・・・・・)を知らないからだ」


地に伏せば、敗北か。

抗う術がなければ、敗北か。

抗えなくなれば、敗北か。

違う。そうではない。


「真に心が砕けた時こそ」


奴等は、愛する者達の為に戦い続けた。

自分は、自分の成すべきことの為に、戦い続けた。

違いなく、嗚呼、どうしようもなく自分達は弱者だっただろう。

今でもなおそうだ。違いなく、弱者だ。


「敗北なんだよ……!!」


だからこそ。

弱者として、敗北を知る自分達だからこそ。

心が砕けることはない。幾千という敗北の中の一風情に、砕けてやりはしない。

例え眼前に君臨するのが最強のカミサマだろうが不老不死の全能者だろうが。

決して、変わりはしない。


「俺は敗北者(・・・)にはならねェ……!!」


眼に宿る、狂気と意志。

ハリストスはその様に過去を思い出していた。

今まで幾人という人々や獣を見てきたが、この眼を持つ物は例外なく厄介だった。

だがその分だけ、良い終焉を魅せてくれたのだ。


「……ならば、よろしい」


ハリストスの周囲に展開する、五つの属性。

彼が全能者たる所以。火、水、風、岩、雷ーーー……、全ての属性を持ち得る体質。

あの四天災者[魔創]でさえ成し得ない、全てを同時に操るという妙技。


「私も舞台に上がるとしましょう」


それ等は、融合し。

やがて一つの属性となる。


「真属性」


この世の全てに、それは魂魄にさえ宿る属性。

大地を火と岩が創るのなら、空を雷と風が創るのなら、海を水が創るのなら。

それ等全てを併せ持つ真なる属性は、全てを創り出す。


「人々は魔術と魔法を別けて考えますが……、そうではない。いや、ある意味ではそうですが……」


根本は魔力という一つの源。

しかし、それ等は過程で別れようと、やがて一つの極致に達す。

それが真属性なのだ。この世の、真理。


「全ての能を有す。故に、全能(・・)


空間転移。

空間創造、空間隔絶。

空中浮遊、毒素精製、追憶創造。

疑似生命、時間停止、超人活力、異常回復。

火炎召喚、高圧水流、暴風生成、巨岩鋼盾、絶電鋭刃。

不老不死、次元跳躍、記憶操作、認識操作、叡智解明、多重分身。

温度変化、能力無効、物質溶解、万物貫通、法則無視、物理軟化、属性変換、衝撃反射、情報集竄、魔眼発動、強制暴走、未来予知、過去再生、意識伝授、行動示唆、非存造形、音波探知、爆音操動、解析理解、並行処理、重力造理、位置不変、損害置換、活動活性、幻覚幻影、原子体化、異形創喚、呪言述唱、因果調律、臨界突破。

他ーーー……、ハリストス・イコンの想像が及ぶ限り、全て。


「どうして私が今まで表舞台に立たなかったか解りますか?」


両手を広げる全能者の周囲に広がるのは、無限の空間。

幾千という戦地が、幾千という死人が、幾千という末路が。

全ての出来事の、意志の、生命の終わりがそこにはあった。


「私が手を出せば、それは必ず造られた物になる。造られた終焉に美はない」


故に、彼は常に傍観者たり続けた。

例え四天災者に遭遇しようと逃げ、如何なる変動があろうと自分の望む方へ道を示すだけに留めた。

直接関わることは決してしない。それが、彼の望む最高の終焉への絶対の規則。


「私は私の創造(・・)の及ぶ限り、決して敗北することはない」


虚勢や、見栄ではない。

事実なのだ。ハリストス・イコンは今まで影に隠れ続けたからこそ、その実体は明らかではなかったが。

実力は間違いなく、現状の四天災者達に達するものである。

唯一赦されぬのは彼の真を持ってしても到達出来ぬ、叡域。

生と死という、摂理のみなのだから。


「……成る程なァ」


その言葉を受けたロクドウは未だ嗤ってこそいるが、頬に大粒の脂汗を流していた。

息をしているはずなのに、肺胞の感触がない。視界がハッキリしているのに、瞼を閉じられない。

シーシャ国の一族が持つ治癒もこの空間ではその摂理を曲げられているのか、それとも治癒することさえ出来ぬ程なのかーーー……。

否、どちらにせよ、変わりはない。


「じゃあ、テメェは俺には勝てねぇワケだ」


彼、ロクドウ・ラガンノットという狂気の極地が、敗北するはずはないのだから。


「なぁ……、こうなる事を想像(・・)出来なかった無能(・・)さん?」


嘔吐するように吐き出される、大量の鮮血。

臓腑の欠片さえ混じったそれ等が落ちようと、ロクドウの眼は未だ歪まない。

代わりに歪むのは、全能者の眉根。


「……やはり、貴方のような男は私自身の手で殺しておくべきだ」


「やってみろよ。クソ野郎」




読んでいただきありがとうございました

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