独白が求めるもの
重い、と。そう言われた。
何が重いとあの人は言わなかったけれど、確かにそうだと思った。
成る程、これは酷く重いものだ。
「旋回させ続けろ!! 連中に狙いを定めさせんな!!」
酷く、弱い。きっと自分は誰よりも弱い。
稚拙な策を巡らせ、壮大な言葉を蔓延らせ。
それでもなお、戦い続けた。
嗚呼ーーー……、これは酷く、重い。
「船長! 限界ッス!!」
「馬鹿野郎! この程度で諦めんじゃねぇ!!」
蒼快の海を奔り続ける大帆船。
文字通り奔る、だ。カイリュウによる水面の操作は船を異様なまでの速度に引き上げていた。
正しく空魚のように。海面を裂いて空を舞う空魚のように。
だが、それでも届かない。砂浜までの道が見えない。
幾年も海上で過ごしてきた彼等だからこそ、確信出来る。砂浜の少女までが余りに、遠い。
「…………」
砂浜の少女もまた、己の傷から来る激痛で気を失わぬよう保つ。
否、それしか出来ていない。攻撃や回避が出来るはずもない。
眼前に聳え立つ巨大な水龍を撃ち抜くことも、その頭上に君臨する者共を狙撃することも出来ない。
何とーーー……、無力な。
「……くそッ」
重い、か。
今になってその言葉を反芻する。あの人に言われた言葉を。
別段、後悔している訳ではない。その立場にあったのが自分で、その役目を成せるのが自分だけだった。
それは例えるならば数式のように、数字という過程は入れ替わっても結論は入れ替わらない。
けれど記号という役目が少しでも入れ替われば全く別の物になってしまう。
きっと、これはそういう物だ。そして自分は何よりも重いその場所についてしまった。
「狙い時ですね。申し訳ありませんが、補助をお願いします」
{えぇ、任せて}
バルドが水龍の背より飛び立ち、槍を片手に落下と変わらぬ速度で疾駆する。
その速度たるや周囲の景色さえも置き去りにし、音が風で掻き消される程の物だった。
数秒とない落下の駆け下りによる道はやがて魚群のそれとなり、彼は文字通り海面を疾駆する。
「来るかッ……!!」
対するファナは両腕を持ち上げようと踏ん張るが、同時に脇腹が斬り刻まれるような激痛に襲われた。
骨が肉を裂いている。腕を上げるごとに、臓腑を傷付けられる。
これ以上戦えば、自分は、きっと。
「…………ッ!」
人は結果を重視する。過程がどうであれと言う人も居る。
自分はそうは思わない。いや、どちらかと言えば合理主義的な性格だから、そう思わないと言えば嘘になるけれど。
その数式のように出る答えさえ同じならばどうでも良い、その計算方法も結果もどうでも良い、と言うつもりにはなれない。
先程、人は結果を重視すると述べた。けれど過程がどうであれと言う人が居るように、結果がどうであれ過程が大事なのだと言う人も居る。
何故か。言ってしまえば結果が全てなのに、それがどうであれ他人や世界はそれで評価し、結論を下すのに。
どうして人は過程を気にするのだろう。
「が、あぁあああああッッッ!!」
簡単な話だ。
人は、過程の中に結果を見ている。
全てが結果なのだ。数式はイコールで紡がれた後が結果なのではない。
その数字も記号も答えも、全てを含めて結果なのだ。
きっとそれは全ての物事に言えるのだろう。
一から十があったとして、十が全てなのではなく。
一から十こそが、全てなのだ、と。
「弱者は大人しく殻に籠もっておけば良かったものを」
バルドの槍が彼女の脇腹を刺し貫いた。
骨が削れ、肉が抉られ。それ等は弾かれるように砂浜へと叩き付けられる。
それでもなおファナは止まらない。白き炎を纏う砲撃をその者へ放つ。
火炎が頬を擦った。肉が焦げ、回復したはずの指先が震える。
だが、端傷。彼が鋒や殺意を鈍らせる理由にはならない。
「ふ、ざけるなぁっ!!」
吹き荒ぶ幾百という剣閃の最中、ただ白炎はそれ等を溶かし尽くしていく。
必然、溶かされては次の物を、と。まるで尾を追う獣のようにそれは終わらない。
だが腕を裂かれては溶かし、脚を貫かれては焼き払い、額を斬られては灰燼と化させ。
彼女は諦めない。例え自身の身体へ幾多の裂傷が産まれ、骨が砕けて肉が裂け、臓腑が潰れようとも。
「私は、まだ!!」
だから、きっとこれはまだ過程なのだ。
未だ紡ぐこの乱戦が、その最中に舞う紅血でさえも。
まだ過程でしかない。結果は出ていない。
終わりよければ全て良しなんて言葉があるけれどーーー……、いや、そうは思わないなんて言葉は吐けないか。
自分はそれを望んでいる。否、それに望みを賭けるしかない。
この身が潰れ、斬り刻まれ、苦悶に嘔吐する刻の中では、ただ。
結果の中にある過程をーーー……、その最後に待ち受けるイコールという記号に全てを賭けるしかない。
惨めだ。嗚呼、何と惨めだろう。
あの人は、彼女なら、何と言うだろうか。
今の自分を見て、彼女なら、何と。
「あぁあああああアアアアアッッッ!!!」
絶叫に等しい慟哭。
ファナの眼が軌跡を描き、その剣閃を潜り抜けた。
たった一撃だ。幾千の中の、たった一つ。
だが、それでも、その男に一撃をくれてやるには充分過ぎて。
白き炎が、その者の央腹へとーーー……。
「でしょうね。ファナ、お前ならそうする。最後は躙り、歩んでくるはずだ」
だが、避けない。
最後の手段とも言うべき転移すら用いず。
その者は、ファナの脇腹へ深く銀槍を差し込んだ。
「餞別といきましょう」
白炎と閃光。
互いに、臓腑を喰らい。
彼等はただーーー……、砂浜に墜つ。
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