彼等の成すべきこと
《ゼル男爵邸宅》
「…………」
陰鬱だった。
彼等はただ盤上に血眼を奔らせて戦況を予測する。
変化がある都度に兵士達を移動させ、住民達を避難させ、と。
ただそうやって誰かを動かす為に高みの見物しか出来ない。
幾ら拳を握り締めようと奥歯を噛み締めようと、何も。
「いやぁ、酷い空気ですね」
と、その場へ入ってくる明らかに、いや文字通りに場違いな男。
彼は後ろから慌てて追いかけてくるメイドに笑顔で手を振ると、足下で固まるラテの頭を撫でて彼等へと向き直った。
ただ顔に浮かべた笑顔が、今は彼等を嘲っているようにしか見えないと言うのに。
「……貴様」
「お久し振りですね、リドラ・ハードマン。私が吹っ飛ばした傷はもう治りましたか?」
次は名前を覚えていましたよ、と付け足しながら。
彼は盤上へと目を流す。幾千幾多という疑問符や軌跡が書き込まれ、幾十もの駒が置かれる盤上へ。
成る程、中々どうして素晴らしい。
戦況を的確に判断し、それに応じた兵士の動かし方をしている。
僅かばかり稚拙ではあるが、それでも実際の大戦に通じる戦法だろう。
尤もーーー……、それが内部より破壊されているのだから、やはりこの笑みが溢れるのは無理もないのだが。
「[邪鎖の貴公子]、ウェーン・ハンシェルだな」
「おや、そちらの女性は知りませんね。お名前は?」
「……チェキー・ゴルバクスだ」
「成る程。しかし私が知り合う女性の大半は私を睨み付けてくるのですが、これは何故なのでしょうかね」
「やかましい! 冷やかしなら失せろ!!」
「冷やかし? ご冗談を。むしろ私は示しに来たのです」
彼は幾つもの駒を指先で摘み上げ、ひょいと軽く盤面を動かしていく。
東部で固まっていたそれ等が全体的に広がっていき、やがてはその地図だけでは足りなくなるほどに散らばっていった。
リドラもチェキーも何をしているのかと問おうとしたが、その駒の動きと、何より段々と青ざめていくイトーを前に、言葉を発することは出来ず。
ただその盤面が完成するのを、待つしか無かったのであった。
「用意周到なことだ。そして何よりよく耐えられたものだ。……そうでしょう? [森の魔女]」
「…………ッ」
イトーは喉を詰まらせ、口端を噤む。
誰もが困惑する中で彼女は眉根を顰めることしか出来なかった。
彼女が何か隠していることはリドラとチェキーとて知っている。
だが、それを用意周到と、耐えているというのは、どういう事なのだろうか。
「姿を隠した四天災者、各地に配置されたシャガル兵、消えたギルド残党ーーー……。えぇ、本当に周到だ」
「……どうして」
「相手に記憶を読む者が居たから、ですか。誰に何も言わずこの計画を待ったわけだ」
「貴方は、それを……!」
「いえ、私ではありません。ただそれを知っていた老獪と彼に従った者が居るだけです」
ウェーンが坦々と話す中、イトーの口数は目に見えて少なくなっていった。
彼は相変わらずそんな様子を嘲るように仰々しく肩をすくめ、口端を吊り上げる。
失敬、悪戯が過ぎましたねーーー……、と。
「案ぜずとも私はこれ以上の感傷を行いません。表の天霊には勝てず計画には参加出来ない部外者は、大人しくあの人形共を弾く結界を張って……」
こつり、と。
駒の一つを指先で掴んで、擦るように。
「貴方達を貴方達の戦場へご案内せねばね」
地図の中央へ、置く。
「……まさか、貴方」
「えぇ、私は所詮、伝書鳩なのです。まぁ、伝えるのは戦場への招待状ですが」
イトーはさらに口端を縛り上げ、唸るように苦悶の声を零した。
この場所はーーー……、あぁ、間違いない。
魔力反応や経度緯度からして、間違えるはずもない。
これは、ウェーンが示したこの場所は、あの蝕陽の直下だ。
「此所は一年前、[紅骸の姫]一派……、いえ、今にして言えばただの隠れ蓑でしたが、まぁ、元々天霊のアジトだった場所があるんですよ」
「……そこに、何がある?」
「解りやすく言えば魔力及び物理力の通じない絶対防御の城壁です。……まぁ、これは貴方達が到着する頃には破壊されているでしょうが、問題はその後だ」
チェキーがどうして破壊されているのかと問うたが、その男はにこやかに微笑むだけで理由を言うことはなかった。
それどころか説明の脚を止めようともせず、次は義手の指で駒を摘み上げ、自身が生身の指で差した場所へそれをバラまいていく。
「今、空に浮かんでいるのはツキガミの半身だそうです。陰陽理論だとか魂魄理論だとかは面倒なので省きますが、貴方達にはこれを排除していただきます」
「……我々が、か?」
「えぇ、貴方達が」
「だが、それは」
「不可能じゃないわ」
細長い腕を組み、不機嫌そうに眉根を顰めるイトー。
彼女は業を煮やしたか、拗ねるようにそう呟いた。
序でに言えばその胸元に未だ固まるラテを抱き寄せ、人形のようにその頭へ顎を乗せながら、だ。
「と言うより私達じゃないと出来ないの。半身とは言え、神の身代だから魔力云々は通じないわ。弾くのなら四天災者達がどうにかするでしょうけどね」
「吸収……、か?」
「そうであり、そうじゃない。と言うよりは神の許容量の問題だけれどーーー……、それが無限なの」
「つまり魔力は通じず……、物理力も通じない?」
「そうね。さっき、そっちのいけ好かない野郎が言ってた結界もその半身の応用でしょうね。あのクソ野郎が作りそうなモンだわ」
「ではどう崩すと言うのだ」
「機械……、と言っても解らないでしょうけど、その半身を支えている補助物が存在するはずだわ。私達はそれを物理的にではなく、相手の規則に従って破壊しなければならない」
忌々しいけれどね、と付け足す彼女はやはり不快そうだった。
尤も、心配そうに見上げるラテの額に頬擦ってうへうへと笑っている辺り、本当に不快だったのかどうかは怪しいところだが。
「……それが我々の役目なのだな、ウェーン・ハンシェル」
彼が頷くと共に、リドラは立ち上がる。
長椅子に掛けていた白衣を身に纏い、酷く曲がった背を少しだけ伸ばして。
その双眸に険しく皺を寄せながら。
「行こう。それが役目と言うのならーーー……、成すだけだ」
言葉に従うようにチェキーとイトーも立ち上がる。
ウェーンは彼等を嘲っていた笑みをやめ、静かに頬端を結ぶ。
彼等は何も言わない。それでも歩むべき道が、この耐え続けた時が終わるのなら進むだけだ、と。
そう言葉なく、示すだけであり。
「……ご武運を」
「あぁ」
ただメイドとラテの見送りにだけ応えて。
彼等は、その場所へと歩んでいく。
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