世界を蝕むもの
【サウズ王国】
《城壁外郭》
「何故、[邪鎖の貴公子]が……!?」
サウズ王国の城壁上で、ナーゾル王は驚愕の色を隠すことが出来なかった。
邪鎖の貴公子。嘗てシルカード王国にてゼル・デビットと戦い、それでもなお逃げ延びた男。
否、裏を返せば、それはゼルが深追いしなかったということだ。
それ程の男が、何故、今になってこの国へーーー……。
「何、とある人物達から要請を受けたものでね」
城壁を這う鉄鎖の上より、その男は飛び降りた。
その片脇に一人の少女を抱え、少し遅れて鎖に幾人もの兵士を絡め取って。
少女はメメールへ、兵士は城壁の上に放り出しながら、だ。
「無様に失礼します。私はウェーン・ハンシェル。えぇ、貴方達の言う通り[邪鎖の貴公子]と呼ばれておりました」
態と仰々しく頭を垂れながら、彼は指先から鎖を引き上げ切った。
ざらざらと金属音を掻き立てるそれはやがて尾を現す、が。
その先にあったのは蛆虫の群れが如く蠢く、異様な人形共の塊だった。
「ひっ……!」
幾多の兵士達が斬るような悲鳴を上げるが、それ等が一片として漏らさず鎖に囚われていることを知ると、恐る恐る近付いて様子を見る。
どれもこれも一片も違わない、まるで同じ時に産まれた双子のように瓜二つ。
否、二つどころでは済まないが、それでも余りに似通っていることに代わりはない。
余りに異様なその存在に兵士達はあれだこれだと言葉を上げるが、当然ながら的中する物は一つも無く。
中には近付きすぎて髪の毛を引っ張られる兵士まで居た。
「こ、これが襲撃者の正体か……」
「人工物なのは間違いないようですがね。そして、何よりも厄介なのは……」
直後、何かが起動されたかのようにかちりという音。
そして人形共は濁流のような水をブチ込まれたように大きく膨れ上がる。
それこそ鎖から肉をはみ出し、内面で赤々と輝く光を溢れ出させる程に。
「と、まぁ、こんな具合で、体内に爆弾を仕込んでいるようなのです」
だが、人形共は先の膨張が嘘のようにしゅるると萎んでいく。
退いていた、或いは腰を抜かしていた兵士達は、或いは身構えていたナーゾル王と気を失ったミルキーを庇うように背へ隠していたメメールは自身の頬を冷や汗が流れ落ちていく感触に息を呑んだ。
そして、再び蠢き始めた人形達を避けるように、ウェーンへと問い掛ける。
「な、何かしたのか……? 今……」
「された、と述べるのが正しいですね。まぁ、私がやったのは彼等の魔力を吸い取ったに過ぎませんが……」
ぴしり、と亀裂が走るように引き裂かれるウェーンの指先。
彼は砂粒を擦るように指先を擦り合わせ、傷の具合を確かめる。
そして気付いたように、未だ唖然とするナーゾル王達へと微笑みかけた。
「吸収した魔力は直ぐに放出していますが、この有様です。一度吸収しただけでもやはり私の身に余る魔力だ」
「ど、どういう事です? いったい、それに何が……」
「待て、その説明は不要だ」
メメールの言葉を遮りながら、ナーゾル王は正門付近へと視線を向ける。
未だ止むことのない化け物の濁流と、その最中で闇纏う何かと一人戦うフレース。
いや、戦いとは呼べない。それは最早防戦ばかりの、嬲りに近かった。
もう幾時もせぬ内に彼女の屍が城門前に転がり、人形共に躙られて肉塊と化すだろう。
「理論だの知識だのは後で良い。今重要なのは新たに戦力が増えたということである」
「そ、そうですね。ウェーン殿、今すぐにフレース殿の救援を……」
にこやかに、朗らかに。
然れどその笑みは未だ崩れることなく。
ただ純粋に、その言葉を述べる。
「遠慮します」
喉を詰まらせるようにざわめく兵士達、訝しむように眉根を顰めるナーゾル王。
ただ一人、メメールだけが何故ですか、と非常に慎重な問いを返す。
「その役目は私の役目ではないからだ。私ではあの連中に勝てないし、出来る時間稼ぎでさえ私の成すべきことではない」
あの人を助けるには適任が居る、と。
彼は微笑みながらそう述べると、国内へ爪先を向けた。
見えるはずもない、然れど一刻も早く会わなければならないその者達に会う為に。
「私の役目はあくまで伝達だ。……どうか、案内していただけませんか?」
「ど、何処に……?」
「何、リドラ氏達の所へですよ。何せこのままでは……」
空へ煌々と浮かぶ異色の太陽。
未だ平然と光を落とすそれを、然れど次第に太陽を蝕んでいくそれを。
畏怖するように、それと同時に嫌悪するように、彼は言葉を吐く。
「本当に、世界が滅びかねません」
人形共が慟哭する。剣戟の音が交差する。
流れ行く雲さえも異様な速さのように見え、飛び去る鳥々は逃げ惑うように。
そして何よりも、美しく尊いはずだったその蒼き空は。
純然なる蒼の果ては、水底から這い出る何かに押し込められるように。
「そればかりは流石に私も避けたいのですよ」
再び彼等の元へ笑みを戻したウェーンの表情は未だ変わらない。
然れど彼等には何故かーーー……、そこに焦燥が孕まれているように、思えた。
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