闇尾放つもの
{ぅ}
這いずり出していく。魔力が、鎧から溶け落ちていく。
巫山戯るな。高が獣人が、阻害するというのか。我々の目的を。
何の為に此所まで来たと思っている。何の為に耐えてきたと思っている。
渇望が身を焦がす。ただ己を探るあの獣共が、果てなく悍ましい程に。
{ぅぁあ}
霰のように降り注ぐ瓦礫の中。
ただ岩々の隙間に溶け落ちる彼の眼が、闇に赫う。
{ぁああああ}
ずるり、と。
彼の眼が、球体に近い真紅の眼から四肢が産まれ出る。
蜘蛛、或いは蛇。否、そんな生物ならば恐れはない。
それは、何か、岩の隙間に溶け落ちるそれは、何か。
{お、れは}
眼から泡沫が如く浮き出る眼孔。
闇に覆われし球体、否、眼球には幾十の瞳があった。
それ等が体液を潰すように廻り狂い、やがて、それを見る。
己の眼上を過ぎ去った、影を。
「……」
瓦礫の上を跳躍しつつ滑空する彼はふと足を止める。
否、もう跳躍して避ける必要性が無くなったのだ。
岩盤を飲み喰らっていた闇は枯れ果てるように、水溜まりが急速に蒸発でもするかのように消え去ったのだ。
「あ? 消えたぞ」
「力尽きた……、というのは楽観的過ぎる。何か来るぞ」
ジェイドが瓦礫の上から着地した、瞬間。
彼の、いや、彼等の足下が爆発して幾多の瓦礫が飛散した。
轟音と爆風による刃は四肢を斬り刻み、大地は裏返るように跳ね飛んだのだ。
何が起きたのかと理解するよりも前に彼は眼前に迫る瓦礫を弾き飛ばしつつ、遙か後方へ撤退した。
その際に足場とした瓦礫がデモンの頭に落ちたのは、まぁ、偶然と言えば偶然であるが。
「痛ぇんだけど!?」
「故意ではない」
緊張感のない会話と叛するように、それは猛りを上げる。
巨大な一つの眼球に浮き出た幾十の眼。それから生える闇黒の四肢。
牙はない。鼻も耳も、生物として必要なものが、何も存在していない。
異形というに足りず、異貌と称すに悍ましく。
「……デュー・ラハン、か」
「おーおー、凄ぇ変わり様だなァ。アレ何処から声出すんだ?」
「そこではないと思うが」
それは、デューと称すべきかどうかも定かではないが、その存在は、だ。
猛り狂うままに周囲の岩盤を押しのけ、大地へと這いずり出してきた。
巨大。その全貌の影が彼等を覆い尽くせる程に、巨大。
「……来るぞ」
ジェイドの眼孔、接触、紙一重。
彼は大きく背を逸らしながら、それを回避した。否、回避せざるを得なかった。
闇尾に等しき一撃が己の体毛に触れた瞬間、毛先が消し飛んだのである。
その瞬間に彼の中にあった反撃や防御の意識は消し飛んだ。奴の攻撃は、否、奴自体が先の闇黒に等しき存在なのだろう、と。
「触れば消し飛ぶようだな」
「だったら触らなきゃ良いんだろーが」
デモンは疾駆する。
彼の一脚ごとに大地が弾けるような轟音と共に瓦礫を飛ばすが、何かはそれを解さず闇尾の一撃を放った。
然れど彼は瓦礫の狭間を縫うように跳躍と疾駆を繰り返し、容易くその一撃を躱す、が。
腕は分裂する。文字通り、幾千幾多と分かれてその射程を大きく伸ばしたのだ。
「ケハッハァッ!!」
疾駆。否、跳躍。応、飛躍。
己の姿が歪むほどの速度だった。自身を追う滅消の尾を櫂潜り、その主を翻弄するかのように。
彼は笑う。緊迫や緊張などない、無邪気な子供のように。
「楽しそうだな」
剣閃、異物の元に。
白銀がそれの眼球を斬り裂かん如き閃光を放つ。
だが、その軌跡を描いた鋒でさえ鮮血を散らすことはなく。
ただ、闇に飲まれ果てへ消えるのみ。
「当然だろォがよ」
未だげらげらと笑いながら疾駆と回避を続ける獣。
闇尾の速度が遅い訳ではない。それこそ的確に、飛ぶ鳥ならば弄べる程に疾い。
だが、獣はそれより遙かに疾いのだ。崩れ去り、僅かな糸屑を頼りに縫い合わされた獣は、否、骸は。
悦楽の為に、何人であろうと邪魔立ての赦されぬ、狂喜の為に。
「大事の前の小事ってやつだ」
疾駆は、止まり。
幾多の瓦礫を押し潰しながら慣性を押し殺す。
飛散する石礫と揺れ動く肉体の中で、未だ笑いながら。
「笑わなきゃ、下らなくてやってらんねぇよ」
彼は減速を始めた付近にある物体を毟るようにもぎ取った。
それが何なのかはジェイドの隻眼に映ることは無かったが、いやしかし、直感的に理解は出来る。
触れなければ良い、と。ただそれだけの事なのだから。
「よぉ」
投擲。
眼前より迫る闇尾に対し、真正面に構え。
彼は大仰にそれを振りかぶった。
デュー・ラハンがジェイドの斬撃により腕ごと落とした、大剣を。
「返してやるぜ」
空を切る? 裂く? 薙ぐ?
否、抉る。
たった一発の投擲が、周囲の瓦礫さえも消し飛ばし、純然なる道を作り出し。
音も無く空間を抉り果て、破壊の獣が全てをくれてやった、結末や過程なども吹っ飛ばす、極限の弾丸が出来上がる。
それは容易く闇尾を引き切り引き裂き引き薙いで。
眼球へとーーー……。
{ぉお゛おぉおあおあ゛あ゛ぁ゛あああ゛ぁあ゛あああ゛!!}
だが、その一瞬。
音すら置き去りにした極限の弾丸を前に、何かはその巨体を大きく揺らす。
回避しようとしている。あの一撃を、避けようと。
「悪いが」
弾丸との射線上、眼球の視線上。
二つの線上に、一瞬だけ影が映る。
鋒の喰らわれた剣という、影が。
「避けて貰っては困る」
眼球、突き抜けて。
衝撃に巨体を仰け反らせながら、ただ。
化け物は大地の中へと、沈んでいった。
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