弱者の決意と狂闘者の悦楽
【トレア平原】
「ッ……! 振り切れない!!」
疾駆するスズカゼ達の速度は最早風にも等しい。
否、フーに到っては風魔術でデイジーとオクス共々速度を強化している程だ。
ただ、それがスズカゼの全力疾走がそれよりも少し早いというだけで。
その竜の豪翼よりも、ほんの少しばかり早いというだけで。
「あの竜をどうするか、だな……」
自身達を影で覆い尽くすほどに巨大な竜。否、[強欲]ダリオ・タンター。
彼女は[暴食]デモンによって足止めを喰らった[傲慢]デュー・ラハンの役目を埋めるが如く、スズカゼ達の追撃を行っていた。
この先に征かせるにはいかない。漸く全てが始まるというのに、この先へ征かせてしまえば、全てが無駄になる。
「それだけは、させないわ」
疾駆するスズカゼの頭上に重々しい殺意が乗りかかる。
それが何であるかを確認するまでもない。
幾多とその身が纏い、然れど隔絶した存在である、灼熱を。
「此所は」
「此所は私が請け負います」
風魔術を振り払いて踵を返し、ハルバードを振り翳す彼女。
双脚が土煙を吹き荒ばせながら、草原の葉根を抉り飛ばして。
彼女は、その巨竜と対峙した。
「デイジー殿……!!」
オクスもまた踵を返そうと半身を翻す、が。
スズカゼは彼女の腕を引っ張って無理やり前へ引き飛ばした。
誰よりも立ち止まるであったはずの彼女が、オクスを、止めたのだ。
「なっ、どうして……!?」
「良いんです」
奔り征く彼女達に背を向けたまま、その去風に髪を揺らして。
彼女はただ、そう述べる。そう、言い落とす。
「これは私が付けるべき決着で、私が成すべき勝負です」
やがてその言葉が終わる頃には巨竜の業火が草原を覆い尽くし、彼女の言尻は消えていた。
業火の端さえも彼女達には届かない。届くのは巨竜の轟きだけ。
自身の足下で止まった女になど目もくれない。ただその先を奔る者共だけに。
「何処を見ている」
故に、気付かない。
爆炎、業火を足踏みに飛び上がった彼女を。
己の首筋に豪刃を構える彼女を。
「私は此所だ。ダリオ・タンター」
轟音と共に竜の首が抉れ、強欲は大地に叩き付けられる。
己の業火に飲み込まれながら草原の葉根を躙り、巨竜は墜ちたのだ。
たった一人の、嘗ては雑魚と蔑んだその女によって。
「まぁ、きっとあの人は勝てないと思います」
疾駆しながら、スズカゼはオクスとフーにそう呟いた。
言葉に揺らぎはない。あるのは確信と、覚悟。
「けど、絶対に負けることはない」
疾駆し過ぎ去っていく背中に牙を食い縛りながら。
巨竜は人の形となりて、豪炎の中に降り立った。
双眸は憎悪に滲み、四肢は憤怒に震えていく。
やがてその背から肢腕が如き銀刃が出現し、周囲の草根を切り裂いて粉塵を巻き上げる。
それは八つ当たりーーー……、否、宣言だ。
眼前の女の未来を、宣言したのである。
「この……、売女がぁぁあああああ…………!!」
「雑言は地獄で吐け、女郎」
【山岳地帯】
「…………」
ヴォルグの魔力が、消えた。
ダリオの魔力が荒れて、各地でも味方達の魔力が巻き起こっている。
戦いは渦中にあるのだ。幾多の人々が死すだろう。幾多の人々が喚くだろう。
何と愚かなことだ。ただ認めれば、全てが終わるというのに。
この世界が、自分達が望む物を理解すれば、全てが、終わるのに。
「天霊化を使うまでも無かった、かな」
勝負は一瞬だった。
裏切り物、[暴食]デモン・アグルス。
この男の実力については知っていた。獣人の身でありながら単純戦力のみならば、天霊化を行わない自分に勝るとも劣らない力を持っていた。
だと言うのにどうだ、この男は。
スズカゼ・クレハとの戦闘が思いの外響いていたらしい。
この男でさえも殺せなかったとなると、やはり認識を改める必要がーーー……。
「…………」
じゃり、と。
僅かに首根が動き、抉り返った岩盤地帯の大地を獣が這う。
生きていたか、と呟くが、デューが振り返ることはない。
必然だろう。その瀕死の獣に立ち向かってくるだけの力はないのだ。
いや、あるはずなどない。その獣の四肢さえも、ありはしないのだから。
「そのまま芋虫のように這っていてください」
切り取った四肢は燃やした。
黒炎で、だ。如何に奴のそれが強靱だとしても、灰燼になっては癒着は決してしない。
殺さないのは慈悲だ。殺さないのは罰だ。
仲間故の慈悲、裏切り故の罰。
暴食者に与える最後のーーー……、餌。
「助けはしませんが、まぁ、貴方なら生き残るぐらいは出来るでしょう。そこで指を咥えながら見ていて下さい。ーーー……いや、咥える指がありませんでしたか」
嘲笑うように、彼は空を見上げる。
さて、もう此所で暇を潰すように戯れる暇はない。
ヴォルグが死んだーーー……、当然でありながら、この事実は重用である。
彼の狙いが間違っていたとは思わない。確かに四天災者には有効な手立てであっただろう。
しかし余りに杜撰。いや、そんな杜撰さにさえ掛けなければいけなかったのか。
「だからこそ重用なんだ。彼等のような、異端をどう処理するかがーーー……」
言い終わらぬ内に、彼はまた異変に気付く。
かりり、と果実を皮ごと囓るような擦切れの音。
デモンが錯乱して石でも囓ったか? いや、彼はそのような男ではないはずだ。
ならば、何を。
「……ケハッ」
デューの頭蓋が爆ぜ飛び、兜は一瞬で崩壊する。
衝撃は実体を持たぬはずの天霊でさえも激震させて。
地平の彼方へ、吹っ飛ばしたのだ。
「何処見てんだよ、なァ……」
獣に四肢はなかったはずだ。
余力はなく、抗う意志さえも果てていたはず。
だと言うのに何故、何が、どうして。
「馴染むの時間は掛かったが……」
そうだ、確かに獣に四肢はなかった。
嘗て禁忌に手を出した青年のように、男の全身には亀裂が奔っている。
それでもなお、否、それだからこそ。
残された僅かな刹那のみに、彼は生きるのだ。
「悪かァねェ……!!」
一歩、進む度に、皮膚の一片が崩れ落ちる。
然れど獣は嗤う。故に獣は嗤う。
ただこの刹那だけが己の生きる証なのだ、と。
「……狂闘者めが」
黒煙を纏いながら、デューは立ち上がる。
獄門より取り出すは闇炎の大剣、漆黒より呼び出すは蒼炎の黒馬。
その黒煙が纏うのは、最早慈悲や侮蔑すら無き、純然なる殺意。
「悔いて……、惨めに死ね」
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