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獣人の姫  作者: MTL2
最終決戦
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劣悪なる喚奏


【山岳地帯】


「スズカゼッ……!!」


切迫し、押し殺した声。

その先に居る女は、何も答えない。

答えられるはずなどないのだ。

顔面を掌握され、軽々と腕裂きに吊される女が。


「ケカハハハ……」


獣は白煙が如き吐息と共に嗤声を流す。

狂気と悦楽に歪んだ顔は最早正気と言えるはずもなく。

然れど獣は誰よりも知っている。今の自分が、今こそが、自分なのだと。


「……もう我慢出来ないな。彼女に加勢するぞ」


対し、獣を前にオクスとフーは武器を構える。

恐らく自分達二人がかりで向かえば幾らか時間は稼げよう。

それだけあればスズカゼは奴から距離を取れるし、回復も出来る。

ほんの少し、時間を稼げればーーー……。


「待ってください」


しかし、デイジーはハルバードを広げながら彼女達を制止する。

何故かと問われるより以前に、その双眸で答えを解しながら。

いいや、違う。その双眸にあるのは確信だけではない。

確信と、確認。視線の先、自分達を刺す、眼光への確認。


「彼女はまだ……、負けていない」


デイジーの言葉と、同時に。

獣の腕が跳ね飛び、彼女が牙を剥く。

紅蓮の刃は未だ衰えず、例え獣に一閃の上を征かれようとも。

その剣閃を、脇腹へと、容赦なく。


「もっとだ」


剣閃は直撃した。

直撃したはずだ。刃がその骨肉を切り裂くはずだ。

然れど獣の肉体は、まるで棒きれを当てたかのように変化はなく。

ただみちりみちりと圧縮された筋肉の壁盾が、その刃を防ぐ。

否、防ぐというのは語弊があるだろう。その獣にとって、デモンにとって防ぐつもりなど毛頭無いのだから。


「もっと、寄越せ」


眼前、迫る、豪腕。

彼女は紅蓮の衣で自身を覆うが、その一撃は万物を断すはずの衣でさえも撃ち抜いて。

小石が如く吹っ飛んだ彼女は幾多の瓦礫を突き抜けながら岩盤へとぶち当たる。

衝撃で骨肉は潰れ、破片が臓腑へと突き刺さった。

然れど、苦痛に混じる鮮血を吐き出す暇さえなく、獣の追撃。


「もっとだァアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!」


追撃。

追撃、追撃、追撃、追撃、追撃、追撃。

幾度とない破壊の権化が撃ち込まれ、衝撃は一発の度に周囲を崩壊へと巻き込んでいく。

亀裂が広がりきる以前に大地が砕け、大地が歪む前に岩盤が抉り返る。

最早その場は大地や山岳などとは呼べなかった。戦闘による衝撃が、山一つ山二つさえも、容易く刳り潰した故に。


「だったら」


だが、必然ながら。

彼女とて黙っているはずはなく。


「くれてやりますよ」


豪腕を掴む華奢な腕。

力を込めようとその腕が動くことはない。

故に二人の間に落とされる刹那の静寂。岩盤の崩壊と共に崩れゆく瓦礫。

喧騒の中で双眸の眼光が獣を捕らえた。紅蓮にして焔の眼。

決して折れぬ、決して揺らがぬ、決心の眼。


「ケハッ」


嗤い、飛ぶ。

獣は自身の肉体で円を描くが如く、二転、三転。

数多の瓦礫に四肢を打ち付け、数多の残骸に皮膚を斬り刻まれ。

やがて、奇しくも彼女と等しく岩盤へと滅り込んだ。


「ッか、ぁ----……」


スズカゼがデモンへ撃ち込んだのは拳撃ではない。

脚撃でもないし、斬撃でもない。

ただ単純に、頭突き。


「ちっとは頭から血ィ抜けましたか?」


「……馬鹿言えよ」


双方は、鮮血、否、へどろのような血塊を吐き出しながら立ち上がる。

既に幾刻が過ぎ去っただろう。既に幾発を交わし合っただろう。

初奏にしては、余りに喧騒過ぎる。楽譜も音色もあったものではない。

ただ喚き散らすだけの、稚演にも劣る演奏だ。

然れど、それが、どうしようもなく、渇きを癒やす。


「むしろ滾ってきたぜ」


デモンの豪掌が、岩を掴む。

否、それは岩盤。半径数ガロを埋め尽くす、巨大な岩塊。

天を覆い尽くし、太陽を斬断するが如き、巨大な岩群。


「なぁ、だろう?」


ただの、一度動作。

ただそれだけで轟音が周囲を激震させ、旋風は空雲を巻き込んで。

デモンは自身の数千倍はあるであろうそれを、振り下ろした。


「それに対する返事は」


然れど。

眼前より迫る破砕の鉄槌に対し。

彼女は真焔の太刀を、空に翳すのみ。


「うるせぇ知るか。……ですかね」


しゃりん、と。

一閃に音はなかった。あるとすれば風斬りだけだろう。

その風斬りでさえも、余りに静かで、余りに華奢な。

それこそ本当に、鈴音が響くように。


「連れねぇなァ」


岩塊が、割れる。

太陽の光が彼女に降り注ぐと共に、対の影が左右へと墜ちていった。

轟音は激震となって、激震は崩壊となって、崩壊は休符となりて。

然れど彼等の間に休符は必要無い。否、無粋ですらある。

あるのは喧騒だけで良い。あるのは闘争だけで良い。

有象無象にさえ劣るような、劣悪な喚奏だけで良い。


「もっと楽しめるだろ? もっと騒げるだろう」


デモンが求めるのは、幾ら成長しようとも、積み重ねようとも。

その獣が求めるのは、決して変わりはしない。

激震も、衝撃も、崩壊も、何もかも全てが、楽しい。

己の悦楽の為に。心の底から湧き上がる、泥水のような快楽のために。

女を抱くより肉を喰らうより、何よりも楽しい、この、闘争のために。


「騒ごうぜェ。スズカゼ・クレハぁ……!」


全てを、くれてやろう。



読んでいただきありがとうございました

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