黒豹の乱入
「どうして、こうも、君達は……」
呆れ果てるように、バルドはがくりと首を落とした。
相変わらず彼の顔には仮面のような笑みが張り付いているが、それには何処か冷たい物が含まれている。
彼の手はぶらりと下がっており、恐らくいつでも戦闘態勢に入れるような姿勢なのだろう。
「……見張りは何をやってるの」
「気絶した貰っただけだ。殺してはいない」
平然と述べる彼だが、その手に持つ刃の裏には血痕がある。
気絶、とは言ってもかなり手荒い方法だったのだろう。
現に彼の蹴り飛ばした大扉の向こう側からは、かなりの騒音が聞こえ始めていた。
「じぇ、ジェイドさっ……」
「案ずるな、姫。例え誰が何と言おうとも、例え誰がどう非難しようとも、例え誰が如何に糾弾しようとも……。貴女が獣人達の希望であり、我が主である限り」
再び刃を構え、黒豹は黄金の隻眼を向く。
その眼光が何を意味するのかは、メイアやバルドは勿論、リドラやスズカですらも理解していた。
「俺は貴女の刃となる」
彼はこの場の全員を殺してでもスズカゼを助けるつもりだ。
だが、そんな事が出来るはずがない。
四天災者が一人、メイアウス。
王城守護部隊長、バルド。
彼等をジェイド一人で相手取るのも不可能だろう。
万が一、倒したとしてもここは王城だ。
脱出するのは間違いなく不可能である。
「……メイア女王」
「殺さないでね。後々、面倒だから」
「御意に」
バルドの手元には、一対の剣盾を召喚した。
彼の鎧姿に相応しい、正しく騎士の姿だと言える。
だが、彼は王城守護部隊の人間だ。
騎士団の人間ではない。ゼルのように彼を案ずる人間ではない。
メイアの言葉は殺さないで、だ。
では片腕程度ならば切り落としても問題はないだろう、と。
「行こうか、ジェイド・ネイガー君」
彼の言葉を切掛に、ジェイドはスズカゼの隣の床、豪華な絨毯を蹴飛ばして跳躍した。
正に獣が如き跳躍はメイアの隣から走り出したバルドとの距離を一気に詰める。
「うん、流石」
バルドは依然とした仮面の笑みで、彼の初撃。
即ち白銀の刃が振り抜かれた一撃を盾で防御する。
凄まじい金属音と共に、地に足を付けたバルドの防御に、空を駆けるジェイドは弾かれる。
はずだった。
「ッ!?」
地に足を付ける人間。
空を駆ける獣人。
種族に差はあろうとも、物理学的にどちらが競り勝つのかは言うまでもない。
だが、メイアの、リドラの、スズカゼの。
彼女達の視界に映ったのは、盾を持つ手ごと大きく仰け反るバルドの姿だった。
「この力はっ……!?」
まるで、砲弾をぶつけられたかのような衝撃。
それは鎧を纏い、地に足を付けた人間ですらも容易く弾き飛ばす。
確かに獣人は人間よりも遙かに身体能力が高い。
だが、助走を付け、全力で振り抜いたとしても、それ程の衝撃を生み出せるはずがない。
「むっ……!」
バルドはその思考よりも前に、剣を振り抜いてジェイドを遠ざける。
斬撃を紙一重で躱しながら、ジェイドは後方へ素早く後退した。
「何の備えもなく行くな、と。お節介焼きの馬鹿が預けてくれてな」
彼の指に輝くのは蒼紫色の宝石の填まった指輪。
ジェイドはそれを灯りに輝かせ、紫色の光りを放つ。
「[パワルの宝石]……!」
パワルの宝石。
身体能力を強化する魔法石であり、市場で30万ルグは下らない非常に高価な魔法石だ。
それを獣人である彼が急に手に入れるはずもない。
ジェイドの言うお節介焼きが彼へと与えたのだろう。
だが、そんな事が出来てこの場に居ない者は少なくとも一人しかいない。
そして、獣人である彼がこの城に入るにはどうするのか。
今頃は応接室でせせら笑っているであろうお節介焼きとは別に、それが出来るのは王城の兵士ですら生暖かい目で見ている、もう一人のお節介焼きしかいないだろう。
その事実に、彼と対峙するバルドは苦笑を、王座に君臨するメイアはため息を、呆然と立ち尽くすリドラは絶句を、地面にへたり込むスズカゼは困惑を。
そして、その渦中に立つ男は決意を固めていた。
「あの馬鹿二人は後で処分しなくちゃならないかしら……」
「……ですが、メイア女王。これは少しばかり分が悪い」
「そうね。ここを壊されると本気でキレそうだわ」
「ははは。これは早急に片付けなければいけませんねぇ」
冗談めいた笑いを浮かべ、バルドは剣盾を持ち直す。
相手が如何に怪力の一閃を震おうとも、ここで退く訳にはいかない。
そんな事をすればこの城どころかこの国が吹っ飛びかねない。
「……やってみろ」
ジェイドもそれに呼応するかのように、白銀の刃を持つ刀を構え直す。
その漆黒の指に光る蒼紫の魔法石を輝かせながら、黄金の隻眼を唸らせて。
「……では、再開しようか」
バルドは階段に足を掛け、盾を全面へと押し出す。
ジェイドは絨毯を踏みにじり、半身となって刀剣の切っ先を光らせる。
空気は音を失い、静寂の中に彼等の闘志だけが呼応する。
「……ま、待て待て待て」
しかし、その静寂を裂いたのは白銀の衝突する音ではなく。
背筋を丸めた男の狼狽する声だった。
「何か勘違いしていないか? 別にこちらはスズカゼの処遇こそ考えても国外追放は勿論、地位剥奪すらするつもりはない」
「何?」
「彼女の存在は確かに火種になりかねないが、それ以前に彼女を追放して落ち着いたはずの獣人達の一件を荒立てる方がこの国にはデメリットだろう」
「……つまり」
「貴様とお節介焼き二人の早とちりだ……!」
ジェイドは刀を仕舞い、メイアとバルドを交互に見る。
それからスズカゼへと視線を向け、大きくため息をついた。
「帰る」
「ちょっと待ってェエエエエエエエエエエエ!!」
「勘違いだったのは素直に謝ろう。俺は悪くない」
「何ば言うとんねんや!? 謝ってないし!!」
「このまま帰るなら別に良いけど。まぁ、臨時訓練とでも兵士に言っておくわ」
「よ、宜しいのですか、メイア女王」
「別に。リドラの言う通り荒立てるような事ではないわ。むしろ、兵士の質の低さが解った事の方が収穫じゃない? ねぇ、王城守護部隊長さん?」
「……これは耳が痛い」
先程とは違う苦笑を浮かべながら、バルドは剣盾を仕舞った。
彼の手元からそれらが消えた事を確認したジェイドはスズカゼの手を取って踵を返し、そのまま何人かの兵士が入ってくる大扉へと歩を進めていく。
「ジェイド・ネイガー」
しかし、そんな彼を呼び止める声があった。
振り返った彼の目に映ったのは、その現場の後始末をどうしようかと頭を抱えるリドラでも、部隊の情けなさに肩を落とすバルドの姿でもない。
冷徹に、冷淡に、冷悪に。
その眼光は彼を捕らえている。
「太陽に縋り付きすぎると、闇月の光は掻き消されるわよ」
「……あぁ、存じているとも。充分にな」
メイアはもう行って良いと言わんばかりに手を振り払い、王座へとふんぞり返る。
彼女の言葉の意味が何だったのか、スズカゼの理解する所ではない。
けれど、その言葉は、ジェイドの表情を歪める物であり。
彼の消し去りたい過去その物である事だけは、解っていた。
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