月下の訓練場
「うふ、うふふふふふ」
溢れ出る笑いを止められないと言ったように、サラは頬を抑えて笑んでいた。
端から見れば少しばかり不気味にも見えるが、そんな彼女の前に座り込んだ女性の姿を見ればその感想も吹き飛ぶだろう。
「……うるさいぞ、サラ」
どよん、と見事な効果音が付きそうな程に落ち込むデイジー。
彼女はスズカゼとの模擬戦で手も足も出ずに。
いや、手も足も出して、出させられて敗北したのだ。
「誘導されていたのか……。私は」
「私も気付いたのは途中からですけれど。始めは貴女のペースだと思ってましたもの」
「なるほど……、団長が彼女に勝てないと言った理由がよく解った。アレは、勝てない」
「実戦ではどうか解らないけれど、貴女のように実戦主義の人間からすれば天敵ですわねぇ」
言うなれば硝子の剣と木製の剣だ。
硝子の剣は見た目は美しいが、戦闘には使えない。
木製の剣は見た目は素朴だが、戦闘には使える。
つまり、そういう事だ。
ゼルやデイジーの戦い方は、実戦では非常に役に立つ。
スズカゼの戦い方は、訓練では無敵の強さを誇る。
「だが、戦ってみた私から言わせて貰えば、恐らく彼女は実戦でも相当強い。あの身体能力と動体視力は驚異だ」
「それだけではないと思いますけれどね。何と言うか、次の一手を予測する経験則も恐ろしいですわ」
「……考えれば考えるほど、途方に暮れてしまうのだ。私とて子爵の父に薦められて騎士団に入りこそしたが、全力で訓練には挑んできたはずだ。それを、聞けば彼女は記憶喪失だと言うではないか。……言い方は何だが、記憶喪失の相手に負けたのだぞ」
「それこそ傲慢という物ですわよ、デイジー。経験や戦いは体に刻まれると言うでしょう?」
「それはそうだが……。やはり、こう、自分を支えていた物が崩れていくのが解る」
自分の言葉にさらに沈んだデイジーと、そんな彼女を見てさらに微笑みを増すサラ。
何とも歪なその室内に、汗を拭くスズカゼは入ってくる。
彼女はデイジーとの戦闘後に、汗を拭く場所はないかと尋ねた。
デイジーは沈みながらも、訓練所の更衣室の方を指差したのだ。
その奥には私の衣服の替えがあるので是非とも、というサラの言葉もあって、彼女は汗を拭くために席を外していたのである。
「いやぁ、すいませんね、サラさん。服借りちゃって」
「いえいえ。服なんていつでも買えますから。……本当はデイジーの服があれば良かったんですけれど、この子は基本的に着替えませんの」
「えぇ、全く。デイジーさんの服があればねぇ!」
スズカゼの服は、非常にゆったりとした、彼女よりもサイズの大きい物だった。
いや、身長的に大きな差はないので、その表現は少し違っているだろう。
具体的には身の丈のサイズが違うのではなく、胸のサイズが違うのだ。
まな板と山岳。大きく違うのは当然である。
「ゆったゆたーゆったゆたー大きな御胸がゆったゆたー」
「うふふふ。どうしましょう、デイジー。スズカゼさんが狂ってしまいましたわぁ」
「貴様、解っててやっただろう……」
取り敢えずスズカゼが落ち着くまで数十分。
それ程の時間があればデイジーが平常となるのに充分だった。
と言うよりはスズカゼの状態を見ていると落ち込んでいる場合ではないな、と立ち直ったのが本音だが。
「いやぁ、強かったですね。デイジーさん」
「スズカゼ殿……、あの戦いの後でそれは嫌味にしか聞こえませんが……」
「ち、違いますよ!? 割と本気で!!」
「では、どういう……」
「いやぁ、訓練ならまだしも、実戦じゃ勝てる気しないし。今日は私の調子が良かっただけで……」
「調子が良かっただけで負けては話になりませんわよ?」
「うるさいぞ、サラ……」
「いや、本当に。この前から感覚が冴え渡ってるといか、何と言うか……」
スズカゼは己の指先を見つめて、そう述べた。
剣道の試合前のような、全身の感覚が冴え渡る感触。
指先どころか、毛先ですらも風の流れが解るほどに。
クグルフ山岳での一件から感じていた違和感は、既に彼女の全身を透徹にする感覚となっているのだ。
「それはそうと、スズカゼさんの実力はよく解ったし、もう帰りましょう。時間もすっかり遅いですわよ」
もしこの場に時計があったのなら、既に十一の数字を超えているような時刻だ。
喫茶店を出てから模擬戦が終わるまで、随分と時間が掛かってしまったようである。
スズカゼ達はのんびりとしながら取り敢えず帰る支度を始めた。
もう母親の許可が要るなどという年齢ではないのだから、そう急ぐ必要はない。
まぁ、彼女達がただの女性ならば少しぐらいは急いだかも知れないのだが、流石に彼女達を襲う馬鹿は居ないだろう。
「……そう言えば。デイジーさんの戦い方は解りましたけど、サラさんの戦い方をまだ知りませんね」
「あら、私の戦い方なんて単純ですわよ? 隠れてばっきゅん、ですもの」
「バッキュンって……」
「スズカゼさんが気絶してた……、と言うよりは気絶した振りをしていた獣人達の暴動の時も、私が狙ってたんですよ?」
「狙ってた?」
「狙撃者として」
「えっ」
「あぁ、勿論、複数人の中の一人ですわ」
うふふふと柔らかい笑みこそ浮かべているが、要するにサラは私は貴方を殺そうとして狙っていました、と言っているのだ。
それを笑顔でさらりと言ってしまう辺り、この人物は腹に一物抱えていそうである。
「さ、サラが失礼な物言いを……! 真に申し訳ありません! スズカゼ殿!!」
「あ、いえ……、良いんですけど……、狙撃って……」
「超遠距離型の魔法弾ですわぁ。種類によって様々な物がありますけれど、私がよく使うのはのは[空舞う鷹の爪]と[空を這う光卵]ですわねぇ。これ、便利ですのよ」
「[空舞う鷹の弾丸]は威力は低いのですが高速であるのが特徴で、狙撃としても割とポピュラーな魔法弾ですね。[空を這う光卵]は高威力ながらも速度の遅い、狙撃には向かない魔法弾です」
「へぇー……、詳しいんですね」
「その、勉学だけは出来るだけ積んでおりますので……」
照れを隠すように微笑むデイジー。
そんな彼女を見て、サラはまたあらあらと優し気な微笑みを浮かべる。
そしてそれを見たデイジーが怒る、と。
スズカゼは取り敢えずだがこの二人の人間関係が解ってきたような気がしていた。
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