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獣人の姫  作者: MTL2
魔法石の暴走
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濃霧に素性は隠れて

【クグルフ山岳】

《山中登山路・山頂付近》


「かっかっか、これは見事!」


乾いた笑い声を上げながら両手を打ち付け、たった一人の拍手喝采を送る男。

そんな彼の足下では泥に塗れた外套を纏う一人の少女が居る。

その少女、スズカゼは乾いた笑いを溢れさせる男よりも、眼前の信じ難い光景を見つめていた。


「……何、あれ」


始めに見えたのは精霊と妖精の荒波だった。

次に、その先にある小さな点。

そしてその点より発せられた巨大な光の柱。

それは数十秒とせずに消え失せたが、次に現れたのは光の線だった。

点より放たれたそれは荒波を一瞬で焼き尽くし、爆散させたのである。


「上級魔術、〔真螺卍焼トーティクル・デストラクション〕。そう容易く習得出来る物でもあるまいに」


「……アレは」


恐らくはファナだろう。

何処か、彼女の放つ魔術大砲に似たものを感じた。

彼女が今クグルフ国を守ってくれているのならば一安心だ。

それに、無事が確認できただけでも肩の荷が下りた気分でもある。

それでもメタルの安否は不明だ。

言っては何だが、彼は恐らく自分よりも弱い。

戦闘という面で見れば先ず彼の方が強いだろう。

だが、あの戦い方は非常にマズい。

武器を顧みない戦闘は武器自体だけでなく自身も危機に陥らせる。

彼の所有物とて無限ではないのだから。

もし武器を全て壊しきったとき、まさか素手で戦うわけにもいかないだろうに。


「さて、これは少しばかり詰まらない……。いや、これも姫君の人徳が成すところと言うべきかのぅ」


オロチは手入れのなっていない無精髭を弄り、感心の息を漏らす。

一体、彼が何者なのか。

それはスズカゼの知る所ではないが、追求も出来ない。

だが、ただ者ではない事だけは明白だった。


「……しかし、いつまでもは保つまい。あの技は尋常でない魔力を消費する」


「その状況を打破するには魔法石を破壊するしかない……。そうですね?」


「その通り。ふむ、状況が状況で動転していると思えば、意外とそうでもないらしい」


「……この先にあるんですよね」


「そうじゃな」


スズカゼはそれ以上、何も言うことはなかった。

外套に着いた泥が地面に落ちてベチャベチャと音を立てるのも厭わずに彼女は立ち上がり、近場にあった岩に手を着く。

それを支えに、彼女は全身を跳ね上がらせた。

その躍動は先程まで無様に泥に沈んでいた少女のそれとは思えない物だ。

オロチはそんな彼女の様子を見て、にやりと口端を吊り上げる。


「体力は回復したかのぅ?」


「充分に。……まさか、この為に?」


「どうだかな。ともかく、この先だ」


先程の、オロチの文字通りな霧払いによって山岳の見晴らしは非常に安定していた。

クグルフ山岳の地形を知らないスズカゼでも確信できる。

この先に件の魔法石がある、と。


「では、健闘を祈る」


「い、行かないんですか?」


「儂が来たのは気紛れでしかないのでな。……尤も、先行投資という意味合いもあったのだが」


オロチはスズカゼが手を掛けていた岩にどっかりと腰を乗せて、顎に掌を突く。

ここまで案内したと言うのに、彼は着いてこないと言うのだ。

スズカゼには益々彼の目的が理解出来ない。

もしこの件の黒幕ならばここでスズカゼを殺しに来てもおかしくないし、そもそも案内すらしないだろう。

もしこの件の協力者ならばこの先も共に行くはずだ。

確かに彼の言う通り、その正体を言及してもどうにもなる事ではない。

だが、それでは必ず禍根を残す事となるだろう。


「姫君、御主が何を考えているかは大体解る。……が、それを気にしても仕方あるまいと儂は言ったはずだ」


「……人間は貪欲なので。助けて貰った人が何者なのかはどうしても知りたいんですよ」


「人間。ほぅ、人間!」


オロチはスズカゼの予想外の言葉に反応した。

人間、という言葉に何の違和感があったのだろうか。

もしかすれば、彼は人生を達観しただとか、そういう類いの人間とでも言うのか。

スズカゼは自伝だの哲学書だのという類いの本を幾つか読んでいる。

編集者を目指していたのだから当然だが、そこにも人生とは何かを説いた本は多くあった。

もしかすれば、彼も人間という存在について何か持論を持っているようなーーー……。


「御主が人間とな!?」


「……え?」


何だ。


「いや、間違いではない……。だが間違っている」


何を言っている。


「考えてもみよ。自分の存在が何であるかを考えはしなかったのか?」


異世界に召喚されるという、異質な現象。

それも獣人の暴動や黒尽くめの件で有耶無耶となっていた。

だが、実際に考えれば有り得る話しでも、有り得て良い話でもない。

だけれど、それの答えは自分には解らなかった。

ただ眼前の異質な現実を受け入れるだけで思考することをしなかった。


「……いや、無駄話は止めておくかな」


困惑に染まったスズカゼを前に、オロチは溢れる笑みを止められないと言った風に口元を抑えて俯いた。

岩に腰掛けたままの彼は何を思い、何を言おうとしたのか。

スズカゼがそれを知る由も、それを知ろうとする時間もない。

彼女自身、それは山下で行われる荒波とファナの激戦を見ればすぐにでも理解出来ることだ。


「混乱したかな? 当然だろうが……」


「愚者の思考は己を蝕み、愚者の行動は己を壊す……。でしょう? 私は愚者ではない、と思いたいですね」


「その通り。やはり期待した甲斐はありそうじゃなぁ」


オロチは笑みを抑えていた手を払いのけ、豪快に、しかし軽快に笑い上げた。

彼の笑い声はスズカゼの耳には最早、雨音のような、環境音のそれでしかない。


「敢えて今、貴方の正体について言及はしません。……私の正体についても」


「そうじゃな、それが正解だろう」


「一応は感謝しておきますよ、オロチさん。貴方のお陰でここまで来れた」


「そう思うならば、いつしか恩を返して欲しい物だのぅ」


オロチは年相応の笑みを見せ、視線を山下の荒波へと向けた。

未だファナとの激戦が続く荒波は轟々と燃え盛るにも関わらず、生命の蠢きを止めてはいない。

彼はその光景を何処か遠い瞳で見つめていた。


「それでは、さようなら」


「あぁ、また」


スズカゼがそれ以降、振り返る事はなかった。

オロチはただ光のない瞳で山下の荒波を見つめ、深くため息をつく。

彼はもうスズカゼの影もなくなったその場で、静かに呟いた。


「獣人の姫君……、か」



読んでいただきありがとうございました

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― 新着の感想 ―
[一言] 可能性1 異世界人自体が天霊と呼ばれる存在の正体である 可能性2 元々天霊であるスズカゼ自信が降臨する際に別の世界を経由した 可能性3 死してなお別の世界に迷い込み、自我と実態を持った生物が…
2023/11/05 08:55 退会済み
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