山路覆う荒波
【クグルフ山岳】
《山中登山路・中腹》
「……ふー」
剣道という武術で常人よりも遙かに体を鍛えているスズカゼですら、深く息を吐き己の背筋を伝う汗を感じる程に疲労する山中。
視界を遮る濃霧と険しい道のり。そして、いつ襲われるか解らない緊張感。
それらの要因が彼女とその仲間を酷く疲労させているのだ。
それに、まだ体を鍛えているスズカゼや近接戦闘型のメタルは良い。
だが、遠距離から固定砲台よろしく動かない戦闘方法のファナはそれどころではないのだ。
「おーい、生きてっかー……?」
「うるさい……!」
彼等は霧が晴れるまで暫く待っていたものの、どうにも晴れる様子がなかった。
なので彼等は仕方なくも注意しながら登山を開始したのだ。
先頭にスズカゼ、続いてメタル、そして大きく離れてファナ。
彼等はどうにかその感覚で山を登り続けていた。
体力的にはメタルの方があるのだが、襲撃に備えての陣形である。
……尤も、最後尾がファナになったのは陣形故という訳ではないのだが。
「しかし妙だな。精霊や妖精が占拠してるっつーから身構えて来てみりゃ、何も居ねぇぞ」
「霧が濃いだけですね。道もじゅくじゅくしてて進みにくいし……」
「そうでも……、ない」
息を切らしながら、眼光を呻らせるファナ。
彼女の視線の先には霧に影を作る何かの姿があった。
尤も、それは霧の向こう側に居るために影でしかその姿を捕らえることが出来ない。
どうにか見えるとするならば、それは狼のような影に、炎のような灼炎の毛だろうか。
やがて、その姿はゆらりと揺れて、真っ白の中に消えていった。
「様子見……、ですかね」
「だとすりゃ、多少の知能はあるって事か?」
「……精霊とか妖精って知能無いんですか?」
「精霊でも上位の存在になりゃ、知能はある。妖精もある奴は多いが……、余り良くはねぇな。厄介なのは」
「知能のない精霊だ……!」
「そうそう! 例えばあんな感じのーーー……」
メタルの指差した方向に居たのは、牛らしき物だった。
牛らしき、というのは牛の顔と角に虎の体を、持つという、非常に曖昧で異質な存在だからである。
その異質な存在はスズカゼ達を阻むように、その場で何度か足払いをして、牙を剥いた。
「……精霊が居るんだけど、逃げようか」
「ここで逃げるなら山を下るしかない……。あの精霊を潰すぞ」
「馬鹿言え! ありゃ[炎霊・ウード]だぞ!!」
炎霊・ウード。
炎の眷属の上級精霊であり、その特性は高い攻撃力と好戦的な性格。
単体での戦闘力は大した事はないのだが、何より厄介なのは炎霊・ウードの習性である。
{ウボォォオオアアアアアアアアア!!}
野太い、それこそ牛のような獰猛なる咆吼。
それの豪声は先頭に居るスズカゼすら突き抜けて、最後尾のファナの鼓膜まで震動させる程だ。
だが、それはあくまで声でしかない。
彼等は思わず仰け反りはしたものの、どうにか踏み止まった。
「うるさっ!? 何ですか! あの牛!!」
「ウシじゃねぇ! ありゃ[炎霊・ウード]!! 中級召喚士なんぞが召喚する奴なんだが……!!」
「……なんだが?」
「アイツの習性は敵を見つけると叫ぶトコにあるんだよ!!」
「威嚇とかじゃ……」
「違う! あの叫びは……!!」
ガラッ、とスズカゼの隣を小石が転げていく。
ただ今の声で小石が揺れて落ちただけなのだろう、と。
そう思いたかった。
「……えっ」
現世の獣や鳥、昆虫でも同種のそれがある。
危険に陥ったりすると仲間を呼ぶ声や羽音を発するのだ。
この炎霊・ウードはそれの条件が敵を発見することであり。
「来やがったぞ……!!」
ウードの豪声が呼び寄せたのは、軽く数十を超える精霊や妖精の数々だった。
その姿は様々で、水の化身や目玉の塊や全身から槍を生やした木まで、と。
言葉では何とも形容しがたい化け物の数々がそこに居た。
そして、それらは等しく、まるで崩れかけの扉のように、前のめりとなっている。
「二人ーーーーー……ッ!!」
彼女の叫びを掻き消す、精霊と妖精の雪崩。
そして、その雪崩音すらも塗りつぶす咆吼。
スズカゼの視界すらも覆い尽くす、精霊と妖精の大津波。
「ーーーー……ッ!」
避けられない。
彼女は一瞬で直感した。
それは相手の速度がどうだとか、方向がどうだとかではない。
圧倒的な数。それこそ霧を切り裂いて激進してくる、大津波と形容するに相応しい数。
恐らく、いや、確実に。
自分はこの波に潰されるだろう。
それこそ相手の技だとか力だとかは関係なく。
純粋に物量のみで。
象の歩行に巻き込まれた蟻のように、為す術もなく。
「避けろ! スズカゼ!!」
「使霊風情が……!!」
メタルは手に刀剣を持ち、ファナは手に魔術大砲を収束させて。
その大津波という絶対的な物量を前にしても、微塵も諦観を見せず。
彼等はただ、その荒波さえも切り裂こうとして。
「……諦められないかな、こりゃ」
外套下の腰元に仕込んだ木刀を取り出し、スズカゼは深く息を吐いた。
彼女の人差し指に填められた宝石はそれに合わせ、仄かな灯火を生み出す。
メタルより授けられたそれはファイムの宝石。
本来ならば彼女を守るべきそれも、今は小さくて頼りない妖精を生み出す物でしかない。
それでもスズカゼの瞳に諦めの色はなかった。
{{{ウォォオオォオオオオォオオオオオオオオ!!!}}}
大地を揺らし、岩石を踏み砕き、鼓膜を震動させて。
獰猛なる精霊と妖精の大津波は、たった三匹の蟻を潰すべく。
その猛威を物量という絶対的なる存在に変換させて襲い来る。
「……来いッ」
大津波は彼女の鼻先まで迫り、そして。
華奢な少女は一瞬にして強靱なる荒波の中へと飲み込まれた。
刹那に彼女の姿も、メタルの姿も、スズカゼの姿も。
彼等の存在は瞬く間に大津波の中へと消え失せた。
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