草原の海を泳ぐは
「大雨のせいで出来た!」
「有り得ないですね、細い水流程度なら解りますが……。しかも最近は大雨など降っていません」
「では、山上部での大雨により近隣の小川が増水し氾濫したとか」
「にしても規模が大きすぎますわ。これでは氾濫どころではありませんもの」
「自然的に出来た、という仮定がそもそも間違っているのでは? レンさんが別荘に来た時は無かったそうですし……」
「あ、そうカ! 恋する男女の涙ガ……」
それはない、と各々の言葉がレンに向けられる。
恋する男女の涙で海とは、果たして何人が失恋したというのか。失恋し過ぎである。
……或いは嬉し涙だろうか? それならそれでどうかと思うが。
「まぁ、何はともあれ渉れないのに違いはないんですよね? こうなったら泳ぐしか……」
「獣車はどうするのですか、獣車は。ここからサウズ王国まで未だかなりの距離がありますよ」
「やっぱり私が空から見た方が……」
「だから危ないですって。ハドリーさんを危険に晒す訳にはいかないし」
「今の状況の方が余程危険な気がしないでもないでス」
彼女達は獣車の中で川の字ならぬ二三の字で寝ていた。
スズカゼとハドリーが二、デイジーとサラとレンが三。
因みに二の部分に誰が行くかで裏表のコインが宙を舞ったのは別の話である。
「それに夜も遅いですよ? 夜目効きます?」
「あ、余り……」
「成る程、良いことを聞きました」
「し、しまった……!」
冗談ですけどね、と付け足して少女は思考に耽る。
他の面々には余り冗談に聞こえなかった辺り恐ろしい話だが、少女の頭からそんな事は既に消え去っていた。
と言うのも、あの海から何故か親近感を感じたからだ。イトーの家で見たあの紋章と同じような、親近感を。
いや、親近感と行っても流石に紋章を見た時に感じたほどの意味を込めている訳ではない。少し似ているな、と思った程度だ。
そう思った程度でも、思った事に変わりはない。
あの海には何かある。サウズ王国に向かう前に、それを調べておきたいのだ。
尤も、調べた所で真相があるかどうか解らないし、それが調べても良い物なのかも解らない。
だから今はまだ言い出せずに居る。いや、今でなくとも言い出せないだろう。
ハドリー達を自分の身勝手な興味に巻き込むわけにはいかないだろうから。
「スズカゼさん、寝てしまったのでしょうか」
「それは何よりでしょう。彼女より先に寝る訳にはいかないですし」
「寝たら何されるか解った物じゃないですネ」
「二人はどうしてそんなにスズカゼさんを嫌ってらっしゃいますの? 嫌って、と言うよりは警戒している、と言うべきだと思いますけれど」
「会うなりお尻触られましタ」
「朝起きたら胸を枕にされているんだ。違和感が無いのが恐ろしいよ、私は」
「苦労してるんですのねぇ……」
【謎の水域周辺】
「見えるかい?」
「ひゃわっ!? び、微妙デス! 果ては見えるような見えないような……」
「どっちなのですか……」
一方、こちらはスズカゼ達の居る岸より反対側、対岸に当たる部分。
闇夜の月光すらも届かないような林の中には三人の人影があった。
一人はドレッドヘアーに草木の露を湿らせ、一人は小さな頭をぐるぐると動かし、一人は紅葉色の美しい頭髪を闇に染めている。
三人三様の彼女達は一名を覗いて各々の状態に気苦労の息をつきながらも、未だ湖の観察を止める事は無かった。
その除かれた一名はこくりこくりと首を落としては上げ、落としては上げ。
その度にドレッドヘアーの女性から声を掛けられて慌てふためく始末だった。
「ったく、本来は私達の管轄じゃないってのに。これは明らかな違法労働さね」
「仕方ありません。これも平和の為です」
「へーわ……、へーわおいしいデス……」
「……取り敢えずこの子を寝かせましょう。限界ですよ」
「お子様はおねむのお時間、ってね。全く、これは明らかな人選ミスだと私は思うんだけど、アンタはどうだい?」
「私は別に……。こちらは人材も少ないので仕方ないですよ。まぁ、全員女性という点は必然的な何かを感じないでもないですが」
「全くだね。この騒ぎが終わったら皆で買い物にでも行くかい? あの国は品揃えが良かったしね」
「そうですね、悪くないと思います。……騒ぎが終われば、の話ですが」
「不吉なことは言わないで欲しいね。まぁ、私だって容易く終わってくれるとは思ってないけどさ」
こくりこくりと首を落とす少女の手から双眼鏡を奪い取り、ドレッドヘアーの女性は海の果てへと視線を向ける。
いや、果てではない。恐らくは中心かそれよりも少し後ろ程度だろう。
闇夜を裂くように大きく翻る、巨大な[背びれ]。
双眼鏡の半分を覆い尽くす事からも、それが余りに巨大である事は見て取れた。
最早、生物か生命なのかすらも判断が付かないほどに、それは巨大。
比喩でも表現でもなく、文字通り巨大だった。
「何処の馬鹿だい? 海を司る最上級精霊をこんな所に呼び出したのは」
「解りませんが……、それの司る物まで召喚しているのですから、相当な化け物なのでしょうね」
「全く、本当に……」
巨大な水柱が天を突き、背びれは海の中へと消えていく。
双眼鏡を覗くドレッドヘアーの女性は再び大きくため息をつき、肩を落とした。
「面倒さね」
読んでいただきありがとうございました




