少女への見舞いとして
《医療所・灯火》
「……ふむ」
ファナは未だ瞼を開かない少女の周囲に置かれた、様々な器具に興味を示していた。
点滴装置やベッド、注射器から薬品の数々まで。
自身が見た事もないような物が多く揃っており、ケヒト自身が言っていた通り設備には金を掛けているようだ。
だが、ここまで忠実に揃っている……、と言うより道具の種類が多いのはどういう事だろうか。
「あ、道具に興味がありますのん?」
そんな彼女に声を掛けたのは今し方、獣人の少女の汗を拭き終わったケヒトだった。
一仕事終えた顔、とでも言うべきだろうか。その表情には達成感がある。
「……別に、そうではない。ただ種類が多いと」
「そうでっしゃろ? これらの道具は東西南北全てから集めてとりましてな。ギルドっちゅー組織の特性と立地から各国の技術を得られるんですわ。ま、それを使いこなせるんは医者の腕が良いからなんやけども」
「自画自賛など、笑えんな」
「だって事実やし~」
得意げに口笛を鳴らしながらもケヒトは作業の手を休めない。
そこはやはり医者たる性質が故か、と思いながらファナは彼女を横目に見ていた。
彼女は間もなく布を干し終えると腰に手を当ててぐるりと室内を見渡す。
「ん、もう作業も終了やし、スズカゼさん達呼んで良ぇで」
「連中は出かけている。今暫くは帰らない」
「へ? 何で?」
「この小娘に何かを食わせてやりたいそうだ。この家には……、食い物など無いだろう」
「そ、そりゃそうですけどもー……」
いじけるケヒトは部屋の隅に言って指と指を会わせつつ口先を伸ばす。
何処かで見たような仕草に既視感を覚えながらも、ファナはある事を思いついた。
希望的観測だが、聞くだけならタダだ。
「相談がある。薬が欲しい」
「へいへい! 何でも言うてーな! 違法でない薬なら何でもありますねんで!」
「ある知り合いの女が居る。嘗ては気の弱い剛胆な小娘だったのだが……」
「既に矛盾しとりますがな……」
「その者はある時を境に豹変、と言うか被っていた猫を放り投げてな。女色家の気を見せ始めたのだ」
「あぁ、珍しい話やあらへんで。憧れを愛情と勘違いしてそっちの道を進んでまうのはよくある話……」
「風呂を覗かれ下着を盗まれ胸を揉まれ寝床にすら侵入してくるのも、勘違いか」
「すんまへん。ウチはそこまでの重症患者はちょっと……」
「……ヤブ医者め!」
「い、言いがかりや! 幾ら傭兵でも四天災者を相手にせんのと同じや!!」
「奴はそこまでだと言うのか!?」
「そりゃ本人の方が良ぅ知っとるんちゃいますの……?」
ファナは壁へと視線を逸らし、腕を組んで思考する。
今まで何があったか、これから何があるのか。
それら全てを起想し、予想して一つの結論に辿り着く。
「……そこまでだった」
「ご苦労お察ししますわ……」
《南部・大通り》
「ぶぇっくしょォイい!!」
「うっひゃぁああああ!?」
凄まじいくしゃみと共にフレースの胸に抱き付くスズカゼ。
必然、大通りの人混みの中に絹を裂いたような悲鳴が響き渡り注目を集めるが、彼女等の先頭を歩く男は気にもしない。
まぁ、近い内に嫁となる女性がとんでもない悲劇に襲われているのを無視するというのもどうかと思うが。
「あー、誰か噂してますね……。良い揉み心地です」
「は、はなひっ、離してっ、離して欲しいのよね……!」
「まぁ、それはともかく」
フレースの胸から手を離しながら、スズカゼは周囲を見渡す。
先程まで自分達に視線を向けていた通行人は既に各々の道を進んでおり、こちらを見ている者は誰一人としていない。
月光白兎の酒店でもそうだったが、この街は異変という言葉に余り感心が無いのだろうか?
いや、もしかすれば当たり前のこと過ぎて慣れているだけなのかも知れない。
荒くれ者もよく集まるそうだし、喧騒や喧嘩など日常茶飯事なのだろう。
「食料、何処に買いに行くんですか? ……見たところ、かなりの数があるみたいですけど」
スズカゼの言う通り、大通りには幾つもの露天や食品店が出ている。
その数は大通りを通る人混み全てがそれぞれの店に入っても余りあるほどで、何を考えてこれだけ建てたのか責任者に問いたいほどだ。
「基本、何処でも良い。見ての通り店は多くてな。無論のこと商人間で協定を結んで料金規制を執り行っているが、それでも店は店だ。価格は大差ないがある程度の価格差がある程度……。違いと言ったらそれぐらいだな」
「品質は?」
「問題無い。立地と治安柄、稀に裏が出回ることもあるが、普通の店で買えば問題は無いだろう」
「……裏?」
「品質最悪だったり良くないルートから回ってきてたり薬が入ってたり……、色々ね」
「え゛っ、それってマズくないですか?」
「だから表通りの店で購入する、という事だ。スズカゼ・クレハ、裏路地を見て見ろ。さり気なくだぞ」
ニルヴァーに言われた通り、彼女はさり気なく建物と建物の間、日の当たらない暗がりに視線を向ける。
彼女の視界に映ったのは明らかに普通ではない、骸のように痩せ細った商人達の姿だった。
表通りからほんの少し離れただけだというのに、彼等の表情は正しく闇夜その物。
彼等の手元には食料品かどうかも怪しい乾涸らびた野菜や、見た目ばかりは良くてもそこらの店より格段に安い野菜などが多くある。
「……確かに、表通りで買った方が安心ですね」
「彼等も貴様が救った少女と同様、この街から弾き出された者だ。尤も、物乞いよりはタチの悪い金の稼ぎ方をしているがな」
スズカゼは思わず口端を結んでしまう。
自分はヴォルグに物乞いの少女が出るような現状を変えろと言った。
だが、それは即ち人に毒入りの野菜を売りつけるような連中にも恵みを与えろという事だ。
彼がこの現状を知っていたかどうかは解らない。
だが、果たして自分はこれを[正しき事]として胸を張れるのだろうか?
「……む? 感心せんな」
「え? どうし……、って、あぁ」
「ホント、こういうのは駄目よね」
彼等は足を止め、三人三様に納得の様子を見せる。
端から見れば何か見つけたのかと思うかも知れないが、実際はそうではない。
ニルヴァーの手にはナイフが深々と突き刺さり、スズカゼは魔炎の太刀の鞘を持ってナイフを弾いており、フレースは懐から取り出した小型の銃で相手のナイフを撃ち落としていたのだから。
「挨拶は、もう少し丁寧にするべきですよね」
「あぁ、全くだ」
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