不死と蛇鎖の襲撃
「むーーー……!」
鋭い男の突貫に対し、ジェイドの一閃は彼の頭部を切り取る。
いや、そんな甘い物ではない。
頭髪を切り、皮膚を裂き、頭蓋骨を割り、脳を抉る。
言うなれば斬り切り、斬り裂き、斬り割り、斬り抉る。
人間という一存在を死へ放り込むには余り充分な斬撃。
「はっ」
だが、その頭部を切り取られたはずの[人間]は以前と変わらぬ速度でジェイドへと拳を振り抜いてくる。
慣性の法則に沿って振り抜かれただけの拳ではない。
確実に腰を入れて振り抜かれる、確実な一撃。
「ぐぅ、がッ……!!」
刀を振り抜き、隙だらけとなったジェイドの腹部に撃ち込まれる一撃。
それは骨肉を砕くとは行かずとも、震動させ臓物を揺さ振る程には強力な物だった。
恐らく、それは頭部を斬り飛ばした故に速度を殺せたからだ。
もしそのままの状態で受けていれば間違いなく臓物まで砕かれるに至っただろう。
「……ふー、流石は[闇月]だ。嘗て俺の仲間を殺しただけの事はある」
「何?」
「いや、俺の組織を壊滅させただけの事はーーー……、ある」
男が言尻に至るよりも前に、彼の頭部は完全に再生していた。
ジェイドの腹部に当てられた拳も段々と威力を増していく。
ほぼ密着している状態だというのに、めきめきと肋骨が歪んでいくのが感じられる。
この男は頭部を斬り飛ばされて、あの威力だったのだ。
完全に再生した今なら、その威力が増すのは道理。
「ごっ……、がぁああああああああああああ!!」
身体を独楽のように回転させ、ジェイドは男の拳を弾く。
無論、弾くだけの回転に留まるはずはない。
拳を弾かれ一瞬の隙を生んだ男。彼の頭部、首部、胸元を一閃により切り取り、決め手と言わんばかりに直線に切り裂く。
その間、物の一秒足らず。刹那に四斬撃を放ったジェイドは即座に後退した。
「何より恐ろしいのは……、その状態でいても未だ[闇月]ではないという事だ。ただの一獣人でしかないという事だ。恐ろしいな、貴様は恐ろしい」
「何者だ、貴様は……! 人間、か? いや、人間であるはずがない!!」
「人間だ。違う事無く人間だ。揺るぐ事無く人間だ」
「その復活の仕方……、有り得るはずがない。幻術士? いや、幻術でもあるまい。感触が確か過ぎる」
「相手を前にして思案を始めるか。それでも油断を見せないのだから、果て……」
男の黒眼鏡の下、鋭い眼光がジェイドを捕らえる。
明らかに殺気を孕んだ、狂気に近い眼孔だ。
だが、ジェイドはその眼孔を知っている。
狂気と怒気を孕んでいても冷静さと判断力を失わない、戦人の目だ。
やはり、違いない。この男は強い。間違いなく強い。
それで居て狂っていて、それで居て冷静だ。
手を抜けば殺られる。この華奢な首も腹部も腕も足も、全て折り砕かれる。
この男は強い男だ。逃げたような自分とは違う。
「……殺らねば、殺られる」
懐かしい、嘗てよく味わった感覚だ。
心の底から湧き出すような、いや、言うなれば湧き水というのが最も適しているだろう。
真っ黒でどす黒いのに、何処までも澄んでいて何処までも綺麗で美しくて。
何処までも、醜く狂っている。
「そうだ、その目だ。その眼だ……、ジェイド・ネイガー」
男は拳を構え、低く腰を落とす。
先と同じ突貫だ。頭を跳ね飛ばしても止まらない突貫の一撃だ。
このまま受ければ二の舞となるだろう。同じ結果となるだろう。
だが、それは、先と同じ、このままという仮定があってこそだ。
「……来い」
その仮定は最早、意味を持ちはしない。
《王城・広間》
「いやはや……、これは、ちょっと」
肩端を焦がした男は口元より伝う血を拭っていた。
彼、ウェーンの全身には等しく煤が着いており、何度も高熱度の攻撃を受けたことが解る。
だが、それでもその男に確たる傷はない。
「手間取り過ぎましたかねぇ……」
ウェーンの眼前、大理石の柱には中心の衝撃痕を中心として亀裂が走っていた。
亀裂の真下には頭部から血を流した少女が項垂れており、指先一つ動かす事はない。
少女の腹部を覆うはずの衣服は切り裂かれており、その真下の柔な肌には衝撃痕らしき青痣もある。
彼女が戦闘の果てにウェーンより一撃を受けて柱に叩き付けられ、気絶したことは見るも明らかな事だった。
「やれやれ、ファナ・パープルさんでしたか。サウズ王国王城守護部隊副隊長の実力としては申し分ない」
申し分ないのですが、と付け足した上で彼は苦い笑みを浮かべる。
片手で握っていた巨大な大剣を背に仕舞いながら、彼は軽くため息を着いた。
「私の相手としては物足りませんでしたかね」
踵を返し、ウェーンは大理石の階段へと向かって行く。
その先には気絶している少女、ファナが逃がしたミルキーが居るはずだ。
自らの目的であるたった一人の少女が居るはずだからである。
子供の首を撥ねるのは気分の良い物ではないが、目的達成のためには、まぁ、仕方あるまい。
「おっと」
そんな風に思考を重ねる彼は軽く首を曲げた。
それと同時に彼の髪端を擦って魔術大砲が通過し、大理石の階段の一部を破壊する。
高温の熱量により溶かされる大理石を眺めながら、男は再びため息をついた。
「諄い男は嫌われると言いますが……、女の子の場合は好かれるんでしょうか?」
「逃がす、かァ……!!」
「女の子の顔にしては凶悪すぎませんか」
ウェーンは片足を開いて半身となり、ファナへ手を翳す。
同時に彼の腕から光が発せられて深緑の、どす黒い鎖が召喚された。
その鎖はただ落ちるわけでも放たれる訳でもなく、ずるりずるりとファナへ這いずっていく。
やがて彼女に辿り着いた鎖は手足を縛り、首を縛り、胴を縛り。
ゆっくりと、毒を回すように、彼女を締め上げる。
「かぁ、はっ……!」
「本当に、女子供を殺す趣味なんて私には……」
ウェーンの言葉を断し、衝撃は彼の頭蓋を突き抜ける。
強くはないが、柔くもない衝撃。
彼の集中を寸止めさせ、ファナを鎖から解放するには充分な。
それでいてウェーンに傷を負わせるには不十分な衝撃だった。
「痛いではないですか。えーっと」
「……リドラ・ハードマンだ。名前ぐらい覚えて欲しい物だな」
「それは失敬」
ウェーンの掌底撃がリドラの腹底を捕らえ、壁面へと叩き付ける。
彼は壁面に衝突すると同時に亀裂を生み、口から大量の血を吐いた。
そんなリドラの様子など垣間見るまでもなく、ウェーンは再び焼け焦げた大理石の階段へと足を進める。
「貴方の勇気に免じて貴方とファナさんは見逃しましょう。ただ、木椅子で人の頭を殴るのは危ないと思います」
「がふっ……、ほざ……け……」
「それでは御機嫌よう」
大理石を上っていくウェーンの足音を聞きながら。
リドラは、ファナは、その意識を闇底へと沈めていった。
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