童話集
《資料室》
「……うーん」
平和な朝の時間が終わり、時計の針が10を回った頃。
スズカゼはリドラ別荘の誇る大量の資料を前に頭を捻っていた。
と言うのも、彼女は余りの暇さの為に本を読もうと思い立ったのだが、何を読めば良いかが解らなかったからだ。
流石は鑑定士と言った所だろうか。置いてある本は鉱石図鑑や植物図鑑などの資料類に始まり、医術書や生態種族別書まである。
要するにスズカゼが読んでも全く理解出来ないような物しか無い、という事だ。
「ここは駄目かな……」
海での泳ぎは飽きたし、訓練は朝に行った。
かといって料理を作るだけの材料もなく付近の散策はこの3日間である程度は調べ尽くした。
ならば今日は屋内を、と思い、リドラに許可を取って回っていたが……。
面白そうだなと見つけたこの部屋も結局は外れだったようだ。
「……はぁ」
彼女は巨大な本棚の前から踵を返し、扉へと向かう。
無駄に広いこの別荘だ。探せば他に面白そうな部屋ぐらいーーー……。
だが、彼女はふと立ち止まる。
そこから離れた作業用の机上に置かれた一冊の本を見つけたからだ。
「……童話?」
そう、それは難しい本などではなく、ただの童話集だった。
童話集と言っても要するに御伽噺だ。
分かり易い例で例えると現世の白雪姫や赤ずきんちゃんなど。
童話集とは、そんな子供の頃には読み聞かされた様なお話の数々を集めた物である。
「んー……?」
何故、あんな難しい資料の数々の中に童話集などあるのか?
スズカゼは数秒だけそれについて考えたが、答えは直ぐに出た。
童話集と言っても人が作った物であり、それには創作だけでなく当時の風俗について書かれた物もある。
歴史や発掘品を調べる際、そういう物語の中で登場した物であれば用途だけでなく年代まで解るし、それが何処から発祥した物なのかでさえ解ってしまう。
童話集とはただのお話ではなく、人々の口によって語り継がれてきた、生きた歴史の証明なのである……、と。
現世に居た頃、編集者を目指す過程で読んだ本に書かれていた言葉を思い出したからである。
成る程、それならば資料室にこんな童話集が置かれているのも頷ける。
童話本ならば自分でも読めるだろうし、理解も出来る。
暇潰しには持って来いではないか。
「どれどれ……」
スズカゼは歩みの方向を変えて、その木机の元へ向かう。
机にあった本を手に取り、黒い椅子に腰掛けて。
彼女はゆったりと背の力を抜きながら、本を開いた。
「……色々あるなぁ、やっぱり」
童話集なのだから当然と言えば当然だ。
彼女が見ただけでも[迷い森と少女]というお話や[ツキガミ様]というお話、[5つの宝石]というお話、[老婆の知恵]というお話、[騎士様と少女]というお話まであった。
まぁ、色々な物はあるが題名から察するに現世と大差ないのだろう。
彼女はそんな事を思いながら話の一つ一つに目を通していく。
[迷い森と少女]というのは少女が一度入ったら決して出られない迷い森という森に入って迷うが、そこで妖精に出会い、彼女の質問に正しく答えた為に出口を教えて貰うというお話。
[ツキガミ様]というのはツキガミという神様が命を創るが、命は勝手に増えすぎてこの宇宙を圧迫してしまう。なのでツキガミ様は次に死を創りました、というお話。
[5つの宝石]というのはある少年が世界中で起こる天変地異を鎮めるために世界中を回って5つの宝石を集めるというお話。これが一番長かった。
[老婆の知恵]というのはある青年が神様のお使いの怒りを買ってしまうが、老婆の知恵によって神様の使いに怒りを静めていただくというお話。
[騎士様と少女]というのは盗賊に襲われていた少女が身分を隠した騎士に救われて最後には結婚するというお話。
「なるほど」
正直言って、微妙だ。
いや、面白い事には面白い。普通に面白い。
流石は何年も語り継がれているであろう御伽噺だ。面白い。
……だが、その面白さは何と言うか、ワクワクする物ではなく、読み終わった後にうんと頷きたくなるような面白さなのだ。
例えるならば国語の教科書に載っているようなお話なのである。
いや、童話や御伽噺は教訓の類いが含まれている物が多いから当然ではあるのだが。
例えば[迷い森と少女]では質問には正直に答えましょう、[ツキガミ様]では物事には終わりがありますとか計画的に行動しましょう、[5つの宝石]は目的でも努力すれば必ず成功します、[老婆の知恵]は年上の知恵はよく参考になります、[騎士様と少女]は誰かを助けることは幸せに繋がります、と。
そんな具合に教訓の類いが含まれた、面白い話なのだ。
だが、今のスズカゼからすれば、我が儘に聞こえるかも知れないがそんな物は求めていない。
もっとこう、ワクワクドキドキするような物が欲しいのだ。
「もういっそのこと、ファナさんのおっぱいでも揉みに……、いや、デイジーさん? サラさんでも……」
「何を馬鹿な事を言っている」
とんでもない事を口走っていた彼女に、背後から声を掛けたのはリドラだった。
彼は呆れ気味の様子で普段と変わらない曲がった猫背でのそりのそりと歩いてくる。
「あれ? リドラさん。どうしたんですか、こんな所で」
「こんな所とは何だ。ここは私の資料室……。と、面白い物を読んでいるな」
「あぁ、この童話集ですか? 面白いと言えば面白いんですけど……」
「それに載っている話は各地に伝わっている童話の中でも極々一部だが……、それは興味深い物を選抜して纏めているからでな」
「え? じゃぁ、これ書いたのって……」
「私ではない。学者諸君が選抜したのを私が使っているだけだ」
「へぇ、そうなんですか。やっぱり、こういうのも研究に?」
「重要だな。話と言うのは……、と。これは長くなる」
彼は自らの話題を打ち切り、顎先を指で擦った。
思案するように視線を斜めに逸らした後、リドラは思い出したという言葉と共に顎先を摩るのを止めた。
「あぁ、そうだ。連絡があったのだ」
「連絡? 今日の昼ご飯ですか?」
「いや、ゼルに見合い話が来たという話なのだが……」
「ちょっと何言ってるか解らないですね」
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