蟻の争い
「……人身売買?」
ゼルはただ呆気にとられるしか無かった。
人身売買と言えば、如何なる国でも違法とされているような重罪だ。
例外もあるだろうが、それは国としても[例外]とされている。
それほど異端な行為をトレア王国が行っている、と言うのか?
「待て……、待て待て待て! 有り得ないだろう? あの国だぞ! トレア王国だ! 治安の良さも裕福さも、人身売買に手を出すような域じゃない!!」
「ゼル、お前は感じなかったか? トレア王国での違和感を」
続くメタルの言葉に、未だ困惑を隠せないゼルは言葉を詰まらせる。
違和感を感じなかったと言えば、嘘になる。
あの国の豪勢な出迎えは少しばかり度が過ぎていたようにも思う。
だが、それだけだ。少し奮発すれば不可能な域では無い。
「俺は感じたよ。あの国の違和感をな」
「それは、何だ?」
「綺麗なんだよ、あの国。民も街並みも城も装飾品も料理も持て成しも、何もかも」
「……それが、おかしいのか?」
「綺麗すぎるんだよ。何もかもな」
「良いことだろう……、それは」
ゼルの言端は段々と萎んでいく。
段々と、自分の言葉に自信がなくなっていくのを表すように。
「綺麗な国なんて無い。それは、お前がよく解っているんじゃないのか」
そうだ、その通りだ。
サウズ王国ですら第三街という異点があった。
犯罪者や貧乏人、獣人が隔離される街。
そして、それに準ずる差別も同様にあったではないか。
もし綺麗すぎる国があるとするならば、何の汚れも持たない国があるとするならば。
それは果てしない、違和感ではないのか。
「トレア王国には貧困街っつー、街があったらしい。名前通り親無し子や貧乏人だとかが住む、サウズ王国で言う第三街みたいな場所だったらしい。そこじゃ、盗みや人攫いが絶えなかったらしいが……」
「もう、良い。ここからは……、俺が話す」
抵抗を止めたカイリュウは、沈んだ目でその場に胡座をかいた。
メタルも最早、彼を束縛しようとはせずに足を押さえていた片手を離す。
「トレア王国の外れにある貧困街は、俺の……、いや、俺達の生まれ育った街だ。汚くて小さくて面倒で……、最悪な所だったが、俺達の故郷だった」
海賊達はカイリュウの言葉に同調して頷きを見せていた。
彼の言う通り、海賊達は皆、貧困街の出身なのだろう。
仲間の様子を一瞥し、彼は言葉を続ける。
「そして、狩りの場でもあった」
「……狩り、だと?」
「人狩りだよ。他国に売る奴隷のな」
珍しい話ではない。
貧しい国や街には自衛力がなく、他国のとの繋がりが薄い。
故に、人攫いも強盗も暴行も、何をしても自由な、無秩序が生まれるのだ。
ただ、それは盗賊や極悪人が行うのが常であり。
国が行うのは、ただの異端だ。
「それを先導してたのがそこでくたばってるニョーグ・ドーイだった。だから、俺は」
殺した。
酷く冷徹で、吐き捨てるような口調で。
彼はそう述べ、言葉を切った。
「不殺を貫いたのは何故だ……?」
「奪うのが嫌いだったからだ」
「奪うのが? だが、お前は」
「あぁ、資源を盗んでいた。それは事実だ」
「けれど、それらの全ては貧困街に送っていた。違いますか?」
彼がスズカゼに同意することは無い。
だが、その代わりと言わんばかりに海賊達は声を荒げ始めた。
もう耐えられない、その人を責めるのは止めてくれ、と。
「こ、これを思いついたのは俺達だったんだ……! だけど、力が無かった。だから、お頭を頼ったんだよ! いつも俺達を纏めてくれるお頭なら、あの人狩りを止めてくれると思って……!」
「そ、その通りだ! 俺達にも何か出来る事はないかと思って、貧困街からなけなしの金を使ってこの船を買ったんだ! そんで、お頭を船長にしてトレア王国に殴り込みを掛けた!」
「侵入すること自体は難しくなかった! けど、だけど! あの国には奴隷が多すぎたんだよ……っ」
「多すぎた、だと?」
「数十程度じゃ済まなかったんだよ! 数百近かった! 俺達だけじゃ取り返しきれない数があった……!」
「だから、契約書とそれを作る場所を襲撃した。……資源を奪う事によって目を逸らさせながら」
「……そうだ」
「その資源の行き先は先程言った通り、貧困街ですね。これは多分ですけど、豊かにして自衛力を持たせる為じゃないですか?」
カイリュウは遂に否定の意を見せる事すら諦めた。
全てその通りだと言わんばかりに項垂れて、肩を落とす。
たった紙切れ一枚か、と彼は拳を握り締め、力無く緩めた。
「私達に言わなかったのは取引相手ですね。同類、というのは地位的な意味では? 取引相手は王様とか、そういう類いじゃなかったんですか?」
再びの首肯。
着いて行けてなかったゼルも、漸く理解し始めていた。
即ち、彼等は略奪に見せかけたトレア王国の人身売買阻止を行っていた、と。
そういう事なのだろう。
「じゃあ、何か? 全ての元凶はトレア王国だと?」
「全部とは言わねぇよ。現に国民や王城の兵士達は知らないはずだ。知ってるのはそこの男や国王、そして極一部の連中だけ」
「……奪うのが嫌いってのは、連中が貧困街から人を[奪った]からだな?」
「皮肉なモンだろう。頭も腕も無かった俺達には、こんな姑息な手しか無かった」
蟻が巨象に抗う事は出来ない。
だが、蟻ならば蟻と争う事が出来る。
騙し、奪い、引き摺り、潰す。
卑怯で姑息な戦い方で、争い会うことが出来る。
「……だが、それも終わりだ。結果がこれだ! 結局は引き延ばしただけで終わった! 相変わらず、あの糞みてぇな国は人を売り買いし続ける! 俺達の故郷を荒らし続ける!!」
カイリュウの悲痛な叫びに、海賊達も嗚咽の声を漏らし始める。
彼等にとって自身の無力さは最早、苦痛でしか無いのだ。
負けたのだ。蟻と蟻の戦いに象が加わったことによって、容易く。
負けてしまった。
「させません」
だが、その巨象の背に乗った少女はそんな事を認めない。
スズカゼ・クレハという、蟻の争いに巻き込まれた少女は。
負けることは見過ごしても、その争いの火種を見過ごすことはない。
「ゼルさん」
「駄目だ」
長い付き合いだ。ゼルにも、彼女の言いたい事は解る。
火種を潰しましょう。そう言いたいのだろう。
そして、この小娘は本気でそうする。本気でそう動く。
自らの危険など顧みず、異端さも異点さも顧みずに。
「許さん」
「ゼルさん!」
「俺は一国の騎士団長だぞ。それも、ここはシャガル王国の国領域だ。勝手に手を出す事は出来ねぇ。その上、海賊と手を組むなんざ話にならねぇ」
「だからって、見捨てるんですか!? 放っておくんですか?! このまま! 全部!!」
「誰もそうは言ってねぇだろ」
長い付き合いだ。ゼルにも、彼女の言いたい事は解る。
火種を潰しましょう。そう言いたいのだろう。
「騎士団長が駄目ならーーー……」
そして、この自分は本気でそうする。本気でそう動く。
自らの危険を顧みて、異端さも異点さも顧みて。
本気で、この馬鹿に付き合うことになる。
「海賊として、な」
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