賊の抱える真実は
《海賊船・船庫》
「う、ごぉぉおおお……!」
海賊船の甲板でゼルとカイリュウが拳を交えている頃。
こちら、船庫の中は大変な事になっていた。
端的に言えばゼル達が乗ってきた船の衝突による激震で、船庫内部の荷物全てが崩れたのである。
それらの荷物が蓑虫状態のスズカゼの上に落ちてくる事も、彼女がそれを受け止められないのも道理な訳で。
「顔面んんんん……!」
彼女の顔面に落ちてきた木箱は既に壊れていて、その中身を散乱させている。
中に入っていたのは多くの紙束だが、それを止めていた紐も衝撃により千切れてしまったようだ。
スズカゼはその床面に散乱した紙幣の上を転げ回っている。
となれば当然、それが何なのかを理解するのは時間の問題だった。
「……これ」
額に張り付いた紙を地面に擦って落とし、彼女はそれをまじまじと見詰める。
表面に書かれた文字は幾つか難しい単語があったが、読めないほどではない。
その読めないほどではない文字が指し示す単語は大凡、スズカゼの予想や常識を軽く逸脱する物だった。
「何で、こんな」
暫しの絶句と困惑。
信じたくないという気持ちと眼前の事実が指し示す現実。
混じり合う二つに、彼女は心を揺れ動かす事しか出来なかった。
だが、それでも。
これを知った以上、動かないわけにはいかない。
「このっ……!」
急がなければならない。止めなければならない。
これが事実ならば、全てが覆る。自分の予想も戦いも、全てが擦れ違いでしかない事になる。
海賊団があの国を襲ったのも、資源が目的などではなかったのだ。
この紙に書かれているのが事実ならば、何故、こんな。
「っ……!」
紐は解けない。
余程、頑丈に縛られているのだろう。
ナイフでもない限り解くのは不可能だが、あったとしても、それを握る腕が無くては意味がない。
こんな所で蠢いている暇など無いのに。今すぐ、止めに行かなければならないのに。
こんな所で、止まれるはずが無いのに。
「メタルさん! 何処ですか、メタルさん!!」
最悪、縄を噛み切るしかない。
頑丈な縄だが唾液が染み込めば緩むだろうし、一本でも噛み切れればどうにかーーー……!
「メタルさーーー……!」
周囲を見渡した彼女の目に映った、その人物は。
荷物に顔面から突っ込み、その上に巨大な木箱が落ちた事により完全に気を失って白目を剥いたメタルだった。
「役に立たねぇえええええええええええええええええ!!!」
《海賊船・甲板》
「ぐっ……!」
両腕と片足を封じられたゼルは、ただ眼前のカイリュウを睨み付けることしか出来なかった。
いや、或いは他の術もあっただろう。
[輝鉄の剣王]を使えば、この船ごと爆発させる事も出来ただろう。
尤も、そんな事をすれば自分諸共全てを海の藻屑にすることになるのだが。
「俺の家で、俺の庭で。勝てる訳ァねぇだろうが」
「ちぃっ……!」
事実、そうだ。
地の利は全てカイリュウにある。
圧倒的不利な状況に違いはないのだ。それは現状でもそう。
油断していたのか? コイツ等が誰も殺さないと知っていたから。
情けない。両手片足を封じられてこのザマだ。
「情けねぇな」
自身の心内を感じ取ったのか、追い打ちを掛けるようにカイリュウは笑んで見せた。
ゼルはその言葉に憤るでも怒るでもなく、ただ同調するように苦笑を浮かべる。
「何が目的だ」
「この状況でそれを聞くのかよ」
「この状況だからこそな」
ほぼ密接したに等しいこの状況。
ゼルは抵抗よりも、和解よりも、理解を選んだ。
この男がカイリュウ海賊団を率い、トレア王国を攻める理由。
その中で誰一人として殺さない理由。
この場だが、否、この場でこの状況だからこそ聞けるのだ。
恐らくその理由は何であれ、他に漏れては困る物だろうから。
「どういう頭してんだ……? さっきまで殺し合ってた相手から教えてくださいなんて言われて答えると思うのか? あ?」
「飛び掛かってきたから応戦したまでだ」
「ご立派な言い訳だな」
「その後立派な言い訳でも今は縋る糸じゃないのか?」
「……あ゛?」
見透かしている。
カイリュウはゼルの表情から、そう判断した。
この男は四肢を封じられ、敵に囲まれても余裕しか見せていない。
現状を楽に打破できる力があるからか? それとも本当に……?
「っ……」
いや、ハッタリだ。こちらの追い詰められた状況を予想するのは容易い。
そこに漬け込んで隙を生もうとしているだけだ。間違いない。
在り来たりな言葉を吐けば勝手にこちらが勘違いする……。交渉の常套手段だろうが。
「何を潰そうとしてる?」
「……テメェは」
カイリュウの言葉は途中で止まる。
言い淀んだ訳ではない。喉に唾を詰まらせた訳でもない。
全ての意識が、その男へと向いたから。
「どうした?」
男の表情は間抜けな物だった。
目を開き切り、それ以外の力を全て抜いたような顔。
四肢の三つを抑えられているゼルですら困惑するほどの表情だ。
何だ? この男は何を見て、こんな呆けた表情をしている?
「……は?」
気付けば両手の拘束も解けていた。
カイリュウはだらりと腕を垂らし、構えすらも解いて。
ただ、眼前を眺めているのだ。
「おい」
何だ? 何が起こった?
この男はどうして拘束を解いた? 魔力切れ? いや、有り得ない。この短時間で切れるはずが無い。
では、何故だ? こちらの話を聞くから? そうだとすれば拘束したままでも、むしろ拘束したままの方が都合が良いはずだ。
何だ? 何を見ている? 何があった?
「何がーーー……」
振り返ったゼルの目に映ったのは、他の海賊を牽制するニョーグだった。
自身の身を案じてか大きな行動は起こさず、ただ身の丈ほどもあるハルバードを持って他を牽制しているだけだ。
だと言うのに、カイリュウの視線はその男に全面的に注がれている。
「おいーーー……」
再び振り返ったゼルの視界に、カイリュウは映らなかった。
彼はゼルが振り返るとほぼ同時に踏み出し、ニョーグへと迫ったのだ。
その速度は彼と対峙した時に見せた物よりも、いや、数倍近い。
「むぅ!!」
風が如き速度で迫る男に対し、ニョーグは牽制に向けていた武器を振り下ろす。
決して遅くは無かった。カイリュウの踏み込みに勝るとも劣らない速度だった。
だと言うのに、その一撃が終わった頃。
ニョーグの持つハルバートの上にはカイリュウが立っていて。
彼の両手はニョーグの頭部に添えられていて。
「結構……! 我が頭部を如何とずりゅっ」
ニョーグの視界が反転だとか回転だとか。
そんな暇すらあるはずはなく。
圧砕だった。両手を打ち付けるように、果実を潰すように。
蟻は、蟻の頭を、潰した。
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