闇、動く
ぶづりっ。
白銀の刃は漆黒の衣を切り裂き、いや、引き千切って振り抜かれた。
衣は紅に染まり、その周囲に肉の塊をブチ撒ける。
恐らくは衣の下に鉄板か何かを仕込んでいたのだろう。
だが、ゼルの一撃はその鉄板を拉げ、肉をもぎ取って、臓物を破壊したのだ。
「邪魔」
直後、機械の義手を伸ばしきったゼルの肩を何かが掠めていく。
彼の衣服を焦がし、その先に居た者の頭部を焼き尽くす一撃。
それを放った少女は掠った味方の事などどうでも良いかのように、続いて別の敵へと一撃を放っていた。
「殺す気かぁ! あと少し動いてたら俺の肩が吹っ飛んでたぞ!?」
「貴様が殺して死ぬのなら、疾うに殺している」
ゼルとファナが襲撃を受けてから既に数十分。
人気の無い路地裏には、幾匹もの鼠と蝿が集っていた。
そして、その鼠と蝿が集るだけの死体があった。
「寄せ集めも良いとこだな。俺の騎士団の方がよっぽど強いぜ」
ゼルは自らに飛び掛かってきた者の顔面を切り裂き、頭蓋を両断する。
その内部から飛び出た脳漿がゼルの衣服に飛散するが、彼は得に気にするでもなく次の標的へと視線を移した。
「……この羽虫共は、何?」
ファナもまた、漆黒の衣を纏った者の顔面に魔術大砲を撃ち放った。
漆黒は白に埋め尽くされ、人体重量の10%を占めると言われる頭部はその者から損失する。
もしそれが刀剣による一撃ならば、見事なまでの紅噴水が空へと吹き上がっただろう。
だが、ファナの一撃は魔力という高熱源体であり、それは肉を焦がし血管を焦がし潰す。
その死に様は肉を引き裂くよりも頭に風穴を開けるよりも、より確実に敵へと恐怖を埋め込むのだ。
「ーー……っ!」
黒尽くめの者達は戦慄し、喉奥から込み上げる何かを感じ取る。
先程まで数十人は居たはずの仲間は消え失せ、既に四人程まで減少していた。
物の数十分の間に、自分達の周囲には先程まで仲間だったはずの存在が肉塊となって転がり、鼠と蝿に集られている。
敵に回す相手を間違えたという事は一目瞭然だった。
だが、それでも計画は進行している。
ここでこの連中を止める事こそが自分達の責務なのだ。
「邪魔だ……!!」
どすり、という音と共に腹部が熱くなっていく。
黒色に包まれていたはずの体から、その銀色は突出していた。
「がっ…………」
銀の刃は自らの腹部内部で半転し、自らの顔面へと刃先を向けた。
それと同時に腹部から頭部へ掛けて一閃が走り、視界は二つに引き裂かれる。
月光の中に舞い散った紅色を見るよりも前に、男の視界は黒色に染まっていた。
「ジェイドか」
片目を覆う白包帯を血に染めた黒豹は牙を剥き、刀剣の切っ先から血潮を振り払う。
ここまで全力で走ってきたのだろう、彼は酷く息切れしながらも何かを言おうとして喉を詰まらせる。
「落ち着け、何があった?」
「姫は……! 姫は何処だ!?」
「あ? スズカゼ?」
「貴様と居たはずだ!! 姫は何処に居る!?」
「待て、落ち着け! 何があった!? あの爆発はーーー……」
言葉を交わすゼルとジェイドに重なる、影。
二人の視界に映ったのは腹部に塊を抱えた、月に重なる男の姿だった。
その塊は筒と黒色の粉と導火線で構成された物で。
路地裏を吹き飛ばすには余りに充分過ぎる、爆弾だった。
「自ば……!?」
「しまーーーーッッ!!」
男は血走った眼で手を伸ばし、絶叫と共にゼル達へと飛び掛かる。
例え己の臓物を弾けさせようとも、血肉を周囲に散乱させようとも。
男は彼等の命を自らの臓物に埋めることを選んだのだ。
「地獄道に付き合って貰うぞ! 貴様らぇあっ」
男の腹部を奪い去る、光の一撃はゴトン、と重々しい二つの音を生む。
それは爆弾と肉の一部、そして男の頭部と脚部が地面に落下した音だった。
血走った目は相変わらずゼルとジェイドを捕らえている。
だが、彼が思い描いた自死行為の結末はファナの一撃によって断絶させられたのだった。
「説明しろ。獣人」
導火線の先に灯った灯を踏み潰しながら、ファナは闇夜を切り裂くような眼光を唸らせる。
彼女も、この争乱がただの騒ぎでない事を感じ始めたのだろう。
ゼルもまた、彼女と同様に何かに気付いた様子だった。
「この街で、何が起こってる?」
《王城・地下牢獄》
「ほ、本当なんです! だから……!!」
薄暗い、蝋燭だけが照らす地下牢獄。
本来ならば大罪人が入るような場所なのだが、そこには第二街で強奪を働いた男の姿があった。
この小悪党がここに入れられている理由。
それはサウズ王国の大臣による干渉があったらしい。
獣人と人間との問題に敏感なこの時期に、こんな男を第二街や第三街に預ける訳にはいかない、と。
「姑息なのは前からだったけれど、なるほど」
鉄柵越しに、小さな木椅子に腰掛けたバルドは男への語りかけを終えて、一人で納得するように頷いた。
牢屋の中で怯える男は奥歯を震わせながら息を荒げていた。
目の前の男はただ単に木椅子に座って頷いているだけだ。
だと言うのに、何だろうか、この威圧は。
喉奥を掴まれ、笑顔で握り潰されているような。
刃をずぶずぶと眼球に押し込まれているような。
そんな、感触。
「ご苦労。最期に罪滅ぼし出来て良かったね」
「え?」
「それでは」
バルドは笑顔のまま、男に後ろ手を振って地下牢から出て行く。
彼が通り過ぎたとき、蝋燭の灯火が揺れて部屋の中の明暗が一瞬だけ曖昧となった。
だが、それもほんの数秒だけで灯火は再び安定を取り戻して牢獄内の明暗をくっきりと分けた。
《第三街南部・住宅街》
「……囮だと? あの爆発も俺達への襲撃も、全部?」
開いた口が塞がらないと言ったように、ゼルは何とも言えない表情で呆然としていた。
とは言え、彼の足は止まらず、ただ地面を蹴り続けている。
「そうだ」
ジェイドの同意の言葉も、ゼルの表情をさらに呆れ返らせる物でしかない。
彼等は南東部にある路地裏から脱し、既に南部の空き地へ向かって走り出していた。
既にこの一件の概要は走りながらにしてジェイドから説明済みで、ゼルとファナも承知の上だ。
流石にジェイドもゼルに邸宅が爆発した、とは言わなかったが。
「随分と調子に乗った事をやってくれるじゃねぇか……!」
「既に騎士団はハドリーとリドラが動かしてくれているはずだ。街門警備に集中しているだろう」
「良くやってくれた。……となりゃ、後はまな板の上の餌に、いや、まな板の餌に掛かった魚を捌くだけか」
「今のを姫が聞いていればどうなっていたかは敢えては言うまい。……だが、随分と楽観的ではないか?」
ゼルに向くジェイドの視線は、何処か鋭さを含んでいる。
彼からすればスズカゼが危機的状況にあると言うのに、楽観敵に冗談を言うようなゼルが気に食わないのだろう。
「お前、あの小娘がその程度のタマなら今頃首が飛んでるだろうよ。それこそ、メイア女王にナイフ突き付けた時ぐらいにな」
ゼルは表情を変えず、視線を動かさず、口調を保って喋り続ける。
彼からすればスズカゼの危機など今回の一件の内にすら入っていないのだ。
そもそも、ジェイドとゼルの、スズカゼに対する認識は違う。
ジェイドからすれば彼女は第三街領主であり、自らが守るべき姫。
ゼルからすれば彼女は第三街領主であり、居候三無し娘でありーー……。
「剣術だけなら、勝てる気しねぇよ」
尋問時の魔法石への抵抗力。
獣人の暴徒を圧倒した実力。
女王に刃を突き付ける度胸。
「あの小娘が、その程度のタマか」
ゼルの言葉を否定する意は、ジェイドにはない。
確かに自分の仲間である暴徒を彼女は返り討ちにしたし、その凄味も目の前で味わっている。
だが、何処か不安がある。
言いしれぬ、心の端に引っ掛かる物がある。
「…………っ」
それを明確に感じ取っていたのはファナだった。
ゼルのスズカゼに対する信頼など、どうでも良い。
彼が信じるのならばその通りの実力なのだろうし、元より余り心配もしていない。
そう、彼女は大丈夫なのだろう。
ならば、ゼルやジェイドの安堵は間違っていない。
彼女を信頼しているのならば安堵するのも当然だろう。
例え、その信頼が獣人の少女を含んでいなかったとしても。
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