会議の時まで
【リドラ別荘】
「……何やら、外が騒がしいね」
木椅子に揺られるバボックは、窓の外を眺めながらそう呟いた。
既にこのリドラの別荘に到着してから数時間が経過している。
彼等は[目的]を達成する条件がまだ整わないために、こうして暢気な昼下がりが如くのんびりとしているのだ。
「海に行きたいのならば、行けば良いだろう」
「いやいや、私は泳ぎが得意ではなくてね。イーグ、君こそ海には行かないのかい?」
「泳ぎの気分ではない。ネイクは行かないのか」
「私も泳ぎの気分ではありませんので。……それに[会議]が始まるまで資料を纏めておきたいのですよ」
「うん、そうだねぇ。……えーっと、リドラ君だったかな?」
首だけで振り返ったバボックの視界に、窓際に立つ男の姿が映る。
それこそがこの別荘の持ち主であり、現在は国外追放処分を受けているリドラ・ハードマンだった。
リドラはバボックの問いに、まず恭しく一礼を返してから口を開く。
「何でしょうか」
「今回の会議、君はどう思う?」
「……四大国の条約を締結する首脳会議について、ですか」
そう、バボックの目的というのは四大国を繋ぐ条約を再締結する為の[各国首脳会議]なのだ。
その為にこうしてリドラ邸宅を借りて、各国の首脳が揃うという条件を待っているのである。
一介の子爵であり一介の鑑定士であるリドラは、西の他国の長による問いに相変わらずの無表情と猫背でぼそぼそと言葉を返し始めた。
「私としては、一介の民としては非常に嬉しい事であります。平和は家族と食料の次に大切な物ですから」
「そこでそう言う辺り、メイアウス女王の部下らしいよ」
「だが、違うのだろう?」
イーグの横槍に、リドラは小さく頷いてみせる。
ほう、とバボックは感心するようなため息を零し、木椅子に深く腰を沈めて耳を澄ます。
「違う、とは……、どういう事かな?」
「一介の国民ではなく、一介の臣官として見るなれば、私は否定したい気分があります」
「ほう、何故?」
「今回の条約の真の意味は、いえ、我が国としての最大のメリット、そちらの国としての[第二の]メリットからしては最近の異端事件の犯人に対する牽制という意味があります。……ですが、これは裏を返せばその犯人を内側に引き入れるという事ではありませんか」
「確かに。うん、君の言う通りだね」
うんうんと態とらしく頷きながら、バボックは顎髭を指先で摩り撫でる。
その問答の道筋を理解した上で敢えて道を歩いてくように。
態とらしい、笑みを浮かべながら。
「けれどね。私がこの条約を持ち出しのたのには理由があるんだよ」
「理由無くしてこんな条約を持ち出すはずがなかろうが」
「イーグ、君のツッコミには毒があり過ぎるよ……。……それはそうとね、私は全ての一件の原因がギルドではないか、と睨んでいる」
「……ギルド?」
余りに意外な言葉だった。
この場では到底、飛び出し得ないだろうと意識の外に追い出していた言葉。
世界の中立的組織に立つギルドが全ての黒幕であるーーー……、と。
だが、それは違う。意識から外したのは飛び出さないとタカをくくっていたからだけではない。
「確かに様々な一件にはギルドが多く絡んでいました。ですが、彼等にはメリットがない上にリスクが大きすぎるし……、理由も無いでしょう?」
「ふむ、理由を聞かせて貰えるかな」
「まずメリットですが……、これは恐らくスズカゼ・クレハを火種に四大国を争わせ互いに疲弊させてから全てを蹂躙して頂点に立つこと、と考えられるでしょう。ギルド面から考えればですが」
「うん、有り得るね。デメリットは?」
「何より四大国、そして少なくとも四天災者の半分以上を敵に回すという事です」
「確かにイーグ将軍を含める四天災者を敵に回すなど、愚かしい行為以上の何物でもないですね」
「その通り。それがリスクにもなりますし、何より世界の中立としてある程度の立場を確立しているというのに、それを捨てる理由もないでしょう。言ってしまえばこの立場に居る限りは巻き込まれないのだから、初めに言ったメリットも無効だと言っても過言ではないでしょう」
「だからギルドではない、と。……うん、正解だが、それは他国にも言えるんじゃないかな?」
「他国、ですか」
「ギルドでない場合は後のリスクが増えるだけで、それは四大国全て、そうでなくとも幾つもの小国にも言えてしまう事ではないかな?」
「そうです。……ですが、それは裏を返せばギルドにはその程度のメリットしかない、という事ではないでしょうか。全ての国に共通する程度のメリットしか、ね」
「……ははは。君はよく頭が回るねぇ」
ぎぃ、と。
木椅子から腰を離し、彼は背筋を大きく伸ばしきった。
長らく座っていたことにより背中が固まってしまったのだろう。
だが、彼の表情はとても晴れ晴れとして、嬉しそうだった。
「それを決定付けるのは今日の会議だ。うん、楽しみだよ」
「……その会議が予定時間より数時間遅れているが?」
「シャガル国の王が来てないんだから仕方ないでしょう。彼は自由奔放な人間とは聞いていましたが……」
「いやぁ、シャークの事だからもう来てるんじゃなかな? だって海だし」
「……それは、どういう」
「何、もう時間は掛からないよ」
彼の言葉を合図にするかのように、部屋にメイアが入ってくる。
彼女の表情は気疲れ気味で、何処か呆れているようにも見えた。
メイアはその表情のまま、指先を動かしてリドラへと向ける。
「リドラ。スズカゼ・クレハを呼んできなさい」
「は? な、何故でしょうか」
「始めるのよ、会議をね」
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