表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獣人の姫  作者: MTL2
四つの国を結ぶもの
161/876

岩場での釣り

「……あの、スズカゼさん? それは?」


大量の荷物を抱えたスズカゼがハドリー達の元に戻ってきたのは、出発してからきっかり一時間後だった。

しかし、その一時間でスズカゼは疲労感の増した表情となり、彼女を覆い隠すほどの荷物を得てきたのだが。


「何か貰いました」


「貰った、って……」


その荷物の多さには、つい先程まで暴れていたデイジーですら呆然とする程だ。

スズカゼは親父臭い声と共に荷物を全て置き、ぐーっと背筋を伸ばす。

再び親父臭いため息をついて、彼女は急に荷物を漁りだした。


「取り敢えず水着は買ってきたんで着替えましょうか」


先程の疲労感が嘘のように、彼女はにっこりと笑みを浮かべていた。

その笑みに迷いは無く、瞳は太陽のように美しく輝いている。

まるで世界の慈愛を一身に集めたような、美しい瞳だ。


「わ、私は絶対に着ませんからね!!」


「デイジーさん、そんな事言って良いんですか?」


スズカゼが袋から取り出した水着は三つだった。

普通の綺麗なビキニが二つと真っ赤な扇情的な紐が一つ。

続き、彼女はぼそりと呟いた。


「早い者勝ちです」


ハドリーとファナの手が凄まじい速度でビキニを奪い取り、残るは刹那で紐のみとなった。

唖然として二人に視線を向けたデイジーの耳に届いたのは許せ、というファナの声だけだった。


「デイジーさんは紐で決まりですね」


「何故だぁあああああああああああああ!!」


「あらあら、紐とは挑戦的ですわぁ」


「嫌だぁあああああああああああああああ!!」


「じゃ、着替えてきてくださいね」


そこからは色々なことが起こる。

スズカゼの一言を切っ掛けに全力で逃げ出したデイジー。

彼女の足を引っかけたファナ。

転ぶ彼女をキャッチしたハドリー。

彼女の首筋に手刀を撃ち込んだサラ。

そして気絶して更衣室のある方向へと運ばれていくデイジー。


「良かった、デイジーさんも着てくれるんだ……」


ただし強制的に、である。



【岩場】


「……ふむ」


一方、こちらはトレア海岸の岩場。

殆ど人影の無いこの場所には暢気に釣りを楽しむジェイドの姿があった。

複雑な岩の並びに阻まれて殆ど波が来ないここには小さな魚が多く集まってくる、はずなのだが。

どうやら思ったほど釣果が上がらないのか、ジェイドは何処か不満げに釣り糸の先を眺めている。

ゆらゆらと微かに揺れども、ぐんと沈むことはない釣り糸。

既に数十分。彼はそうして不変の釣り糸を眺めていた。

だが、刹那、釣り糸は風に揺られたかのように微かな揺らぎを見せる。

それが魚による物ではない、と彼は言うまでもなく理解していた。


「やぁ」


彼の背中に投げかけられた、軽い挨拶の言葉。

久方ぶりに聞くその声に、ジェイドは振り返らずに何だ、と言葉を返した。

彼の素っ気ない態度に、言葉を掛けた男は肩をすくめて隣に座す。


「酷いな。久々の再会じゃないか」


ジェイドの隣に座した、その男は獣人だった。

漆黒の衣服とは対照的な白銀の体毛と、その温厚な言葉遣いとは裏腹に強靱な肉体。

そして首に掛かった妖精を催す純銀のネックレスと腕輪は水面に反射する太陽の光により、照り輝いている。

見た目からすれば筋肉質な牧師とも言える獣人だが、その風貌だけでなく、雰囲気が普通のそれではない事は明らかな物だ。

ただし、それは戦意だとか殺気だとかではなく、単に周囲とは隔絶した何かなだけである。


「そうだな。……3、いや、4年振りだ」


「僕が来るのは解っていたんじゃないのかい?」


「解っていたとも。だが、それで得にどうこうと言う物でもないだろう」


「まぁ、確かに一度二度、刃を交えた仲でしかないのは確かだがね」


その男は何処か儚げに口端を緩めてみせる。

彼のそんな様子など気にせず、ジェイドは相変わらず釣り糸に視線を向けていた。

それが詰まらないのか、男は小さなため息と共に話題を切り替えるが如く視線を釣り糸へと向ける。


「昔が懐かしいよ。ゼルやバルド……、メイアは元気かい?」


「あぁ、俺が見る限りはな。……まだ会ってないのか」


「つい先程、到着したんだ。集合場所に向かう前に西の人物から連絡が来てね」


「それで、か。道理で未だ呼び出されない訳だ」


「何でも、まだ全員集合してないらしくてね。僕達はそれまで自由行動という事さ」


「暢気な物だ」


「あぁ、全く」


彼等の会話を遮るように、釣り糸が一気に水面へと沈み行く。

ジェイドと男は同時に立ち上がり、声を上げた。

釣り糸は激しく右往左往と暴れ回り、静寂に染まっていた水面を掻き回す。


「大きいよ、これは!」


「解っている……!」


釣り糸の動きに合わせ、彼は左右に激しく動き回る。

男はジェイドに合わせるように水面下に視線を向け、どちらに引くべきか指示を出していた。

二人のコンビネーションの甲斐もあってか、獲物は段々と弱り初め、やがて勢いを無くしていく。


「今だッ!」


男の声が岩場を突き抜けて響き渡る。

ジェイドはそれを合図に、全力で竿を引き上げた。

釣り糸が千切れそうな程に張り、獲物は水中より一気に引き摺り出される。


「……これは驚いたね」


竿を完全に引き上げたジェイドと、先程まで指示を出していた男の目に映ったのは、海獣のザッパードだった。

現世で言う所のホオジロザメで、魚は勿論のこと人から同種の鮫まで食ってしまう凶暴な海獣である。

まさか、これほど凶暴な海獣がこんな岩場まで来ていようとは。


「……ん? いや、ジェイド。ちょっと待って」


しかし、男はある物に気付いた。

それは釣り糸を掴んでいるのがザッパードの牙では無く、そこからにょっきりと生えた金属物の何かだったからだ。


「何だろう、これは」


「取り出せば解るだろう」


ジェイドと男は協力してザッパードの口を無理やり開く。

既に息絶えているらしいザッパードは無論のこと抵抗することなどなく、牙の扉は容易く開いた。

そして、その牙の扉の奥にあったのは。


「……何だか、見覚えのある人達が気絶しているように見えるんだけど」


つい先程、海の沖合で[偶然にも]こむら返りという悲劇に遭遇した二人。

彼等、ゼルとメタルはザッパードの口内で必死に息を切らし、どうにか生存していた。

ジェイドは理由どうこう状況どうこうよりも、最早、この二人の生への執念に驚きを隠せない。


「……どうしようか」


「海に放り捨てろ。今なら誰も見てはいない」


「そ、それは止めた方が良いんじゃないかな……」


結局、ジェイドは新調した刀剣でザッパードを捌くハメになる。

彼は刀に染みついた魚臭さに数日は悩まされるだろう、と深いため息をついていた。



読んでいただきありがとうございました

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ