海は静寂の中に
「ふゅい~~~……」
ふよふよと水面に浮かぶスズカゼ。
蒼の宝石は彼女の全身を覆うようにして光り輝いている。
彼女が居るのは砂浜から大分離れた場所であり、波もかなり大きい。
それでも彼女が溺れるようなことは無く、流される様子もない。
これでも泳ぎは得意な方なのよねぇ、としみじみながらに思う。
初めは旅行など急に、とは思ったが、こういう休暇も悪くない。
「良ぇ天気や……」
燦々と光り輝く空はこの海と対比されるように真っ白で、真っ青だ。
何と美しい事だろう。現世にある海も美しかったが、行った事はなかった。
だからこそ、こういう経験はこの世界に来て嬉しい想い出の一つになるだろう。
この宝石の中で静寂に身を委ねるのは、何と心地よい事か。
あぁ、暫くの間、こうしてーーー……。
ドッパァアアンッッッ!!
彼女の心地よい世界を容易く破壊したのは一人の波乗り男だった。
青に白のラインを刻んだ木板を波への足場として海を疾駆しているのである。
まぁ、確かに数多く波乗り、と言うかサーファーはよく見かけたが、こちらには居なかったはずだ。
いつの間にか自分がそちらに流れていた……、という訳ではなく、単にこの男がこちらに侵入したらしい。
「お、悪ィ」
水面下に浮遊するスズカゼに対し、男は片手を立てて謝罪を行う。
茶黒のドレッドヘアーに深緑のバンダナ、漆黒のサングラスに肩に刻まれた青い入れ墨。
端から見てもどう見ても、ただのチンピラである。
「怪我とかねェ?」
「……無いですけど、気を付けてくださいね」
「おう、悪い悪い」
何処となくメタルに似た軽い男は、そのまま波に乗って何処かへ行ってしまった。
本当に何者だったんだろうか、とスズカゼは呆れ気味にため息をつく。
まぁ、いつしか波の隙間に消えていった男のことなど考えても仕方有るまい、と再び静寂に耳を澄ます。
そうだ。この静寂こそ安らぎーーー……。
「ヒャッッハァアアアーーーーー!!」
「おらぁあああああああああああ!!」
その静寂を簡単に破壊する二つの大騒音。
スズカゼを巻き込んで爆発するが如く水飛沫は爆散し、彼女は濁流の中へと呑み込まれていった。
蒼の宝石は一転、彼女を喰らう黒の深淵と化す。
「ぬぶっはぁああ!?」
深淵から抜け出した彼女が見たのは、その先でぜぇぜぇと息を切らす二人の男だった。
深緑と灰黒の頭髪はびっしょりと濡れているのは海水だけでなく汗が混じっているのもあるのだろう。
と言うか、それ以前にジェット機よろしくこの二人が爆進してきたのは何故だろうか。
いや、それよりも自分を巻き込んだ理由を聞きたい。むしろ聞かせろ。
「俺の勝ちだろ」
「いンや、俺の勝ちだな!!」
「おい」
「スズカゼぇ! どっちが先だった!?」
「俺が先だろ? 俺だろ!?」
「おい、おい、おい。お前等、なに人巻き込んどんや? あ? ゴラ」
「いや、メタルが俺の方が泳ぐのが早いとか言い出して」
「俺の方が早かったな-!」
「いや、俺だ」
「いや、おい。おい」
「義手とか錆びるだろォ?」
「残念だったな! これは防水仕様だぜ!!」
スズカゼを無視してぎゃあぎゃあと喚き出す二人。
そう言えば海で急に足を引っ張られると、こむら返り、つまり足がつると聞いた事があったなぁ、と思い出しつつ。
スズカゼはどぼんと水深く潜り込んでいった。
「あら、スズカゼさん。団長とメタルさんを見ませんでした?」
「いや、知らないですね」
沖合で海獣に襲われてる人が居るぞ、とか、何で逃げないんだ、とか、溺れてないか、という人々の叫び声を聞きつつ、スズカゼは傘で作られた影の元に腰掛ける。
サラは何処か慌てた様子を見せるが、すーっと目をこらして襲われている人物を見てから落ち着いたように小首を落とす。
「あの、見覚えのある人達が溺れながら海獣と戦っているのですが」
「気のせいですよ」
にっこりと微笑んだスズカゼに、サラはこれ以上の追求はいけないと視線を逸らす。
何があったか知らないが、恐らく先程の水柱が原因のようだ。
「そう言えばジェイドさんは何処に行ったんですか? 見当たりませんけど」
「団長とメタルさんが泳ぎに行ったら散歩すると言って何処かに行ってしまわれましたわぁ。釣り竿持って」
「あの人らしいと言えばらしいですね……」
一通りの会話を終えて、日影で休む二人。
スズカゼはサラに泳がないのかと問うたが、彼女は日焼けが怖いのでと笑顔で返す。
そして暫しの静寂と砂浜を漂う人々の声。
特にすることもなく、慰安旅行なので時間に急く事もない。
自堕落で暢気な日影の元、彼女達は昼下がりの陽気を燦々と輝く太陽を添えて楽しんでいた。
「あ、スズカゼ殿」
そんな彼女に向けられる声が一つ。
聞きおぼえのあるそれにスズカゼは背を仰け反らせて視線を向けた。
案の定、視界に映ったのは普段通り軽甲を身に纏ったデイジー。
そして、彼女の後ろで不機嫌そうに眉根を寄せるファナと周囲を物珍しそうに見回すハドリーだった。
「あれ? 皆、来たんですか」
「ハドリーさんとここに来る途中、砂場で城を建てては海に流されるを繰り返しているファナ殿を発見しましてな。連れてきました」
「何やってんですか、ファナさん……」
「……ふん」
スズカゼはぐるんと一回転して彼女達に向き直し,その姿をまじまじと見詰める。
もし彼女達が水着ならば今すぐおっぱいを観察する所だが……、生憎と、彼女達は普段通りの恰好である。
これではデイジーとハドリーに同意を求める事も、ファナの胸を揉みしだく事も出来ないではないか。
「泳がないんですか?」
「今は旅行中とは言えスズカゼ殿の護衛です! ですので海水浴などという遊戯を楽しむ気は……」
「脱げや」
「えっ」
「サラさん、GO!」
うふふ、といつも通りの笑みを浮かべるサラに肩を掴まれ、デイジーはそのまま引き摺られていく。
何やら色々と叫んでいるようだが、時既に遅しだ。
呆然としたハドリーとファナはただその光景を眺めるばかりだったが,その二人の肩にも手が掛かる。
「勿論、お二人も……、ね?」
逃げられない。
ハドリーとファナがそれを感じ取るまで、そう時間は掛からなかった。
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