突然の来訪者
「スズカゼ殿ぉおおおおーーー……」
「……ハハッ」
普段のスズカゼならば、自分を心配してくれていたデイジーの頭を優しく撫でる事ぐらいはしただろう。
そして微笑みかけ、大丈夫ですよ、と声を掛ける事ぐらいしたはずだ。
尤も、今のスズカゼにそんな様子は無い。
当然だろう。既に数時間はデイジーに抱きつかれているのだから。
「私の力不足で危険な目に遭わせてしまいぃ……」
「いや、あの、もう良いんで離れてくれません?」
「誠に申し訳なくぅうう……」
「おーい、騎士団長ォー! アンタの部下どうにかしてくれぇー!!」
えぐえぐと鼻声になりながら謝罪を続けるデイジーと、どうにか彼女を引き剥がそうと躍起になるスズカゼ。
そんな二人を遠目に、ゼルはメイドの淹れた八杯目の紅茶を嗜んでいた。
「……あの、止めなくて良いんですか?」
「メイド」
「は、はい?」
「お腹痛くなってきた」
「紅茶を飲むのを止めれば良いと思います」
「スズカゼ殿ぉおおおおおお!!」
「だぁーかぁーらぁ! 離れぇって言うちょろぉがぁ!!」
「カオスですが、これ大丈夫ですか」
「大丈夫大丈夫。どーせ、またハドリーかサラかメタル辺りが入ってきて止まるから」
「恒例なんですね、もう……」
ゼルの言葉通り、廊下を歩く革靴の音が部屋に鳴り響く。
それに気付かず、スズカゼとデイジーは未だぎゃあぎゃあと喚いている始末だ。
だが、ゼルとメイドは、ほら来たと言わんばかりに顔を見合わせて肩をすくめている。
コンコンッ
この場を制する人物のノック音。
ゼルは早く静寂を取り戻してくれと言わんばかりに、呆れ気味に入れと声を上げた。
そして扉は開き、その人物は姿を現す。
「やぁ、中々に騒がしいね」
そう、その人物。
バボック・ジェイテ・ベルルークは。
「スズカゼ殿ぉおおおおおおおお!!」
「いや、だから離れてって言うとるやろぉ!?」
「お前等、ちょい黙れ。ていうか武器を取れ」
「ははは、物騒なお出迎えだなぁ」
混沌としたこの空間。
現れたのは場を制する人間では無く、場をカオスと化す人間であった。
「……で、だ」
漸く静かになったゼル邸宅の居間。
そこでは五つのカップを前に、五人の人物が席に座している。
余りに気まずい静寂の中、それを破るように言葉を発したのはゼルだった。
「何でベルルーク国のトップ様がこんな辺鄙なボロ家にお越しになったんですかねぇ」
「刺々しいな、君は。……いや何、第三街領主が危険な目に遭ったと聞いて飛んできたんだ。一度は国を訪れて貰った仲だろう?」
「よくもまぁ、抜け抜けと……」
彼の言葉を無視するように、バボックは紅茶を口へと含んだ。
香ばしい薫りと上品な味わいはこの一品が見事な物であり、見事な腕により淹れられた事を指し示してる。
この場でそれを淹れる役目を担うのは、ゼルの後ろに居る一人の女性だろう。
「良い腕のメイドさんだ。……どうだろう? 今の五倍の給料を出すから、我が軍に傭われてみないかい?」
「ご遠慮します。私の主はサウズ王国騎士団長ゼル・デビット様だけですので」
「ははは、振られてしまったよ」
「……バボック大総統。御自重を」
「これはこれは。ネイクにまで怒られてしまった」
本来ならば苦笑の一つでも浮かべる場面だ。
だが、ゼルは勿論のことスズカゼもデイジーも、笑みという概念からは程遠い顔色を浮かべている。
ゼルは不快感溢れる表情を、スズカゼは困惑溢れる表情を、デイジーは緊張溢れる表情を。
色取り取りだね、という言葉に、バボックの付き添いであるネイク少佐は小さくため息をついた。
「で? さっきの話題の続きになるが、どうしてバボック大総統殿がこちらにいらっしゃったのか聞かせて貰えますかね?」
「そう急かさないでおくれ。こんなに美味しい紅茶があるのに」
「……ネイク少佐殿」
「はい、バボック大総統に代わり説明しましょう」
彼は軽く目を伏せ、小さく息を吸う。
その息が自らを落ち着かせるためでは無く、気苦労に疲れた身体に酸素を与えるための物だと気付いたのは、ゼルだけだった。
似たもの同士だな、と彼もつられて小首を落としてしまう。
「我々はこの度、メイアウス女王と条約を結ぶために直参しました。無論のこと条約内容は口に出せませんが、この国に訪れたのは内密です。……ですが、バボック大総統がどうしても第三街領主のスズカゼ・クレハ殿を一目というので、こうして参った次第です」
「なるほど? ……事情は解ったが、ちょいと無防備過ぎやしねぇか? 仮にも一国の長が護衛一人で来るとはな。それに、こうしてトボトボ帰ってるって事は条約も断られたんだろ? 暢気な話だ」
「それは違うさ、ゼル・デビット。我々は今、条約の交渉を行っている」
「……メイア女王が思案の時間を寄越せ、とでも言ったのか?」
「いや、違うさ。今正に条約の交渉が行われているんだよ。城の中でね」
「は? どういう……」
「序でに先程の問いにも答えようか。ネイクは確かに手練れだが……、たったこれだけの戦力を連れて私が国から出ると思うかい?」
彼の言葉はゼルの思案を自然と答えへ導いていく。
外の音を聞けば、相変わらず子供達の笑い声と鳥の囀りしか聞こえない。
と言うことはぞろぞろと兵を連れてきた訳ではないようだ。
少人数、居ても3人居るか居ないか程度の人数のはず。
それで一国の長を守りきり、さらにメイアウス女王と交渉できる人物……。
「……まさか」
「彼等は同じ四天災者だ。話に花咲かせているのではないかな?」
にっこりと笑った彼は、つい先程、優々と城内に入っていった部下のことを思い出していた。
その後ろ姿は何処か嬉しげで、また、何処か殺意を持っていたのを覚えている。
「……どうなってるかなど、私にも解らないけれど、ね」
《王城・王座謁見の間》
「……なぁ、メイア」
「何よ」
メタルは肩を竦めながら、酷く怯えた声を漏らす。
王座謁見の間には彼を含め3人しか人影がなく、他には何もない。
だと言うのに、彼は悪霊跋扈する魔界にでも放り込まれたのかと思うほどに怯えているのである。
「土産のバッペル酒とボンボ鳥の炭火焼きだ。好きだろう」
「いや、俺は好きだけど……」
「イーグ、まさか飲み会をするために来た訳じゃないでしょう」
メイアの言葉に、四天災者が一人、イーグ・フェンリーは微かに口端を挙げてみせる。
明らかに尋常では無い、殺意の籠もった笑みだ。
それをメイアも感じ取ったのか、四天災者が一人の彼女も酷く冷徹な目付きを浮かべ挙げる。
「……帰りてぇ」
一方、メタルはただ、バッペル酒を遠目に震えた声を出すしか無かった。
もう今すぐこの場を逃げ出して酒飲んで焼き鳥食いたい、と。
この場で口に出せれば如何ほど楽であった事か。
「「却下」」
そして、それを許さないのがこの二人。
彼に安息はあるのだろうか。いや、ない。
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