型を造るまで
「重いぃぃぃ…………」
「頑張れ。もう家は見えてる」
ずっしりと中身の詰まった木籠を背負いながら、メタルは足を引きずるように進んでいた。
それは疲労故の歩み、ではない。
ただ単に自身を潰す程の重量である木籠が原因なのだ。
「畜生、思ったより重いな……」
「悪いが私では、それを持てる自信がない。イトー殿が貴様を寄越したのは的確だったな」
「少しぐらい持てよ……」
「それの十分の一でも持たせて見ろ。イトー殿は次に私を治療することになるぞ」
「貧弱過ぎるだろ」
彼等は材料採取を終え、森の魔女ことイトーの家の前へと戻ってきていた。
酷く重い木籠のせいで帰ってくるのは思ったよりも遅れたが、始めから指定された訳ではないし問題は無いだろう。
メタルは疲労で簡単に進めてはいないが、もう家も目の前だ。
問題はない。
「さて、向こうも作業は進んでいるだろうか。ある程度なら私でも補助できるが」
「ハドリーと一緒に基礎の型を造ってるんだっけか」
「型と言えば、恐らくは臓物や皮膚だろう。これらの材料で肉付けや型の微調整をするのだろうが……、やはり時間は掛かる。彼女は三日と指定こそしていたが、本来なら一月と掛かってもおかしくはないのだからな」
「色んな意味で規格外だから。アイツ」
「……何はともあれ、早く戻って補助を行わなければ。型の作成など滅多にしないんだがな」
「前々から思ってたんだけど、お前って医者みたいな事が出来るのか?」
「真似事だがな。サウズ王国の獣人差別が酷かった頃などはゼルに言われて、獣人の女子供を治療していた。そのお陰である程度の経験が身についた、という訳だ」
「ふーん。[鑑定士]は生き物も鑑定するのか……」
「馬鹿を言え。私が鑑定するのはあくまで物だ。……人など、鑑定しきれるはずがないだろう。私の短い人生で、その人物の人生を全て見ることなど出来るはずもない」
「はっはっは。そりゃ、そうだ」
重い木籠を背負い直し、メタルはイトーの家までの短い距離を一気に歩き抜ける。
少なからず腰に来る行為のはずなのだが、若々しい彼はリドラと違って真っ直ぐ伸びた背筋で、元気にそこまで辿り着いたのだ。
それでもやはり、肩が痛そうではあったのだが。
「無茶をする」
「駆け抜けるのも悪くねーかな、と思ってさ」
彼は照れ笑い、背にのし掛かって居た木籠を玄関隣に置く。
決して柔くは無い地面がみしりと音を立てた事からも、その重量がかなりの物だったことが解る。
その、かなりの重量から解放されたメタルは背筋を治すかのようにうんと背伸びをした。
「さーて、と。まずは休憩でもしようぜ。イトーに茶貰って来らぁ」
「駄目だ。彼女も今、スズカゼのために型を作ってくれているはずだろう。そんな中で我々だけ休憩など出来るものか」
「生真面目だねぇ」
しみじみと述べ、メタルはイトーの家の扉を開く。
木造のそれはぎぃと音を立てて開き、外からの風を室内へ送り込む。
外と中の世界が繋がり、リドラとメタルの視界にも室内の様子を見ることが出来た。
「ハドリーたぁあああああああああああんん! ちゅっちゅしようよぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「嫌ぁああああああああああ!!」
バタンッ
「…………」
「…………」
「……何か見た?」
「いや、何も」
《森の魔女の家》
「うん、確かに。ご苦労様」
頭に真っ赤なコブを作ったイトーは涙目で小さく呟いた。
彼女の手の中にはリドラとメタルが苦労して集めてきたカーメルの実や、他にも様々な物が握られている。
満足そうにそれを眺め終えたイトーはカーメルの実を木籠に戻し、席を立った。
「これで晩ご飯の材料には困らないわ」
「「……は?」」
ぽかん、と。
苦労して材料を収集してきた二人は、落ちた顎を上げる事は出来なかった。
リドラが苦労して鑑定し、集めた良質な材料。
メタルが苦労して運搬し、運んだ大量の材料。
それらは全てスズカゼの血肉になるのだから、と。
必死の思いで集めてきたのが、晩ご飯の材料である。
「説明しろォ!!」
「怒鳴らないでくれる? メタル。私は序でに食材を集めてきて貰っただけよ」
「……因みに聞くが、その食材とはどれなのだ?」
「カーメルの実」
「一番集めるの苦労したヤツじゃねぇか!!」
「灰汁抜きして煮込むと毒もなくなるのよ。美味しいわよ?」
「てめぇえええええ……!!」
「……諦めろ、メタル。スズカゼの為の料金だと思えば安いさ」
リドラの言う事も尤もだ、と。
怒りを抑えてメタルは椅子に腰を下ろす。
その代わり、その怒りをぶつけるかのように机の上のクッキーをバリバリと大食いし始めたのだが。
「まぁ、こちらについては願う立場だ。文句は言わないが……、型はどうなっている? 先程の強姦現場から察するに、一段落付いたと見えるが」
「強姦って何よ。和姦よ」
「まずその表現を止めてくれませんか!?」
「まぁ、ハドリーが襲われたのは置いといて……。どうなんだよ、イトー」
クッキーを貪り食いながら、メタルは恨めしい視線を彼女に向ける。
幾ら頼み事をする立場とは言え、まさか食材狩りとしてパシるのは無いだろう、とでも言いたげにだ。
これでハドリーに夢中で型を作り忘れていたなどと言おう物なら、何といちゃもんを付けてやろうか。
「あ、もう出来たわ」
メタルの吹き出したクッキーの粉末がリドラに飛散するまでは一瞬だった。
それを被ったリドラは無言のまま立ち上がり、彼の口に無理やり緑茶を流し込む。
気管に緑茶が入った事で噎せ返ったメタルを放置し、リドラは布巾でクッキーの粉末を拭き取っていた。
「っざっけんな! 三日って言わなかったか!?」
「スズカゼたんに同調させるのに二日、よ。余裕を持ってね」
自らの知り合いなのだから、この女が規格外だという事は知っていた。
それでも、やはり、この常識外れさには何度でも驚かされる。
「……マジ?」
「ハドリーたんのおっぱいに誓って」
彼女の頭をハドリーが叩こうと掌を振り上げるまで一瞬。
その一撃を回避しイトーが彼女の胸を揉むまで刹那。
森の魔女の家には凄惨な女性の悲鳴が響き渡っていた。
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