魔女のお持て成し
《森の魔女の家》
「緑茶で良いかしら」
木で出来た、大きめの机。
リドラとハドリーはそこに置かれた空のティーカップを前に、かなり緊張した様子で背筋を伸ばしていた。
尤も、リドラの背筋は伸ばした上で猫背なのだが。
彼等は疲労のせいで今すぐにもベッドに潜り込みたいほどの睡魔に襲われるが、流石にこの場で寝る勇気はない。
「りょ、りょく……?」
「私が育ててる茶葉よ」
彼等は外で焼け焦げているメタルを回収して、魔女の家へとお邪魔していた。
家の中は本当に一人暮らしのそれで、様々な本や家具など、綺麗に並べ立てられている。
隠居生活とはこの様な家で使われるのだろう、と思えるほど、俗世から離れ静かに暮らせる家だ。
「……それで、森の魔女殿。私は」
「森の魔女って呼ぶの止めてくれる? 私にはイトー・ヘキセ・ツバキって名前があるの」
「……イトー殿、か。私の名前は」
「リドラ・ハードマンにハドリー・シャリアでしょう? 全く、汚い分際で私の家を尋ねて来て……」
その言葉に、思わずハドリーは眉根を寄せる。
この人も、所謂、獣人否定派なのだろう。
仕方ない、その扱いには慣れていたはずだ。
スズカゼやゼル。リドラやメタル、デューのような、獣人にも分け隔て無く接する人と付き合ってきたためか、忘れていただけだろう。
だけど、どうしても、この扱いにはーーー……。
「……本当に、臭いわ」
子供のような身長の森の魔女こと、イトーは席を立ち、リドラとハドリーの側へと歩み寄ってくる。
その手には何やら長い、火掻き棒のような物が握られていた。
「お、おい」
彼女は躊躇無く振り上げ、そして。
「ごぁっ!?」
リドラの頭部を強打した。
「えっ」
「臭いわ。野郎の分際で私を尋ねてくるなんて」
彼女が臭いと言っていたのはリドラだった。
普通の人間の、リドラだ。何の変哲も無い。
だと言うのに彼女はリドラを臭いという。自分では無く。
「その点……」
何と例えれば良いのだろうか。
氷の上に滑らせた魚とでも言えば良いのだろうか。
凄まじく滑らかに、俊敏に、的確に。
イトーの掌がハドリーの薄着を掻き分けて、彼女の胸を鷲掴みにする。
「あー。良いわぁ。良いわぁー」
「いひゃぁああああっっ!?」
服の上からなので何をしているのかは詳しく解らないが、明らかに異常な上に慣れた手付きなのは間違いないだろう。
段々とハドリーの顔が紅潮し始め、甘い声を漏らし始めたのは技術故だろうか。
「女の子良い。うふっ、げひひっ」
「や、やめっ、……ぁんっ!?」
「ほれほれ、ここが良ぇんか? ここが良ぇんか? 固くなってき」
ゴゥンッッ!!
「のべぇっ!?」
黒焦げた拳が彼女の頭を打ち、凄まじい音が鳴り響く。
それにつられてイトーの掌も彼女の胸からするりと抜け落ちる。
はぁはぁと息を荒げながら、ハドリーは涙目を隠すように蹲った。
「何やってんだ! この変態女ァア!!」
「……何よ、メタル。アンタだってメイアたんの香りがしなけりゃ叩いてるわ」
「マジで変態だなテメェは……!!」
火掻き棒をぶんぶんと振り回しながら、イトーは部屋の奥へと入っていく。
恐らく緑茶を淹れに行ったのだろう。残された面々は何とも言えない状態に陥っていた。
鈍い痛みに頭を抑えるリドラ、はぁはぁと息を荒げ涙を目に浮かべるハドリー、チリチリと焦げた髪先を直すメタル。放置された包帯の塊ことスズカゼ。
何ともカオスな空間である。
「め、メタルひゃん……。無事だったんですかぁ……」
「無理すんな。後で、後で良いから。まずは落ち着け、って。な?」
「何が森の魔女だ……! ただの変態子供ではないか……」
「否定はしねぇ。……ただ、アイツ、アレでも俺達の数百倍は生きてるぞ」
「「はぁっ!?」」
「いや、マジで」
呆然とした二人の前に、ひんやりとした緑茶が注がれる。
いつの間に戻ってきたのかとそちらに目を向けたリドラは、自らの常識にぴしりと亀裂を入れる事に鳴った。
「……ティーポットが、浮いてるんだが」
「魔女だからな」
お茶を注ぎ終わったポットはふよふよと部屋の奥へ戻っていく。
それと入れ替わりに、皿が机の上に置かれ、その上にクッキーが乗る。
「皿が来てクッキーが乗ったんだが」
「魔女だからな」
お茶とお茶請けの準備が出来たところで、遂にイトーも姿を現した。
彼女は奥の部屋から出てくるなり、上着を脱ぎ捨てて下着一枚となりハドリーへと飛びつく。
再び魔の手に襲われた彼女は必死に逃げようとするが、その技術の前に力無く為すがままにされるだけである。
「……ハドリーが襲われてるんだが」
「変態だからな……」
「……それで、どうして来たのかしら」
ハドリーを満喫して、満足そうに肌を潤したイトー。
先程とは打って変わって、彼女は真面目な口調でそう述べた。
とは言え、包帯の塊であるスズカゼを隣に置いたことから、大体の用件は解っているのだろう。
その上で、形式的な質問としてこれを投げかけてきたのだ。
リドラはそう理解した上で、こほんと一息ついた。
「ハロウリィ、イトー・ヘキセ・ツバキ殿。我々はサウズ王国より参りました。ご用件というのはメイアウス女王の推薦により、貴方に第三街領主のスズカゼ・クレハ伯爵を治療していただきたく……」
「……でしょうね。そんな事だと思ったわ」
彼女は包帯の塊に指先を這わせ、その様子を確認する。
魔力の込められた特殊な包帯だ。特別な物である事は直ぐに解った。
だが、彼女が感じるのはそれだけではない。
「……へぇ、精霊と同一化してるのね」
「わ、解るのか……!?」
「イトーは魔術や魔法の、魔力が関わる分野に置いては最高峰の知識と技術を持ってる。[森の魔女]の名は伊達じゃねぇぜ?」
「強い魔力を感じるわ。これは魔具……、火属性ね?」
「ま、[魔炎の太刀]という魔具を持っています」
「それだけじゃない。尋常じゃ無い魔力を感じるわ」
「[魔炎の太刀]はその魔力の負荷分を吐き出す役目を担っている。今はメタルの[アビスの腕輪]に封じている状態だ」
「なるほどね。……胸が無いわ。男ね?」
「……女です」
「えっ」
彼女は何度も確認するように、スズカゼの胸に指を滑らせる。
感触は、ない。
「……え?」
起きたら殴られるんだろうなぁ、と考えつつ。
リドラは緑茶を啜り、ハドリーはクッキーを囓っていた。
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