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獣人の姫  作者: MTL2
彼女と獣人
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ホームレスの一日

【サウズ王国】

《第三街南部・空き地》


「…………」


「…………何か?」


広い空き地に彼女は居た。

いいや、正しくは彼女達、だ。


「お姉ちゃん、いつもここに居る」


透き通るような水色の髪と、限りなく白に近い青の瞳。

不健康そうに痩せ細った体は見るからに脆く、叩けばその場で砕き割れてしまいそうな程だ。

肌も荒れているし髪もボサボサ。

手入れしていないファナとは違って、それは健康面から来る物だろう。

だが、その少女の瞳は健康状態とは真逆の、非常に輝いている物となっている。

そしてその瞳が向けられているのはファナに対して、だ。


「……それが?」


だが、そんな少女に対してファナは非常に不快そうな表情をしていた。

普通の子供ならば彼女も体裁上は取り繕ったかも知れない。

だが、ファナの視線はその少女の頭にある、ピョコンと飛び出た耳に向いていた。

恐らくは犬か猫の獣人だろう。かなり人間寄りではあるが獣の血も混じっている事に違いない。


「家、無いの?」


「……貴様には関係ないだろう」


そう、ファナにも一応は家が与えられている。

第三街にあるとは言え、他の家よりも遙かに高価な家だ。

外見こそ変わらないので注目は浴びないだろうが中身は第二街の家々と変わらない。

シャワーもあるしベットもある。それでも彼女がそこに住まない理由。

それはその家の周囲三十メートル全てが獣人の家だからだ。

恐らくバルドの差し金だろう。ファナからすれば嫌がらせでしかない。


「無いなら、私の家に来ない? ご飯はないけど、ベッドはあるよ」


「要らない。必要無い」


「でも、こんな所で寝てたら風邪……」


少女の髪先を擦り、虚空を駆け抜けていく一閃の光。

チリチリと焼け焦げる音が少女の耳に流れ込み、彼女の全身から汗を噴き出させる。

いや、それよりも彼女の心底を恐怖に引きずり込んだのはファナの眼光だった。

冷徹な、氷のように凍てついた眼光。

齢十もない少女が見るには、余りに恐ろしい物だった。


「ーーーー……っ!」


必然、少女は急いでその場から逃げ出した。

赤子の拳一つ分でも動いていれば眼球が蒸発し、耳が焼け飛ぶような一撃を放たれたのだ。

そうなるのは当たり前だろう。


「獣人風情が……」


ファナは吐き捨てるように、そう呟いた。

彼女の脳裏に駆け巡るのは今し方逃げた少女の姿ではない。

血に塗れたナイフを持ち、口元を歪める獣人の姿だった。


「……獣人、風情が」






「……」


月が沈み、日が昇って日付が変わる。

太陽が東の地平線から顔を出し始めた頃、ファナはその瞼を開けた。

寝袋から起き上がった彼女は周囲を見渡して、改めて自分の現状を確認する。

本当ならば今から鍛錬を行って、時間が来れば王城守護部隊の任に着くはずだった。

それが今では起きれば三食を得るために、第二街で開かれている朝市に行かなければならない。

顔を隠してこそ居るが、解る人間に見られれば一発でバレてしまうだろう。

そんな事を彼女のプライドが許すはずもない。


「……はぁ」


だが、そんな事を危険視していても仕方ないだろう。

朝市に行かなければ格安で食物が買えない。

それはつまり今日一日を空腹の内に過ごすという事だ。

それだけは何としても阻止しなければならない。


「行くか……」




《第二街西部・朝市広場》


「む……」


第二街西部の朝市広場に入った彼女を迎えたのは、香ばしい薫りと空腹感をかき立てるような肉の焼ける音だった。

真っ黒な鉄板の上でじゅうじゅうと音を立てながら、香ばしい肉汁の煙を空へ立ち上らせていく。

数日前からまともな食事と睡眠を取っていない彼女からすればある意味ご褒美である意味拷問だ。


「……」


食べたい。

じゅうじゅうと音を立て香ばしい薫りを放つ肉を口いっぱいに頬張って、肉汁を喉に流し込みながら柔らかく熱い肉を舌の上で転がしながら咀嚼したい。

ロドリス地方名産のベッカトの実を砕き、ドロドロの焼き肉ソースに振りかけてかぶりつきたい。

手元にスカイッシュ水など有った時には、もう堪らない。

熱々の肉を喉に流し込んでからスカイッシュ特有の、あの弾けるような喉越しでそれを上書きする。

あぁ、思うだけで唾液が溢れ手元が震えてしまう。

正しく味の悦楽とでも言おうか。

今、この状況でそれを味わってしまえばもう二度と戻る事は出来ない。

あのフェイフェイ豚の焼き肉は1300ルグ。

スカイッシュ水は500ルグ。

合計で1800ルグ。買えない金額では無い。

だがどうだろうか。残金は8万ルグと800ルグ。

この悦楽を味わってしまえば残金は7万と9000ルグ。

これからの生活を考えれば無駄な出費は出来ないし、今後もこの悦楽を味わってしまうだろう。


「……フン」


だが、そんな術中に填まるほど馬鹿ではない。

今の自分の状況を顧みれないほど阿呆ではないのだ。

自分が今するのはこれからの食料を得て、日々を過ごすこと。

あと何日か、それとも何ヶ月かは解らない。

この汚らわしい街から脱出する事こそが自分の使命なのだ。

その為にも無駄遣いなど出来るはずが無い。

そうだ。元の地位に戻るためにも、絶対にーーーー…………!!




「…………」


口端に香ばしいソースを付けたファナは虚空の色が宿った瞳で空を見上げていた。

やってしまった。1800ルグの損失。

得たのは快楽という名の蹂躙だった。

因みにフェイフェイ豚の焼き肉とスカイッシュ水のコンボは非常に美味だったらしい。


「あ、お姉ちゃん……」


朝市の食事コーナーで項垂れる少女に駆けられる声。

それは聞き覚えのある、小さくて可憐な声だった。


「……何で、第二街に獣人風情が居る?」


そう、それは先日、ファナに声を掛けてきた獣人の少女だった。

獣人故かその少女はファナのようにフードを深く被って頭から首までを隠している。

だが、例えフードで隠していたとしても獣人が第二街に踏み込むのは違法なはずだ。

もしこの少女が無断侵入していよう物なら、どのような罰を受けるのかは想像に難くない。


「あ、あの、これ……」


しかし、少女が取り出したカードによってファナは言葉に詰まる事となった。

そのカードは[第二街入街許可書]と書かれた物で、ご丁寧に王国公認の印まで押してある。

この様なカードは見たことがないが、スズカゼによって第三街の改革が行われたばかりだ。

新しく発行されていたとしてもおかしくはないだろう。

尤も、こんな子供がそれを持っている事は疑問なのだが。


「こ、このカードは罪を犯したことの無い、満10歳以上の子供に発行されるって……。獣人でも第二街に入れるカードで……」


「どうでも良い。獣人風情が私に話しかけるな」


「……でも、お姉ちゃん一人だったから」


「黙れ。そもそも貴様のような獣人が人の領域に入るな」


「で、でも許可証……」


「そんな物は所詮、紙切れでしかない。そんな紙切れで人間と獣人の問題が消えると思うな」


「それは……」


口籠もる少女を前に、ファナは露骨に眉根を寄せて表情を歪めていた。

それは嫌悪から来る物だが、少女への嫌悪ではない。

自分への、嫌悪だ。


「……っ」


何をしている。

こんな、一人で買い物するのがやっとのような子供を相手に。

解っている。これは愚痴だ。

どうしようもない憤りをこの子供にぶつけているだけだ。

これが王城部隊副隊長の、ファナ・パールズのする事か?

こんな、こんな事が……!!


ドンッ!


それは一瞬だった。

少女が儚い夢を抱えるように、大切に持っていて居たカード。

それが強奪されたのは。


「あっ……!」


少女は小さく声を上げて、そのカードへと手を伸ばす。

だが、それで強奪者が止まるはずもなく。

強奪者は食事コーナーの柵を超えて、素早い速度で走り去っていった。

体格からして男だろう。速力も流石の物だ。

しかし男であろうが何であろうが強奪は罪。

裁かれて然るべきだろう。

だが、ファナは彼の後を追わなかった。

ただ平然と、鳥が飛び立つのを見るように。

何も無かったかのように、走り去っていく男の後ろ姿を見ているだけだった。


「……ノロマめ。無防備にそんな物を持っているから、こうなる」


「か、カード……!」


「先程、言っていたな。罪を犯したことの無いのが条件だと。ならば既に罪を犯した獣人からすれば喉から手が出るほど欲しい、奪われるのは当然だ。増して、貴様のようなノロマだ。恰好の的でしかない」


「お母さんに……、お使い、頼まれて……、私…………」


「ふん。自分の鈍さを悔いるんだな」


ファナは少女のことを道端の石ころのように見捨てて、そのまま歩いて行く。

そうだ、これは石ころを蹴っただけに過ぎない。

自分の隣で石ころが転げようと、関係ないのだ。

所詮は獣人。どうなろうと知った事ではない。

そう、どうなろうともーーーー…………。



―――――ごめっ、ごめんなさっ……、お母さ…………



「ーーーーーーーーーーッッッッ!!」


ファナが振り返り、放った一閃の一撃。

それは街を行き交う人々を針穴に糸を通すかのように通り抜けて、必死に走る男の肩を貫いた。

高熱の、鉄塊すらも溶かす魔術の一撃だ。

彼女の一撃がその強奪者の血肉など簡単に貫いて、内部から血液を蒸発させるのは当然の帰結。

そして、それが想像を絶するような激痛を伴うのも、至極真っ当な結果である。


「ぎゃぁあああああああああああああああああ!!」


激痛を伴えば悲鳴を吐き出す。

その悲鳴は街を行き交う人々の注目を集め、男を囲む檻を作りなす。

そう、野次馬という名の檻を。


「……お、お姉ちゃん?」


「貴様を狙ったのに、狙いが逸れた。……それだけだ」


ファナは強奪者がそうしたように食事コーナーの策を飛び越えて、野次馬の檻に閉じ込められた男へと近付いていく。

一歩、一歩、一歩、一歩、一歩と。

普通の人々よりもゆっくりと、しかし確実に。

自らの記憶を呼び起こした男へと、近付いていく。


「ひぃ、ぎゃっ……! あぁあああ……!!」


未だ血肉が蒸発音を立てる肩を抑えながら、強奪者はその姿を見つけて後退る。

足で必死に藻掻くも靴は地面に滑り、手は動かない。

死ぬ。間違いなく、殺される。


「返して貰うぞ」


だが、ファナは男からカードを奪ったきり、もう何もしなかった。

後は王立騎士団がどうにかするとでも言うかのように、彼女は強奪者を道端の石ころのように無視したのだ。

そう、彼女からすれば隣で石ころが転げようとも、それを蹴ってしまったとしても関係ない。

所詮、それは石ころでしかないのだから。


「あ、ありがとうございます!」


自分の手から零れるように落ちたカードを受け取った少女は、嬉しそうに、満面の笑みを浮かべてそう言った。

もう話さないと言わんばかりにカードをぎゅっと胸元に埋めて。

彼女は、ファナに礼を述べたのだ。


「……馬鹿馬鹿しい」


石ころだ。

所詮、これは獣人の、石ころだ。

転がっても、蹴っても、私には関係ない。

だけれど、この石ころは。

蹴らないでおいても、良いかもしれない。


読んでいただきありがとうございました

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