少女を救う策
【サウズ王国】
《第一街南部・リドラ子爵邸宅》
バタンッ
木で造られた扉を閉める音が、静寂の邸宅内へと鳴り響く。
その音は全てが決断された合図で、全てが診断された合図でもある。
木造の扉から出て来た白衣姿のリドラに対し、ハドリーとメイド、そしてゼルは、彼を見上げて不安そうな表情を浮かべていた。
「……どうだ?」
王城の大広間で胸を撃ち抜かれたスズカゼ。
本来ならば即死であろうが、彼女には未だ微かに息があった。
それは急所から外れた故か、それとも彼女の性質故か。
彼等はそれを判断するよりも前に、彼女をリドラ邸宅へと運び込んだのだ。
最も近いのは王城の治療所だったが、そこにスズカゼを放り込んでしまえば、少なからず彼女の体質である[霊魂化]が露呈する危険性があった。
故にリドラの邸宅へと移動させたのだ。
彼の邸宅には専門的でないとは言え、治療道具がある。
足りない物は王城から運び抱いてしまえば何の問題もないという訳だ。
「何とも言えないな」
「……どういう事だ?」
「死んでは、いない。だが死んで居るも同然だ。人間の体はな」
「それはつまり、今のスズカゼを生かしているのは精霊の要素……、即ち[霊魂化]だと言う事か」
「あぁ、そうだ。そもそも精霊は召喚されて死亡した場合、屍を残さない。……尤も、召喚者が召喚を止めるか死ぬか、という条件付きだがな」
「……確か精霊の召喚についての説に、精霊は別世界の存在で、それを魔力によってこちらに召喚している、というのがありましたね」
「そうだとすれば精霊は死なない事になる。いや、正しくは死んでから別世界で再生する、と言った所か」
「……常に召喚され続けるスズカゼは、どうなるんだ」
「そこだ。自己を生かそうとする自己修復、と言うよりは精霊要素の浸食により、スズカゼは生きている」
「そ、それじゃぁ、スズカゼさんは……」
「[霊魂化]が異常に進行している。放っておけば精霊と化すだろうな」
「防ぐ手立ては?」
「人間の要素を回復させること。……精霊要素を強化させないように、魔力を使わずにな」
「そんなこと……、出来るはずがない」
「あぁ、無理だ。現在の医療技術で出来る範囲を超えている。回復魔法なら話は別だろうがな」
「生きてるだけで儲けモンだ。……話を戻すがスズカゼは今、精霊のお陰で生きているんだな?」
「そういう事だ。ハドリーに言ったように精霊別世界説があるが、それが的を射ていてな。これは仮説だが、スズカゼは、スズカゼの一部である精霊は彼女自身の、全くの新種ではないのだろうか?」
「本人と同化している訳だからな。当然だろ」
「そう、だからこそ自身を死なせないようにするのは当然なんだが……、その点で妙な事がある」
「妙なこと?」
「自身を死なせないのは結構だが、どうしてスズカゼの精霊は死なない?」
「……?」
「先程の仮説通りなら、未だ召喚者であるスズカゼは生きているのだから、スズカゼの精霊部分は死んで、屍となっているべきだろう」
「……だが、なっていない」
「あぁ。その点についての鍵はスズカゼの胸を貫いた弾丸だ。アレには魔力が込められていた。どのような魔法、魔術かは解らないが、少なくともその類いが付与されていたんだろう」
「……ファナが言っていたが、その狙撃者であるフレースが居た場所からスズカゼを狙うことは不可能だったらしいな」
「と言うことは弾丸をテレポートさせるか、操作する魔法だったのでは?」
「だろうな。……だからこそスズカゼが助かったとも言えるかもしれないのだ」
「それが先程言っていた仮説、か」
「その通り。スズカゼは弾丸が帯びていた魔力を喰い、自己的に[霊魂化]を促進させて精霊部分を増加させ、自らを生き存えさせた」
「……理には適ってるが。それと精霊の要素との話に何の関係がある?」
「つまりスズカゼの精霊は特性として魔力を喰い、本人の傷を癒やす効果を持つ、という事だ」
「……傷を癒やす?」
「無論、仮説だ。今回は致命傷だったが故にその能力を臨時的に発動させただけかも知れない」
「そ、そう言えばスズカゼさんは大分前に調子がおかしいと言っていました!」
「私とメイア女王が彼女の[霊魂化]を突き止めた時だな。本来は魔力の増加により身体能力上昇している、と」
「……便利なモンだ」
「精霊と化すリスクがあるがな」
ゼルは眉根を寄せ、気難しそうに髪を掻き上げる。
要約すれば、現状、スズカゼは精霊に近い状態でどうにか生き延びている。
このまま放っておけば[霊魂化]により彼女は精霊と化してしまう。
解決する手立ては、魔力を使用せず彼女の身体を回復させること。
勿論、自然回復など使えるはずもない。魔術や魔法など論外だ。
また、現在の医学技術でそれを叶える事は不可能である。
結局のところ、如何なる原因だったとしても如何なる理由だったとしても如何なる結果だったとしても。
今のスズカゼを治療するのは不可能だ、という事なのだ。
「その、[八咫烏]のフレースと[黒闇]の連中はどうなったんだ」
「ファナ曰くフレース・ベルグーンは逃亡。[黒闇]は主戦力、基、幹部と思われるリィン及びテロは死亡。ニルヴァーという人物はフレースと共に逃亡したそうだ」
「そうか……、逃げたか」
「……ゼル」
「釘を刺すなよ。追ったりしないさ」
「だと良いがな。手負いとは言えスズカゼを暗殺しかける程の人物だ。下手な手負いの獣は万全のそれより恐ろしいと言うぞ」
「だから解ってる、って。……それよりも前に、スズカゼをどうにかすべきだろ」
「だが彼女のそれは……」
「あるさ。方法」
「何?」
これを解決すべき、策。
彼は未だ何処か気難しそうに、面倒くさそうに、疲労するかのように。
偽物の皮膚を無くして無様に露出した義手を掲げだした。
「……まさか、ゼル」
「奴に会いに行く」
正気か、と。
そうとでも言いたそうにリドラは口端を下げては上げ、上げては下げる。
ハドリーもメイドも、何のことか理解出来ずに互いに視線あを会わせ会っていた。
「人間一人の皮膚ぐらい、持ってくるんだ。可能だろ」
「だが信用出来る存在ではないし、そもそも会えるかどうか……」
「……一人、居るだろ。それぐらいのパイプ持ってそうな奴」
「た、確かに奴ならば持っていそうだが、まさか彼女となど」
リドラの困惑を断ち切るが如く、ゼルは義手の掌を大きく開いた。
会うしかないんだよ、と。それしか解決策はないんだよ、と。
彼はその言葉を述べるごとに、俯いていった。
「森の魔女に、な」
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