闇を超えて鉛は迫る
《王城・廊下》
「かッ……!」
壁面に叩き付けられたスズカゼは、全身から酸素を絞り出されるような感触に襲われる。
華奢な体は眼前の男達によって、まるで紙切れのように吹っ飛ばされたのだ。
「第三街領主、スズカゼ・クレハに間違いないな?」
「あぁ。目標確認。これより排除する」
黒衣の男は三人。他とは明らかに逸脱した存在だった。
スズカゼは白煙の中でそれを感じ取り、この三人を危険視したからこそ、大広間より脱出してきたのである。
あの白煙の中では何があるのか解らない上に、身動きも簡単に取れなかったからだ。
そして、この三人は予想通り自分を追ってきた。
今の言葉の指し示すように、目標が自分だったから。
「恨むなよ」
黒衣の一人は刃を構え、小さく呟いた。
今の自分は何も出来ない、ただの人間でしか無い。
あの刃が振り抜かれれば、どうなるかなど言うまでもないだろう。
血潮を浴びて、死ぬだけだ。
「スズカゼ!」
「スズカゼさん!!」
だが、そんな絶望的な状況を打破するかのように、彼と彼女の声は響き渡る。
廊下の曲がり角から姿を現した二人は、漸くスズカゼの姿を発見したのだ。
「メイドさ……、メタ……」
だが、彼等と自分の間には距離がある。
十数メートルほどだろうか。それに対し、黒衣の男とは数メートル程度だ。
彼等がこちらに来て、黒衣の者共を倒すには、余りに距離が大き過ぎる。
「遅い!!」
振り抜かれた刃。
それは悠然と、しかし直結的に。
彼女の薄白の首筋へと、振り抜かれる。
「ってぉッッらァ!!」
だが。
その刃を弾く金属の物体が、一つ。
メタルが全力で振りかぶり、投擲した物体が、あった。
「まーーー……!」
金属体のそれに弾かれたナイフの反動は、そのまま黒衣の男を仰け反らせる。
それにより出来た隙は一瞬だ。
メイドやメタルが、ここに至るには余りに短い、一瞬。
だが、その一瞬があれば、この状況を打破することが出来る。
「[魔炎の太刀]!!」
空中で反転する、一本の刀。
美しい、純粋な焔を宿した装飾を持つ一本の太刀。
この状況を打破する、唯一の武器。
「さァせるかァアア!!」
弾かれた男とは別に、左右の二人が彼女へと襲い掛かる。
それは数秒の内に行われる、強力な一撃。
然れど、その数秒もあれば、少女は紅蓮の刃を世界に晒し出せる。
-----キンッ
虚空を切り裂くかのように鳴り響く白銀の音色。
振り抜かれた刃も一撃も等しく切断する一刀。
白を切り裂く紅は焔の刃なり。
「なっ……!」
彼女の一撃は刃を絶った。
相手はそれに動揺し、距離を取る。
そこまでに異変は無かった。何も、無かった。
「何で……!?」
黒衣の男、先程まで仰け反っていた男。
彼を貫通した弾丸は、スズカゼの頬を掠めていた。
眼前の男は胸部の中心から血飛沫を放ち、何が起こったのかすら理解できていないような表情で床へと沈んでいく。
どちゃり
重々しく鈍々しい、命の途切れる音。
男の血飛沫を浴びながら、スズカゼはただ絶句していた。
彼の両端に居た黒衣の者達も、今し方、死した男と同様、驚愕に双眸を見開いている。
「ーーー……え?」
メイドの悲鳴と、メタルの叫び声。
何が起きたのかなど、何も解らなかった。
眼前の男が血を吹いたかと思うと、そのまま床面に沈み込んだ。
自らの血を飛沫にして、それが足下に迫ってくる。
「逃げろスズカゼッッ! 狙ーーー……!!」
メタルの忠告を遮るように撃ち込まれる数発の弾丸。
窓硝子を破砕して、それらはスズカゼへと迫り行く。
「ッ!!」
彼女は怯える子供のように、刀を眼前へと移して強く瞼を閉じた。
防御と言うには余りに稚拙な行為だが、それは運良く一発の弾丸を弾き飛ばす。
だが、二発目と三発目はそうはいかなかった。
「づっ……!!」
肩先と耳を掠る弾丸。
直撃こそはしなかったが、薄皮一枚程度では済んでいない。
華美な衣服が自らの血液に汚されていくのを、スズカゼは見ずとも感じることが出来た。
今、運良く弾いた一発の弾丸。
もし、それを弾けなければ、自分は今頃ーーー……。
「スズカゼ! 伏せろ!!」
メタルの絶叫に、スズカゼは思案する間もなく従っていた。
それは本能故に従ったのか、恐怖故に思考が停止していたのかは解らない。
だが、数秒としない内に、自分の頭上には数発の弾丸が撃ち込まれていた。
「メイド! お前は隠れてろ!! 敵の狙いはスズカゼだ!!」
「は、はい! スズカゼ様を……」
「解ってる! 良いから行け!!」
彼の豪声に戸惑いながらも、メイドはスズカゼへの一瞥と共に、廊下の奥へと走り去っていった。
残ったメタルは周囲を確認する素振りすら見せずに、スズカゼへと突っ込んでいく。
仲間の死と荒れ狂う弾丸、そしてメタルの突進に不意を突かれた黒衣の者達は、反応することすら出来なかった。
「テメェ等は退いてろ!!」
メタルは空中を飛空し、黒衣の一人の顔面を蹴り飛ばす。
全力疾走という助走からの全体重を乗せた一撃だ。
大の大人相手とは言え、昏倒させるには充分だろう。
「きさーーー……っ!」
メタルは跳び蹴りから着地すると同時に[アビスの腕輪]を残る黒衣の者へと向けた。
腕輪は目映い光を放ち、その輝きの中から強大な影を出現させる。
「んな」
黒衣の者は別の意味でそれに反応できなかった。
そうなるのも当然だ。
飛び出てきたのは家具だの瓦礫だの机だの壊れた食器だの、と。
明らかにこの場に有り得て良いはずの無い存在なのだから。
「ぎゃぁああああああああああああ!!」
この場に有り得て良いはずの無い存在に潰されて、黒衣の者は情けない叫び声と共に質量の元に意識を押し潰される。
メタルはその質量を放った後に、結果を確認することなくスズカゼを抱き抱えて走り出していた。
彼からすれば黒衣の者共は障害でしかなく、生死などどうでも良かったのだろう。
「逃げるぞ!!」
地面に広がった血潮を蹴り飛ばし、メタルは全力で廊下を疾駆する。
先程の弾丸は窓を破ってスズカゼを狙ってきた。
つまり、この廊下が見える外から狙撃を行った、という訳だ。
この暗闇の中、アレほど的確に撃ってくる敵だ。
間違いなく[八咫烏]のフレース・ベルグーンだろう。
「め、メタルさん! これは一体……!?」
「襲撃! 敵来た! 逃げる!! 相手狙撃!! OK!?」
「い、いや……」
「取り敢えず今は良いから、大広間に戻れ! 彼処にはメイアもゼルもデューも居る! 狙撃してくる、フレースって野郎の居る場所からは見えない位置のはずだ!!」
「はっ、はい!」
刹那。
窓が突き破られる音が鳴り響き、メタルの片足から血飛沫が噴き出す。
彼は苦痛に呻く暇も与えられずに地面へと転倒した。
それに連れスズカゼも前方へ転げ落ちるが、彼女はすぐに起き上がってメタルへ駆け寄ろうとする。
「来るな!!」
だが、メタルはそれを拒絶した。
自らの足から溢れ出す血を必死に抑えながら、彼は必死の形相で彼女の助けを拒んだのである。
「良いから行け……! 奴の狙いはお前だ!!」
スズカゼは歯を食い縛り、手中の太刀を握り締めて。
踵を返して、そして走り出す。
彼女は振り返る事無く、大広間へと全力で疾駆していった。
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