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獣人の姫  作者: MTL2
西の大国
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夜空の元で

【荒野】


「……」


虚空の映る瞳の色は黒だった。

彼女の眺める全ては闇に覆い尽くされ、その中に点在する光は余りに美しい。

この手が届くことはない光を、独り占めにするために宝箱に仕舞ってしまいたいほどだ。

だけれど、自分が今見て居るこの美しい星空すらも見ることが叶わなかった人達が居る。

自分の目の前で死していった人達が居る。

理不尽な運命の下に獣にむさぼり食われた人達が居る。

それを救えなかった自分が居る。


「どうした、スズカゼ」


「……ゼルさん」


ベルルーク国からサウズ王国へと帰還する道中。

数日という時間が掛かる中、当然のこと休憩も必要となる。

サウズ王国騎士団という大団体だ。休息も時間も、その分だけ必要となるのは当然の摂理だろう。

スズカゼはそんな休憩の中、騎士団の団体とは少し離れた場所に居た。

心に思うことがあったが故に、団体の中に居る事を拒んだのだ。

そしてゼルはそんなスズカゼを見かねて、こうして近付いてきたという事である。


「考え事か」


「えぇ、まぁ、少し」


考え事と言えば、それまでだ。

所詮は過去の出来事。自分が悩んだってどうする事も出来ない。

強いて言うなれば、自分の贖罪は既に済んでいる。

アルカーを倒し、一時的にベルルーク国で犠牲になる獣人を無くすことによって、だ。

だが、それでも。

自分があの獣人を見捨てたという事実は変わらない。


「……ベルルーク国での、アルカーに喰われた獣人達の事か」


「……!」


「隠しきれてねぇんだよ。……ま、隠し事が下手なのは俺も同じだがな」


ゼルは面倒くさそうに頭を掻きながら、懐から煙草を取り出した。

ベルルークで貰った物だろう。現にそれは応接室でイーグが吸って居た物だ。

彼はそれを口にくわえ、さらに懐へと手を入れて何かを探るが、結局、目当ての物が見当たらなかったのだろう。

彼はスズカゼの元から少し席を外して、遠くで騎士団達が集まっている場所へと歩いて行き、そこの焚き火に煙草と、小さな火種を分けて貰ってきた。


「お前が何を考えてるのかも大抵は想像が付く。どうせ自分を責めてんだろ」


「……否定は出来ません。けど、その、何て言うか」


「忘れろとは言わねぇさ。あの出来事はお前という立場にとっもお前自身にとっても、衝撃的だった。それを忘れろっつーのは、酷だ」


「……私は、獣人を救えるなんて、そんな救世主じみた事を言うつもりはないし、言えるはずもない。だけど、せめて、自分の手の届く範囲では獣人を救いたかった」


「人として相応に、妥当で、充分な願い……、とでも言うのか? お前は謙虚だな。心も体も。特に胸も」


「……真面目な話なんやけど」


「こっちも落ち込むことがあったんで、少しぐらい明るい空気が欲しかったんだよ」


「……そうですか。死ねば良いのに」


「ストレートな言葉をありがとう。さらに俺の心が沈みましたよ」


「……で? 私が謙虚なことに何の問題が?」


「はぁ……。あのな、俺はお前の出生を知らねぇ。お前が何処で生まれたか、どういう風に過ごしてきたか。ま、記憶喪失のお前にそれを問うのも無意味だろうから聞かねぇけどよ」


「……はい」


「人は欲深い。目の前に金がありゃ拾おうとするし、体を求め合うし、血肉が欲しけりゃ武器を手に取る。その程度の存在でしかねぇ」


「何が、言いたいんですか」


「お前は余りに小さいって事だよ」


「……そうですね。現に私は獣人を救えなかった」


「だが、次は救った」


闇夜に白色の煙が立ち上り、小さな火種はぱちんと弾け飛ぶ。

物言わぬゼルの表情と言葉に、スズカゼはただただ、困惑していた。

彼は何が言いたいのか、と。

バボック同様に欲を求めよ、と。力を持って欲に従え、と。

そう言うのだろうか。


「……人間な、相応で妥当で充分な願いを持って、それを叶えられる奴なんて居ねぇんだ。いつだって身の丈に余る願いを持って、結局は叶えられず死んでいく。そして、その間際に漸く気付くんだ。……あぁ、自分は何て愚かだったんだろうな、ってな」


その言葉には実感が籠もっている。

それは彼自身の事だからか、それともそうなった者達を見てきたからか。

どちらにせよ、彼は今まで人の終わり方を何度も何度も見てきたのだろう。

時には戦場で、時には己の手の中で、時には己の手で。

何度も何度も、人の終わりという物を、見てきたのだ。


「それを持つのは、相応でも妥当でも充分でもない。そう言いたいんですか?」


「……いや、違う。考えてもみろ、スズカゼ。今まで人の世を動かしてきたのは何だ? 今まで人を動かしてきたのは何だ? 今までお前を動かしてきたのは何だ?」


「……動かしてきた物?」


「[欲]だよ」


言い切った。

この男は、論理観や道徳観の上で最も忌み嫌われる物を。

善意や勇気といった、善良な心の存在を踏みにじる一言。

[欲]を、余りに迷い無く、言い切ったのだ。


「いつの世もそうだ。人は欲を持って人を動かし、武器を手に取り、狂言を糾弾する。それが人の性だからだ」


「……よ、く、って」


「言葉で着飾るのは結構だ。善意や勇気っつーモンに言い換えるのも間違っちゃいねぇ。それを元に動く人間が居るのだって確かだ。だが、それはあくまで二面性を持つ一つの物でしかない」


「……その、一つの物が、欲こそが私に足りない物だと?」


「足りてるだろ。相応に妥当に充分にな」


「じゃぁ、どうして」


「足りないのは何も無い。ただ、あるとすりゃー、それは」


火種が燃え尽き、木炭の中で紅色がぱちりと音を立てる。

ゼルは吸い終えた煙草をその中に放り込んで、新しい物を懐から取り出した。

まだ微かに残る焔を新たな煙草に灯し、彼はそれを口へ咥え込む。


「信念」


「……しんねん?」


「お前には欲望がある。理由がある。覚悟がある。……だが、信念がない」


「信念……」


「卵で例えりゃ中身があっても殻がねぇ、って事さ。欲望を、理由を、覚悟を、を守り通し貫き通す[信念]。それがお前に足りない物だ」


夜空は広がる、何処までも。

無限に、夜鳥を従え、星を飲んで、月すら覆い尽くして。

信念があるならば、何処までも。

無限に、欲望を従え、理由を飲んで、覚悟を覆い尽くすだろう。

もし青空の中に夜鳥が飛び交い、星が照り、月が輝いているならば。

果たしてそれは美しいのだろうか?

否、全てが消え失せる。青の元に、光の下に。

全てが消え失せてしまう。


「信念っつーのは金で買えるモンじゃねぇし、かといって時間が生む物でもねぇ。自分で創るモンだ」


「……私にも、創れるでしょうか」


「創れるんじゃねーの? 心に年齢は関係ねぇよ」


「……ですね」


気砕けるように軽快な言葉を述べるゼル。

それに答えるように微かな笑みを見せるスズカゼ。

彼等にはもう、先程までの不安はないのだろう。

夜空の中を飛び交う夜鳥も、照る星も、輝く月も。

何処までも、それらは果てしなく。

光り輝いていた。


読んでいただきありがとうございました

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