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獣人の姫  作者: MTL2
西の大国
104/876

特別医務室前にて

《D地区・軍本部・特別医務室》


「容態としては、何とも言えないですね」


薄紫色の長髪を背中の半ばで纏めた、妖艶的な女性。

彼女は酷く複雑そうな表情で眼鏡をかけ直し、手元の資料を捲りながらそう答えた。


「どういう事だ?」


男ならば凝視してしまうであろう、豊満で扇情的な肉体。

そんな物には目もくれず、ゼルは酷く不安げにその女性へと言葉を返す。

彼女は彼の不安さを掻き消すような断定的な言葉も言えずに喉を詰まらせるだけだった。


「身体的な異常は無し。魔力面でも正常だし……、問題があるとすれば身体の疲労だけなんだけれど、それだけで昏睡状態に陥る説明にはなりません」


白衣を翻し、彼女は脚を組み直す。

男ならば欲情して当然のそれも、今のゼルには一糸の興味も引く事は無い。

彼はただ、眼前で額に汗を滴らせながら眠る少女に視線を向けている。


「……命に別状は?」


「ありませんね。恐らく数日もしない内に起きるとは思いますが……、この症状は例を見ませんので」


「あー、その、何だ。その事についてなんだが」


「えぇ、イーグ将軍から話は聞いています。特殊体質でしたね。通常の機器が使用できないというのも非常に珍しい話ですが……、そこは私の腕の見せ所です!」


「……あぁ、頼むよ。彼女は我が国の重要人物なんでね」


ゼルは苦笑と共に席を立ち、女性に頭を下げてから退室する。

彼が部屋を出るとき、一瞬だけ振り向いて見た少女の表情は相変わらず苦しそうな物だった。

それはまるで、何かから逃げているようなーーー……。



《D地区・軍本部・廊下》


「良い腕だろう。エイラ・アウロッタ中尉は」


壁にもたれ掛かった、燃え盛る炎のような色の頭髪を持つ男。

彼は特別医務室から出て来たゼルが自身に気付く前に語りかけた。

いや、或いは既に気付いていたのかも知れない。

だが、男からすればそんな事はどうでも良かったのだろう。

現に彼の表情は言葉通りの物ではなく、何処か笑んでいるようにも見えている。


「……イーグか」


「どうだった? 獣人の姫君の様子は」


「命に別状はないそうだ。……あぁ、彼女は良い腕だったよ」


「ふん、感謝しろ。少しばかり融通してやったんだからな」


「その点については礼を述べる。助かった」


「何、面白い物を見せて貰った礼だ」


イーグはスズカゼの体質を知っていた。

彼は獣人の姫という噂を聞いた時点でスズカゼに目を付けていたらしい。

様々な思惑を行うもクグルフ山岳の時点である可能性に気付き、今回、国に彼女を招くことでそれを確信した。

そう、この国にスズカゼ一行を招いたのはバボックではなくイーグだったのだ。

そして、彼は実際にスズカゼに会い、確信を持つ。

この小娘は人間では無いーーー……、と。


「……だが、今回の一件については礼は言わねぇぞ」


「解っているとも。貴様がそう易々と人に頭を下げないことぐらいは」


イーグはその確信を持った上で、ある行為を行った。

先の襲撃で国裏を襲ったアルカー。

それの討伐にスズカゼを、単独で向かわせたのである。


「だが、素晴らしい結果となった。非常に面白い結果にな」


結果的に言えば、アルカーの撃退には成功した。

いや、それだけではなく国家的な被害はゼロに等しかったらしい。

無論、獣人も含めてだ。


「見事ではないか。アルカーを全滅させるとは」


全てが終わり、軍基地へと戻ったイーグが見たのは数々のアルカーの死体だった。

それらは等しく巨大な何かに圧砕されたかのように引き裂かれており、とても原形を留めてはいなかった。

その場を監視していた兵士に内情を聞いた彼は、スズカゼがどのような一撃を放ったのかを即座に判断したらしい。


「魔力を放つだけの一撃と言えばそれまでだ。……だが、それの驚異については貴様が一番よく知っているだろう?」


「……あぁ」


例えで用いるが、ファナは魔力を収束させ、火属性に変換して放つまでが一撃だ。

それに対しスズカゼが放ったとされる一撃は単純に、自らの内部にある魔力を解き放ったに過ぎない。

言うなれば砲弾を大砲に込めて放つのと、そのまま放り投げる事の違いとでも言うべきだろうか。


「何を持たせた? どうして、あんな一撃が放てたんだ」


「俺の魔力で顕現させた[魔炎の太刀]だ。嘗て火属性の魔法石を使った事があったのか知らんが、上手く適応したようだな」


「……魔力で顕現って、お前。そりゃ、魔具じゃねぇのか?」


「そうだな。それがどうかしたか?」


魔具。

それは魔法石の上位的存在であり、市場に出回っても一族が数世代に渉って遊べるほどの金額になると言われる物だ。

理由としては自然的に発生することはほぼ皆無であること。

そして魔法石よりも遙かに高い効果を持つことだろう。

無論、今のイーグのように簡単に作って簡単に他人に渡せるような物ではない。

それを彼が行えたのは四天災者という規格外の存在であると同時に[灼炎の猟犬]のような、精霊や妖精では無い存在を顕現させる事を得意とする故だろう。


「少なくとも、俺が魔力供給を止めるか死ぬかするまでは顕現するだろう。それまではあの小娘に持たせておけ。あんな出来損ないの木刀より何倍もマシだ」


「そりゃ、有り難いが……。イーグ、どうしてお前はそこまでスズカゼに肩を貸す? この一件だってバボック大総統には報告してないんだろう?」


「……肩を貸す理由、か」


そもそも、イーグはベルルーク国の将軍だ。

この国でスズカゼの体質について知り得るのは彼だけだろうが、国家的に見ればそうだとしてもそれをバボックに報告しないメリットはない。

もし報告すればサウズ王国を追い詰めることなど容易だろうし、そうでなくともスノウフ国とサウズ王国の間に軋轢を生むことは可能だろう。

ベルルーク国の将軍という立ち位置だけ見れば、彼は今すぐにでもバボックへ報告すべきはずだ。

だが、彼はそれをしていない。


「俺にも様々な思惑がある。それを成すためには国家という枠組みに囚われる必要性はない。……それだけだ」


イーグは壁から背を離し、誰も居ない廊下の奥へと歩を進めていく。

別れの挨拶一つなく去る彼の後ろ姿を見ながら、ゼルはため息と苦笑混じりに頭髪を掻き毟っていた。

四天災者という存在は、そもそもその個人で国一つを滅ぼせる。

そんな存在が国という枠組みに囚われないのは当然かーーー……、と。


「……だが」


スズカゼの症状については、余り良い状態とは言えないだろう。

イーグの言う通りならば、彼女は魔力を大幅に消費したことになる。

それは体質的に考えても有り難い話だし、現状からすれば限界に必要な魔力までもを消費したとは考えにくい。

だが、どうしてこうも体調不良に陥る?

いや、体調不良と言うよりも、アレはーーー……。


精神的外傷トラウマに魘されてるようなーーー……?」



読んでいただきありがとうございました

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