7-4『しろくろウィングス』との出会い(上)
2020.07.03
誤字含め修正しました
おれを話題の方へと→会話の方へと
「も……もう、だめ……お願い寝かせてカナタぁ……」
「だーめ。
星降園にいたころはしょっちゅうこうして夜更かししてたでしょ?
ほら、ダイブしてヒーリングポーション飲んで。もう一回いくよ!」
時計の針はすでに一時を回っていた。
勉強部屋の椅子のうえ、イツカはもうぐたっとしている。
ルビーの瞳を潤ませ、べそまでかいて泣きを入れてくるけど、こればかりは許してやるわけにはいかない。
「うえええ~……もう無理ー! 無理だってばマジー!
いくら好きだって限界ってものがあるってどっかの猫神さまだって言ってたじゃん!」
「うん。神になってから言って?」
「オニ――!!」
「そもそもお前がまいた種でしょ?
はいはい、文句言ってる暇があったらはじめるはじめる!
いい、お前は『しろくろウィングス』の『大』ファンなんだよ。
大ファン名乗って恥ずかしくない程度に『ルカ』の呼吸を覚えこむまでは、ぜったいぜったいに寝かさないからね?」
「わああん!!」
これがもし徹夜にでもなったなら、イツカの勝利の可能性は完全にゼロになる。
だが、そうしてでも今日の放課後までに、イツカを『ルカ』の『大』ファンに仕立てなければならないのだ。
おれは心を鬼にして、イツカを特訓に駆り立てた。
どうしてこんなことになったのか。
その理由は、十時間ほど前にあった。
* * * * *
それは、今日……いや、昨日の放課後のこと。
学園からほど近い、とある有名エステ店の前で。
迎えの車を待ちながら、イツカはこんなことをのたまった。
「しっかしめんどーだよなー、闘技場の出場回数制限ってさー。
もっとガンガン出られてもいいのに!」
「お前ね……最大で月六回、一日三回も試合できて何が不満なの?」
闘技場の出場回数には、星数に応じた上限がある。
すなわち、零~一ツ星は月四回、一日当たり一回まで。
二ツ星は月五回、一日当たり二回。
四ツ星以上になると、許可を得られれば自由にやれるようになる。
……のだが、上限というだけあって、ガチにこれだけ出場したらいろいろともたない。
「しかも下手すると大半がラビットハントになるんだよ?
……覚えてるでしょ、シオンの話」
「……ああ」
シオンは一時期、上限である月四回、闘技場に出場していたという。
なんとか這い上がりたい一心でのことだったが、ほとんどの試合がラビットハント。
最後は会話もまともに成立しなくなり、ドクターストップがかかった。
アスカとミズキに出会えなかったら、そしてソウヤが支え続けてくれなかったら、どうなっていたかわからない。と、眼鏡の向こうの瞳を潤ませながらも打ち明けてくれたのだ。
さすがにイツカの表情もシリアスなものになる。
けれど、それも一瞬のこと。
やつはいつもどおり、ニカッと笑ってのたまった。
「けどさ、おれたちは独りじゃないだろ?
強ーい味方がいるんだぜ? 楽しい企画バトルもガンガンやるし!
俺たちの方から企画ラッシュで押してけば、ラビハンの数も抑えれるしって、そういう作戦だろ?
あ~。はやく四ツ星になりてーなー。それでバンバンいろんなバトルしてー!!」
「うんうん、いいよいいよー!
きみたちがいっぱい出場してくれればあたしもいっぱいお仕事できるからねー!」
「アカネさんまで……」
このノー天気猫め。つっこもうとすると後ろから腕を抱かれた。
おれたちの間に挟まるようにして、全開の笑顔でニコニコしているツインテ猫耳美少女はアカネさん――エクセリオンのアカネ・フリージアだ。
今日、この店に連れてきてくれたのはこの人だ。今着ている私服をコーディネートしてくれたのも。さらには、今後の企画バトルの試合の衣装デザインを手掛けてくれるのも。
そのアカネさんにそう言われては無下に突っ込むこともできず、おれは困惑した声を上げるしかない。
「いろいろかわいーお洋服着せてあげるから、君たち自身も美容と健康にはよーく気を使ってね?
最低でも月一回はここにくること。メディカルチェックもちゃんと受けてね。
だいじょうぶ! 君たちの笑顔が損なわれるような無茶なプランがよこされたら、あたしがどーにかしてあげるから! どーんとお姉さんをたよりなさい!」
アカネさんは、どんっと胸を叩いて請け合う。
いつものように、ピンクの甘ロリで装った胸元はかなり清楚だ。それで胸元を大きく開けたデザインを着るのは、逆に卑怯だと思う。
いやいや、そっちに注目してはいけない。会話の方へと意識を引き戻す。
「うお、国家権力!
……いや、マジに? マジにいいの?」
「マジマジのマジよ!」
「えー! 助かるー! ありがとなアカネちゃんっ!」
「ど、どうも……ありがとうございます……」
エクセリオンは『マザー』に次ぐ高位の存在。
つまり、月萌国の人間の中では最高の権力を有する者たちといっていい。
そんな人が『ミソラちゃんのよしみだし、何よりきみたちかわいーもん♪』だけで最大限のサポートをしてくれるとは、ラッキーを超えるラッキーとしかいいようがない。
だが、裏を返せば。
そんな人であっても、『サポート』までしかできないのが現状だ。
おれたちは、どれだけ根深い闇に向き合っているのだろう。本当に、おれたちはやれるのか。何度目かの不安が湧きあがる。
「カナぴょんもタメでもいーんだよ? あたしたちはチームの仲間なんだし!
あっ、きたきた。さーさ乗って。学園までチャチャッと帰るよ!」
それを断ち切るように、アカネさんが明るい声を上げた。
そしておれたちの前には、行きに乗っていたのと同じ、つやっつやの黒のリムジンが停車したのだった。
うん、慣れろって言われたけれど、やっぱりまだ慣れられない。
いつもよりちょっとピカピカな顔で、平然とニコニコしているイツカを見ると、ちょっぴり恨めしくなってくる。
こいつ、あとでモフろう。おれはそう決意したのだった。
まもなくそれ以上の事態になることになんか、想像もしないままで。
高天原の門が近づくと、車止めでなにやらデコボコな二人組が話しているのが見えた。
背の高い優男と、やや小柄な制服少女だ。
少女はこちらにほとんど背を向けていて、顔は見えない。
中肉中背よりすこし小さくてきゃしゃ。柔らかな茶色の髪をゆるくみつあみにしていて、柔らかな雰囲気だ。
制服の背中には白い、中くらいサイズの翼が見える。詳細はわからないが、小さめの鳥のものだと思われた。
優男の方は全体的に緑色。しゃれたスーツと小さな帽子、そしてふさふさの狐耳は、微妙に濃さをずらした濃緑。やわらかなウェーブのかかった長髪も、淡い黄緑色。
こちらはすぐにわかった。エクセリオンにしてトップモデルのL-KAである。
彼もアカネさん同様、バトル衣装デザインを手掛けているらしい。
その関係でときどき校内に出没するとは聞いていたが、遭遇したのは初めてだ。
まあそれはおいとくとして、とりあえずおれは車から降りる準備を始めた。
というのも……
「ほらイツカ起きて。降りるよ? アカネさんも!」
「むー……もうたべれねーよー……」
「みゅう……あとごふーん……」
ふたりはすっかり、夢の中。
ベタな寝言を呟きながら、寄り添うようにして眠るネコミミ装備二人組は――おもにアカネさんのほうが――ほっこりするような可愛さだ。
それでも、これは少々困った事態だ。
起きないのだ、この眠り猫ズは。
声をかけても、かるく肩を揺さぶっても、生返事だけでまたすーすー。
イツカのやつはちょうどいいからモフり起こすとしても、アカネさんにそんな失礼はできないし、いったいどうしたものか。
そうこうしているうちに車は止まってしまった。
どうしようと思っていると、タカヤさん――なんと入学時にも送迎してくれた黒服さんだった、偶然ってすごい――が運転席から振り返り、気楽な調子で言ってくれた。
「あー、だいじょぶだいじょぶ。アカネちゃんはいつものことだから。
とりあえず降ろすから、カナタぴょんはイツカにゃん頼むわ」
「あ、はい、すみません」
ふたりを車外に連れ出して立たせると、タカヤさんはふたりのそばでこんなことを言う。
「はいはーい、つきましたよー。起きてー立ってー。
おおっ、あんなところにエルエルがっ!!」
「うおっ、エルカ?! マジにっ?!」
最後の一声を大きな声で告げれば、ふたりがパチッ!! と目を開ける。
すっかり目が覚めたらしいイツカが無遠慮に声を上げれば、エルカもこちらを振り返る。
おれが謝意を込めて目礼すると、「やあ」と小さく笑みを返してくれた。
そして彼は、濃緑の瞳を少しずらして帽子を上げた。
「少しぶりですね、アカネ」
「そうね、エルカ。
……あたしはもう行くから。じゃあね。」
「……ええ、また」
するとアカネさんは、これまでの楽し気な様子はどこへやら。
どこかよそよそしい感じで踵を返し、つかつかと歩き去ってしまった。
「すみませんね、大したことではないのですよ。
我々の間には、ファッションに対する意見の相違がありまして。
……まあライバル関係、とでも言えばいいのでしょうかね。
いずれ君たちともじっくりお話したいですが、今は打ち合わせがありますので……」
エルカはやれやれといったかんじで、小さく肩をすくめた。
するとそこへ、バタバタバタ。走る足音と叫び声が飛び込んできた。
おはようございます!
直接入力投稿だと、『L-KA』とした場合、ルビがずれてしまうのです。あの小さいかっこはどうやって出したっけ。
なので、執筆中小説をじわ投稿する機能を初めて使ってみました。
うまくいくといいのですが……




