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トーコさんの騒霊な日々  作者: 氷桜
トーコさんの騒霊な日々
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トーコさんと地獄の空に舞う


「ラスボスは閻魔サマ!? マジっすか?」


 なんか、とんでもなさすぎて勝てる気がしないっていうか。


「単純計算だと、レイディと煉獄丸の二人合わせたより強いんじゃないの?」


 俺がそうトーコさんへ言ったとたん、



『ピッ』

 システム・メッセージ:《守護霊:レイディ》と《神鬼:煉獄丸》が、スキル《カンフルエント》を発動しました。




 スキル《カンフルエント》!?

 それって《怨霊:七人ミサキ》が合体するときに使ったスキルじゃなかった??


 レイディと煉獄丸は、二重写しだった画像が一つになるように、徐々に重なっていく。

 それと同時に重なっていく姿がどんどん眩しくなる。


 あまりの眩しさに手で光をさえぎり、収まるまで視線を外した。


 終わりは唐突、光は消えうせて俺は手をどかして見る。


「トーコさん?」


 そこに立っているのは、見ようによって銀っぽい色した髪、青っぽい目、白っぽい肌。

 色彩はひと時も同じ色をとどめず、立ち位置や視線を少しでも動かすと微妙に違う色に見える、不思議な色合いだ。


 全体的にレイディによく似ていて、けれど見れば見るほど全然似ていないハズのトーコさんにも見えるし、ごっつい巨鬼の煉獄丸にも見える。


 それは視覚的な容姿だけじゃない、表情や雰囲気、しぐさ、と言ったどこか根源的な在り様がトーコさんにもレイディにも煉獄丸にも似ているんだ。


 ふと、パーティーステータスを見れば、レイディと煉獄丸の二つが消えていた。

 代わりに、《神霊:藤井陶子》と表示されている。


 えらい長いHPバーはレイディと煉獄丸と同じ物だが、違う点もあった。

 HPバーのど真中に、途中省略を意味する波の形をした二重線が描かれている。

 どんだけあるんだよ!?


 おまけにHPバーその物が眩く光っているのだ。


「トーコさん、なんですよね?」

「そうよ、これがあたしの奥の手。《レベル75エピック・ミスティック》よ」


「え~っと、レベル50オーバーなのと、エピックとかミスティックって何ですか?」


 《Unreal Ghost Online》のカンストレベルは、レベル50なハズ。

 レシオもユニークの上なんて聞いたことがないし、まして、ミスティックとか何それ?


「50になれば受けられる『超越者クエスト』を達成すれば、50の壁を越えられるわ」

「へ~? 全然知らなかった」


「そうね、今のところ、あたしだけよレベル50オーバーは。だからじゃない?」

「マジっすか!?」




 歩く俺たちの前方に、螺旋くれた樹が見えてきた。

 その根元に、先ほど見かけた二体の鬼が佇んでいる。


 《衣領樹(えりょうじゅ)の鬼:懸衣翁(けんえおう)

 《衣領樹(えりょうじゅ)の鬼:奪衣婆(だつえば)


 俺は慌てて、先ほど合体した際に透明化が解けているトーコさんに注意を促す。


「トーコさん、透明化しなくて良いんですか?」

「平気よ、この状態のあたしに楯突くのは地獄には居ないから」


 地獄の沙汰もレベル次第ってことか。


 その場所を通り過ぎるとき、二体の鬼はトーコさんを憎憎しげにずっと睨んでいる。

 それでも、トーコさんから一定の距離以下に近づこうとはしなかった。




「この先に川のように見える場所があるけど、それただの幻だから気にせず歩いて」


 川? もしかして三途の川か?


 少し歩くとそれが見えてきた。

 川の幅は荒川くらいだろうか、近くはないけど向こう岸は難なく見える距離だ。


「これが幻?」

「仮想表示と同じで、見えてるけどバーチャルでしかない川だから無視して突っ切れる」


 トーコさんは言うなり川をザブザブと横切って歩き始めた。

 その姿はどんどん川底へと沈んでいくように見える。


「あ、まってくださいよ~、トーコさん」


 俺は背中のバランスを取るために背負っている珠璃を揺すり上げ、追いかける。

 足を踏み入れると、なるほど確かに水の中のような感じにも思えるけど、気のせいにも思える不思議な感触の水だ。


 水の中へ顔を沈めるときは、「えいやっ」と掛け声を上げて一気に潜った。


 呼吸も普通に出来る。

 見上げればプールの底から上を見上げたように水面が頭上にあった。


「天太が単純で助かるわ。いっくら幻だって言ってもなかなかそう思い込めないヒトが多いのよ、心の弱いヒトにとっては本物の三途の川になるからね、これは」


「褒めてるんですか? それ」

「もちろんよ、ここで手間取りたくなかったもの」


 対岸の川底には洞窟のような穴がポカリと開いている。

 さすがに地獄を自分の庭だと言い切るだけある、ショートカット?


 洞窟へ入りさらに歩き続ける。

 三途の川は俺たちの身体にずっとまとわり付くように漂っている。


 洞窟を抜けると、そこは地獄だった。


 俺たちが歩く道の右側が焦熱地獄、左側が極寒地獄。

 その他にもあらゆる地獄をここから俯瞰で見ることが出来た。


 血の池地獄、針山地獄、無間地獄、黒縄地獄、等活地獄

 向こうに浮かんで見える凍った大地は、摩訶鉢特摩(まかはどま)地獄だろうか?




「ここから先、珠璃はあたしが運ぶわ」


 そう言うと、俺の背中から珠璃を受け取ってお姫様ダッコするトーコさん。


「あの~、俺は?」

「天太は、あたしの背中にしがみついてちょうだい」


 !!

 mjsk!?


「そ、それでは、いただきます!」


 ガバリとしがみつく俺。右手はトーコさんの右肩の上から回し、左手は左脇から前に通して右手とがっちりと掴む。

 当たり前だが、その位置はムフフだ。


 いつでも、ニギニギの準備オッケー!


「天太」


 肩越しに振り返り、ニコリと微笑む銀髪美女トーコさん


「この身体だとデコピン一発でひき肉にしちゃうから見逃してあげてるだけだからね?」

「もも、もちろんですとも! こちとら紳士ですから!」


 手は自分の腕をがっちり掴んで離さないほうが良いらしい。

 それでなくとも周りは全て地獄なのだ、これ以上の地獄はもう見なくて良い


「じゃ、離さないでね」


 とん


 ふわっ


 かるく地を蹴ると、上昇気流に運ばれる羽のように浮かび上がっていく。

 それはまるで無重力の大空を舞うようだった。


 背中にしがみつく俺はというと、何かの力場が作用しているのだろうか?

 自分の体重を支える必要すらもないほどだ。

 ただトーコさんから離れないようさえ気をつけて、しがみ付いていれば良かった。


 軽く蹴り上がっただけなのに、眼下の地獄はぐんぐん遠ざかって行く。


 見上げれば、地獄の空に浮かぶ薄紫色の雲。

 そこには赤っぽい木造の大きな建物が建っている。

 そこを目指しているようだ。


 あれが閻魔サマが居るという宮なのだろうか?


 どんどん近づき、あっという間にそこへ着地して短い空の旅が終わった。


「もう手を離していいわよ?」

「はぁ~~~、トーコさんと一緒なら天国の空を飛んでた気がします!」


 一度深呼吸。

 トーコさんの空気をいっぱい吸い込んでから離れる。


「ホント、天太って調子いいんだから」


 呆れた口調だけど、嫌がってはいない……よな?

 ふふふ、こうしてスキンシップのハードルが少しずつ下がっていくのだよ、ニヤリ。




 珠璃をまた俺が背負って、どこを見ても、宮!って感じの渡り廊下を歩く。


 けれどここは見ていると距離感がおかしくなりそうだ。

 明らかに人間サイズではなく、鬼サイズに合わせたのが丸判りの大きさの建物だ。


 トーコさんは勝手知ったる感じで歩いていく。

 途中、何度か巨大な鬼たちとすれ違ったが、皆トーコさんを見かけただけで襲ってくるどころか遠巻きに見ているだけだ。


 ただ歩いてるだけで暇になった俺は、


「『超越者クエスト』って難しいんですか?」


 さっきの話で疑問を持ってた部分を尋ねる。


「ほぼムリゲー。そもそもあたしの他にラスボスまでたどり着いた人が居ないし」

「うわ、ラスボスまで行けないのか。 そしてラスボスも鬼強いってわけですね?」


「強いっていうか、チート? 相手は《星霊:Lv50ユニーク・アストラ》なのね、そもそもラスボスのHPが9千9百9十9万9千9百9十9ってだけでも非常識なんだけど」


 HPが99,999,999!?

 いや、トーコさんの口ぶりだともっと非常識な何かがあるのか?

 俺は固唾を呑んで次の言葉を待った。


「ダメージ・スレシホールドが1億なの」


 だめーじすれしほーるどがいちおくなの


 聞きなれない単語が飛び出したせいで、何を言われているのか判らない。

 俺がそれって何???? って顔をしてるとトーコさんが補足して説明してくれた。


「一撃が1億未満のダメージは、ダメージ・ゼロと扱われて、ノーダメージなの」


 …………………………え?


「あの、トーコさん、一撃でHPを全部吹っ飛ばされない限り倒せない、って聴こえたんだけど、気のせいかな?」


「正しい解釈よ。当時レベル50ユニーク・ヒーローだったレイディや煉獄丸の最大攻撃力でも、一撃ダメージが200万くらいしか出せなかったから、そのままだと一生倒せないわね」


 ダメージが一撃200万!?

 何?その数値。


「《アリアンロッド》が今までに出した最高ダメージでも1000くらいなんですけど」

「普通そうね。そんなワケで奇跡的にラスボスにたどり着いても、アレはきっと倒せない」


 雲の上の話だ……

 でも倒したんだよね?

 その《神霊:藤井陶子Lv75エピック・ミスティック》で。


「一般に知られるレシオはユニークまでだけど、その上にミラクルとエピックとメビウスがあるし、ランクではレジェンドの上にミスティック、アストラ、そしてゴッドが存在してるわ」




レシオ

 マイナー   x1/2

 ノーマル   x1

 メジャー   x2

 ユニーク   x4

 ミラクル   x32

 エピック   x512

 メビウス   x∞


ランク

 ノーマル   x1

 エリート   x4

 キャプテン  x16

 コマンダー  x64

 ジェネラル  x256

 ヒーロー   x1024

 レジェンド  x4096

 ミスティック x16384

 アストラ   x65536

 ゴッド    x∞




 こんな感じか?


 《Lv12ユニーク・キャプテン》なエルジェーベトですら、あれだけの身体能力を持っていたのだ、《Lv75エピック・ミスティック》だというトーコさんはいったいどれくらいの能力を持っているのだろう? 数値がでかすぎて現実味がない。


「俺のアリアンロッドとじゃぁ、天と地ほども違いますね。あ~あ、世の中数値が全てか」


 俺がそう口にすると、


「それは違うわ」


 ちがう?


「レベルはどれだけの時間努力したかの結果だけど、レシオとランクは時間と努力に関係が無い、プレイヤーの心の強靭さを数値化しただけよ。 思い出して?アリアンロッドとメルカルトが、どうしたらレシオやランクが上がったのかを」


 そうだ、あれは……


「お菓子でステータスの底上げしたり、新しい戦い方を思いついたり?」

「そう、強くなるためにはただ漫然と同じことを繰り返すだけではなく、様々なことに興味をもって新しい何かにチャレンジする心があれば、レベルを超えた力だって発揮できる。そのためのレシオとランク制度よ」


「……詳しいですよね、トーコさんって」

「そりゃぁ、《Unreal Ghost Online》のゲーム・スタッフですからね」


 !!

 まじっすか!?

 驚き連続の今日一日でも、これは極め付きだぞ?


「ちょっとね、強くなりすぎちゃって。ゲームバランス壊れて大変だから、もうスタッフやらせて責任の一端を負わせるから! とかゲームマスターに言われちゃって」


 だからここ2年間は遊ぶ側じゃなくて、トラブルを解決する側をやってたの


「PKクランは?」

「ビシャス・クロスは、ゲームに慣れてない素人さん達が不用意にイベントボスに近づかないよう、場合によっては、実力行使で危険に近付く野次馬を排除するために立ち上げたの。メンバーはお医者さまから若手の僧侶まで様々ね」


 このゲーム、時と場合によっては命の危険まであるからね

 無謀にも飛び込もうとするプレイヤーを止める汚れ役を、誰かがやる必要があったのよ。

 まぁ、それはそれで楽しかったわけなんだけどね。


 うふふ、と笑うトーコさん。

 それで赤ネームたちは、高レベルボスの狩場独占だー、とか騒がれてたわけか。


「先日の新宿へは《七人ミサキ》を感知して集まったらしいけど、先に倒しちゃったし」

「トーコさんがね」




 さてと、ムダ話はここまでだろう。

 目の前には、壮麗で巨大な門がそびえたっている。


 この先に、おそらくたぶんきっと、閻魔サマがいるのだろうから。




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