トーコさんと犯人と④
珠璃は驚異的な身体能力を駆使し、あれほど身体を振り回されても自分と建物の位置関係を把握し続け、空中姿勢と方向感覚をロストしなかった。
今はエルジェーベトの姿で右足もしゃんと付いてるようにしか見えないが、珠璃本人の右足は千切れてしまっているハズだ。
一時的に痛みを消していたとしても、これだけの運動を行っても平気なんだろうか?
すげーよな
《守護霊》と一つになるってのは、飛躍的な能力の向上と欠損した身体を補える能力を得られるってことなのか?
ペナルティ無しでこれだけの力が得られるのだと世に知られれば、《Unreal Ghost Online》は一大ムーブメントを巻き起こせる……かも?
あなたも超人になってオリンピック記録を塗り替えてみませんか? とか?
画期的な身障者向け補助システムが現れた! とか?
電気もガソリンも要らない守護霊さまだから、エコに最適! 電車・バス通学が要らない社会を目指しませんか? とか? 脱車社会! とか?
あれ? エコ? そういやエルジェーベトって何か無かったっけ?
「天太ぁ、血、ちょうだぁぁぁあい」
うわ! そうだった!
【霊障:サクリファイス】が在ったんだーーーっ!
ちっともエコじゃねぇーーーっ!
「ちょっ 珠璃」
「いただきま~~っすv」
抱きしめられ、身動き取れない俺の首に牙を立て……ちゅるちゅる音を立てて……
「んぐ、ん……」
ちょ……吸い過ぎ……
ガシャ~ン
窓の外をバケモノらしき影が上から下へ落ちていった、ような気がした。
たぶん、俺たちを追いかけて飛び降りたんだろう。
俺は今それどころじゃなくて。
身体の中から無理やり吸い出されて昇天しそうだった。
あっ あ~~~~~~~っっっ
『珠璃、お楽しみのところ悪いけど、そろそろ下へ脱出してくれないかな?』
そこへトーコさんの声が掛かる。
「ぷはぁ~、天太の血おいしすぎぃ~」
「失血で死ぬかも……」
立ち上がった珠璃は、俺を抱き上げようとした。
俺はなんとか立つだけならイケル気がしたし、男の事情ってヤツで断った。
でも、
珠璃いわく『負担にならないから平気』だと言われ、サッと抱き上げられてしまった。
「あら?(くすっ」
「くそっ 見んなっ!」
今の格好は……あーそうだよ!
お姫様ダッコだよ。
さっき血を吸われながら元気になっちまった所が、珠璃の目の前にスカイツリー状態だ。
かと言って手で隠すのも男らしくない気がしたからそのまんまさ。
くっそー、大和撫子を詐称するなら、少しは恥ずかしがれ!
と思いつつ珠璃の顔を見ると……
あの~? 珠璃さん、なんだか獲物を狙う鷹のような目つきですよ?
「天太の童貞の血があそこまで美味しかったなら……」
なら、って何だよ!?
つか、童貞断定してんじゃねぇ!
『あら、天太ってやっぱり童貞だったんだ?』
「エルジェーベトがそう言ってるしぃ、吸血鬼のお墨付きですからねっ ふふ、ねぇ? 天太ぁ、それ大きくなっちゃうと苦しいんでしょ? 天太さえ良ければ、その……」
「ちょっ、目がランランというか血走ってて怖いんですけど!」
『吸血鬼で《ワーヴォイド》しちゃうと、血でスイッチ入っちゃうのか、なるほどなるほど』
トーコさん!冷静に状況把握してないで何とかして!
珠璃が咽を鳴らしてるんですけどっ!
「珠璃、ちょっ 場所考えろって! 今は逃げないとダメだろ!?」
「だいじょうぶ、ちょっとだけだから! ううん天太さえ良ければ朝までだって……」
うわ~~珠璃が壊れてる。
っていうか、珠璃酔っ払ってんじゃねーのか?
血か? 血で酔っ払うのか!?
『珠璃? さっき《ビッグ・マグナム》使ったから、シちゃうと妊娠するわよ?』
「天太だったら……イイ……かもぉ」
抑止力になってねぇ!
つか、俺だってこの歳で父親なんてイヤだ!
まぁ本音言えば俺だって珠璃とは……シタいけどさ。
それはソレ、トーコさんに聞かれるのはマズイっしょ。
「珠璃! 後で! 後でいくらでもシテやるから! 今は逃げようぜ!」
「うぅ……ん、じゃぁぁ~アトでねぇぇ」
『ふ~ん、後でスルんだ』
酔っぱらいのような反応する珠璃と、どことなく怒った感じのトーコさん。
どうしろっていうのさ!
とりあえず、今は逃げる方に集中しようぜ!
俺たちが最初上った階段を使って、今度は下りようとすると上から声が掛かった。
「なんだよ、しぶといな。まだ生きてんのか?」
犯人やろう!
こんなとこに居やがったのか!?
ちょうどいい。
「見ての通り、逃げ切ってやったぜ! この、くそ犯人やろう!」
トーコさんも《パーティーチャット》でこの話を聞いてる。
もう逃げられねーぞ!
「ぎゃははは、女の前だからって何カッコ付けてんだぁ? あのバケモノ蛇からは逃げられねーんだよ、これだから童貞はw」
ちくしょーっ/////
さっきの話、聞いてやがったな!
イヤな野郎だぜ
『天太、バケモノ蛇が一階で暴れてるから気をつけて降りてきて!』
よしよし、トーコさんが一階に来たってことだな。
珠璃はフラフラしつつ『トーコさ~ん♪』とか言いつつ階段を降り続けてる。
「わかりました! トーコさんこそ気をつけて! バケモノに見つからないように」
『判ってるわ、あ、それとパーティーリーダー権をちょうだい、やってみたい事があるの』
やってみたいこと?
「ぎゃはははは、童貞君は女に抱っこされて、お出迎えも無いと一人じゃ帰れねーの?」
う、うるせーっ/////
野郎、俺たちをからかいながら後をついて降りてくる。
このまま一階まで俺たちの後をのこのこついてきて、トーコさんに捕まっちまえ!
俺はメニューを操作し、パーティーリーダー権をエルジェーベトに渡す。
『ピッ』
システム・メッセージ:リーダー権限をエルジェーベトに譲渡しました。
とたん、俺と珠璃と犯人を示すマップ上のマーカーが緑からオレンジに変わった。
なっ!?
見ると《アリアンロッド》が赤ネームになっている。
「なんだこれー?」
『ふふ、赤ネームがパーティーリーダーだと、そのパーティー全員が赤ネームになるのよ』
マジか?
まぁ確かに赤ネームがリーダーやってるパーティーが青ってのも変だしな。
そういうモノなのか。
『エルジェーベトは一時的に赤くなってるだけだから、しばらくすれば直るわよ』
俺たちが一階に着くと、トーコさんから声が掛かる。
「こっち! こっちよ!」
「トーコさん!」
「うふふ、ト~コさぁ~んだぁぁ~♪」
女神さまが俺たちに向かって、微笑みながら手を振って出迎えてくれた。
これって、サイコーのご褒美だなっっ
珠璃はもう完全に酔っぱらいの域に入ってる。
「さ、ここに入って」
壁には、さっきここを通った時には存在してなかった、怪しい変な通路が在る。
夜の薄闇の中でも、その通路は一際暗く、先がまったく見えない。
「おーい、逃げてんじゃねーよ、ほーらボスが来たぞー? ぎゃははっ」
犯人野郎が階段から出てきたと同時に、バケモノが建物の外、ロビーのガラス向こうに異形の姿を現した。
へっ 馬鹿め、捕まっちまえ!
そのトーコさんは、犯人を見て……穏やかに声を掛けてた。
えぇっ!? なんでっ!?
「そこの貴方、Lv5以下でシステムに守られてるからって安心してるようだけど、赤ネームになっちゃったから今はもう守られてないわよ? 危険だから早くここへ入りなさい」
「「 え? 」」
ハモる俺と犯人。
次の瞬間、俺と珠璃はトーコさんに押されて、その怪しげな通路に足を踏み入れた。
《You enter the instance dungeon》
見慣れたメッセージが流れ、インタンス・ダンジョンへ入ったことが判った。
「天太、犯人探しなんて危険なことしたらダメだって言ったじゃない!」
救いの女神サマは開口一番、俺を叱りつける。
いつ見ても、トーコさんは綺麗だv
怒った顔もサイコーだぜー
そこへ犯人も慌てた風にインスタンス・ダンジョンへ飛び込んできた。
「ちくしょー! ざけやがって! 危うく死ぬとこだった」
犯人は近くで見ると、思ったとおり女の格好をした20代の男だ。
うわ、キモッ。
小太りのくせに、そのカッコは無いわ。
「インスタンス・ダンジョンに逃げ込むなんて、うまいこと考えたなオマエら」
「無事でよかったわね、ところで!」
トーコさんは警察手帳をパタンと開いて、犯人やろうの目の前に掲げ
「警視庁刑事部捜査一課の者です、貴方に尋ねたいことがあります、よろしいですか?」
ざまぁ
これで終わりだぜ!
「この三ヶ月間、東京都内で起きている連続殺人事件はご存知でしょうか?」
「まぁ、新聞やTVで騒がれてるしなぁ、知らないこともないよ」
「先日、新宿で刑事が殺されたことも含めてですか?」
「なぁ?婦警さん、ハッキリ言っとくと、俺はその現場を目撃はしたけど殺したのは俺じゃねー、外で暴れているバケモノ蛇さ」
「そのバケモノ蛇が現れる場所へ事前に先回りして、被害者たちを呼び寄せて殺させたのは貴方ではありませんか?」
「あー?知らないねぇ、つーか、面倒な尋問は止めにしようや、俺は何も知らない、これ以上は逮捕状もってこいよ、俺が殺しに関係してるって証拠を見せろよ」
「でも目撃はしたんですよね? それなら新宿で刑事が殺された時の状況を教えてください」
「アイツってばさぁ? 殺される瞬間の情け無い顔がすっげーウケたんですけどー?」
こいつ、ぶっ殺してやりてぇ!!
「あらそれは不思議ですね、顔はサングラスで見えなかったハズですが?」
「あー?、そういや、似合いもしないマトリクスのようなサングラスしてたっけな」
「そうですか、サングラスの形状は公表してない情報なので、貴方で間違いないですね」
「ぎゃははははは、それで俺を捕まえられんのかよぉ? 美人の婦警さん? ベッドでなら捕まってもイイケドぉ?」
「自首しなさい」
犯人のオカマ野郎と対照的に、氷の冷たさを感じさせる声でトーコさんは話す。
「今ならまだ間に合う」
「やぁ~~~だね、俺はただゲームで遊んでただけ、実行犯はあのバケモノ蛇だし? そもそもあの蛇を犯人として逮捕できんの? 倒せば死体も残らねぇハズだぜぇ?」
「有罪になるかどうかは法が決めることよ、そしてたとえ法が無罪を言い渡したとしても、7人のヒトの命を奪ったことを反省しなくて良いわけじゃない」
「罪じゃないのになぁあんで反省しなきゃならねーんだぁあよ? バッカじゃね?」
「そう、なら仕方ないわね」
犯人の野郎は、トーコさんのその声を諦めの合図と受け取ったらしい。
身を翻してインスタンス・ダンジョンの入り口へ向かう。
インスタンス・ダンジョンの入口は出口でもある。
ボスのタゲは今頃もう外れてるだろうから、ダンジョンから出て逃げる気なのだろう。
「へへ、そんじゃな、バイバ~イ♪」
ちくしょう!
証拠が無いからって、こんなヤツを野放しにするのか?
アリアンロッドへ指示を出す、このまま逃がすくらいなら《エロティックリス》で……
と、その時、犯人の間抜けな声が聞こえた。
「あれ? なんで出れないんだ?」
ダンジョンの出口の境目あたりで犯人がしきりにウロウロしている。
「ちっ、しかたねぇ」
そう言いながらサングラスを外す。
ログオフ操作を行うことでダンジョンから脱出しようとしているようだった。
サングラスを外したことで、隠されてた犯人の素顔がようやく見れた。
キモオタその物の顔は、どう見てもモテそうにない。
ヒトのこと童帝扱いしやがって!
おまえだってそうだろ!
『ピッ』
システム・メッセージ:グランマリエLv5がパーティーから退出しました。
ログオフしたことで俺たちのパーティーからも抜けた旨のメッセージが流れる。
けれど……
「な、なんでダンジョンから出れないんだよ! ログオフできねぇじゃん」
サングラスを外した犯人は、いくら待ってもこの場から消えない。
ログオフ不能??
俺はとっさにトーコさんを仰ぎ見た。
そのトーコさんは、よっく見なければ判らないくらいにうっすらと
嘲笑っていた。




