トーコさんと俺たちの犯人探し②
イベント・クエストのタイトルは……『復讐か死か』
イベントボスは……《邪龍:三岐大蛇Lv30ユニーク・レジェンド》
俺や珠璃が知る中で、これまでの最高レベル・ランクを遥かに上回るラスボス。
「こんな強制クエスト要りません(滝涙)」
マヂで!
神は我を見放した!
「Lv30ユニーク・レジェンド、昨日戦った侍大将はLv16ジェネラルだったから、ざっと256倍強いの、よね?」
「攻撃が掠っただけで俺たちミンチになっちまうぞ」
そんなの相手に出来るか!
「帰るぞ、珠璃。 うぉっ」
回れ右しようとした俺の袖を引っ張る珠璃。
なにすんだっ!? あやうくバランス崩してコケそうになったじゃねーか!
「ビビってんじゃないわよ天太。クエストの内容よく読みなさい、願ったりじゃないの」
イベント・クエスト『復讐か死か』
最終目標:《邪龍:三岐大蛇Lv30ユニーク・レジェンド》
内容:
古に西国を苦しめた八岐大蛇、それに匹敵する東国の邪龍が現代に蘇った!
この強力な邪龍は人間が勝つこと到底叶わぬ、その戦闘力はまさに天災。
このまま放置すれば現代日本は壊滅的被害を受けてしまうだろう!!
けれど邪龍は未だ行動を阻む結界に封じ込められている、今ならば倒すチャンスがある。
邪龍が封印されし決戦の地を偵察し、《三岐大蛇》を確認次第《征天大星》へ報告しろ!
「《征天大星》?」
見たことあるぞ……それって確か……
「赤ネームの《レイディ》がそんな紋章を持ってたわね」
「つまり俺たちじゃ倒せないから、倒せる人に任せろって事か? 逆を言えば俺たちでも偵察は出来るってことだな?」
このクエスト、どういう理屈でジェネレートされてるのかさっぱり判らないけど、プレイヤーの出来る/出来ないをキチンと判断して仕分けしているみたいだ。
クエストで出来るって表示されてるなら、今の俺たちで何とか出来るって事なのだろう。
「いよっし、犯人をスクリーンショットで撮りつつ、クエストもやっちまうか!」
「そうと決まれば現場へ戻りましょ!」
俺と珠璃は無人のコンビニを出ると、人っ子一人居ない真っ暗な街中を小走りで駆け抜けて、目的のビルへと急ぐ。
さっきはセキュリティでビル内へ入れなかったけど、クエスト中は入れる気がした。
……根拠は無いけどなっ!
◆◆◆
やれやれだぜ。
山本警部は捜査一課の面々と一緒に新しく対策本部長となった柳井警視正が発する着任の挨拶という名の拷問を受けていた。
捜査が遅々として進まない『都内連続猟奇殺人事件』のテコ入れとして引き継いだらしい。
なぜ朝ではなくて、こんな夕方、もう夜と言ってもいい時間での着任挨拶なのか?
昼間走り回り体力的に疲れ切った後なのだ、精神的にくる長話はつくづく勘弁して欲しい。
長~い話がようやく終わり、解散し各自業務へ戻るべく行動を開始する。
「なんですって!」
ガチャンッ
後ろのほうから鋭い声が聞こえて、対策本部室のパイプ椅子が蹴倒された音がする。
この声は藤井か?
周りを見ると、警視正以下、対策本部の全員から注目を浴びている。
その藤井は立ち上がった姿勢のまま、片手に持つスマホを凝視している。
このままでは警視正殿から『私用メールとは何事か』とお怒りが下ってしまうだろう。
誰かに言われる前に俺から注意しとくか……
っと、その藤井はツカツカと俺の傍へ来ると、顔を寄せてくる。
ふわりと香水が香り、ワンピースの胸元から見事な谷間が覗いている。
「山本警部、自分が懇意にしている情報提供者から事件に関係しそうな情報が飛び込みました、直接会って確認して来ますっ」
そう言い捨てると、対策本部室から飛び出すような勢いでドアを開けて出て行く。
「お、おい……」
全員あっけに取られている。
すると、ガチャッ と音がして一度閉められたドアが再び開いた。
「っ、どうしたんですか? 全員コッチ向いて」
部屋へ入ってきた若い男は、大勢から注目を浴びていることを不思議がった。
そこに警視正殿からキャリアにありがちな神経質そうな声で指示が飛ぶ。
「キミぃ、たった今そこから出て行った藤井警部補を呼び戻したまえ」
あいたぁ。
懸念してた通り、藤井の無作法がお気に召さなかったらしい。
着任したばかりで舐められないよう、気を張っているのだろう。
まだ開いたままのドアの所で固まっていた若い男……たしか二係の山田巡査だったか?
「はっ? はい? 自分はずっとこのドアの外に立ってましたが、誰もこのドアから出て来ませんでしたけど……」
と言いつつ、廊下に頭を出してキョロキョロと見回している。
「キミぃ、出て行った藤井警部補に気付かなかったとは弛んでるぞ! 立ったまま夢でも見てたのかねっ!?」
あれまぁ、山田巡査も災難っちゃ災難だが、うちの藤井の代わりに警視正殿のお小言を甘んじて受けてくれ。あれで藤井に気付かなかったとは夢見てたのかと叱られても仕方あるまい。
それにしても、普段はしっかりしている藤井にしては珍しく、行き先も明確にしないまま慌てて出て行ったな。 ふむ、新情報の確認か……
これで膠着している事件が動きそうな、新たな局面に入ったような……感じがした。
やだねぇ、俺も願望とカンをごっちゃにするようになっちゃ、おしめぇだな。
苦笑しつつ山本警部は、ちょっとだけ期待を込め藤井警部補が出て行ったドアを見つめた。
◆◆◆
天太からのメールに書かれてあった天王洲なら、本庁よりもマンションの方が近い。
バタンッ
「あれぇ? トーコちん《テレポート》使うなんてめっずらすぃ~」
あたしが対策本部室ドアから直接自分のマンションに登録しているポイントへ飛ぶと、目の前にはソファでゆったりと寛ぐ《堕天使アマリエル》が居た。
たくっ
東京証券取引所が閉まりこの時間はトレーディングのお仕事が終わっているとは言え、我が身の忙しさと比較してしまえばその優雅な佇まいに少しだけ腹が立つ。
「仕事よっ」
思わずぶっきらぼうな返事になってしまったのは仕方あるまい。
そのままリビングを突っ切るとベランダへ通じるドアを開けて外へ出る。
マンションのツーフロアを占有した時に、ベランダも広々とした造りに設計してあった。
このマンションは20階建てのマンションで、夕べ珠璃と天太を泊めた来客用の19階の他にアマリエルに任せている会社のオフィスが20階に在る。
エレベータのボタンは19階止まりだがリビングダイニングの奥、ドアを開けるとアマリエルの生活空間が広がり、そこの螺旋階段からオフィスへ続くロフトを登れるようになっている。
「帰ってきたばかりで、またお出かけ?」
アマリエルがベランダまで後を追いかけてきて尋ねて来る。
「ええ、そうよ」
「ふ~ん、がんばってねぇ~」
???
普段のこの子ってば、お出かけのときにこんな風にお利口さんな口を利かないわよね?
「アマリエル、天王洲で起きてる事を何か知ってるの?」
期待して聞いたわけではないけれど……
とたん、黙っていれば天使に見えるアマリエルの人形のような顔がニヤリと歪む。
「急げば死なずに済むかもねv」
「ちっ」
急げば無事、では無く、死なずに済む。
その意味するところは緊急度合いも含めて全然違う。
一秒を争う時、わざとらしく振舞いわずか数秒と言え足止めするとはまさに堕天使らしい。
あたしは、今度こそ躊躇せず19階のベランダから身を躍らせた。
夜の闇の中を、旧海岸通りを走る車のライトがマンションやビルのガラス面に反射され、まるで幻想のように彩られている。
宙を跳び、ビルの壁面を走り抜ける人ならざる影に気付く者は誰も居ない。
そのまま道路を南下し、品川駅を過ぎると天王洲橋が見えてくる。
天王洲橋の手前から水路を挟んで斜め向かい地域の着地点まで、100mを大きく超える距離を一気にジャンプして跳び越えた。それと同時に眼鏡の右上マップ上へUGOプレイヤーを示す緑色のマーカーが映る、安心するよりも早く、白色マーカーが接敵している事に気付く。
眼鏡のAR表示を親指と人差し指でピンチアウトして、マップを最大までズーム。
拡大して確認すれば、そこには……
大きな白色マーカーの極近くに緑が一つ、少し離れて青が一つ、青の傍に緑が二つ。
大きな白色は身長・全長・翼長の何れかが10mを超える巨大な敵であることを示してる。
そして緑色マーカー、プレイヤーが3人ということは犯人と天太と珠璃か!?
青色マーカーは一つ、すなわち守護霊の数が合わない。
あたしは自身の守護霊を召喚すべく、サングラスに掛け換える。
眼鏡からサングラスへ掛け換えた瞬間、周囲の街から明かりという明かりが消え去り、歩行者すらも消え去った。
クエストを遂行するために創られた異空間へ突入したのだ。
※マップを最大までズーム、拡大して確認する。
とはこの場合、地図の縮尺を縮小して詳細レベルで確認するの意味。
『地図を拡大する』って日本語は、縮尺を拡大するのか、それとも
より詳細まで広げることなのか、意味が全く真逆のどっちなのかが
ややこすぃよね。
なので、グーグルとかの地図では拡大縮小と書かず、広域詳細と
表示してるのだ。




