トーコさんと長い夜②
「天太、夜食を食べるでしょ? 簡単な物で良い?」
「ぉ? おぅ、作ってくれるなら何でも! でも勝手に食べて良いの?」
「トーコさんから在る物は何でも飲んで食べて良いって言われてる」
「なら、たのむわ」
珠璃は冷蔵庫やら戸棚を開けて中身を確認している。
俺も何かやらなきゃダメかな?
「珠璃、俺も手伝うぞ?」
「いいから、座ってなよ。それに、結構揃ってるから何でも作れそう」
へぇ? トーコさんがマメに買い物して補充してるのかな?
珠璃は手早くガーリックピラフを作ると、自分と俺の分の皿に盛り付ける。
そして、どこからかワインを持って来た。
「おいおい、お酒かよ!?」
「ワインなんて水みたいなものでしょ? ワインセラーにブルゴーニュワインの美味しいのが置いてあったから飲もうよ」
「大丈夫なのかよ? 高いんだろ?それ」
「平気でしょ? ワインセラーには同じ銘柄が何本かまだ在ったよ?」
「それなら良いか」
「保冷庫に日本酒も置いてあったけど宮城と新潟のお酒だったし、トーコさんのお酒の趣味がなんとなく判ったよ」
俺はこれが人生で初のお酒だしな、酒の良し悪しなんて全然わからんわ。
「ふーん? ちなみにこのワインは何て~の?」
「ド・ヴォギュエのボンヌマールだね、美味しいんだよ、これ」
……普段からワイン飲んでるのかよ。
それにしても、お嬢にはやっぱりワインってか。
日本酒は俺の中ではおっさんが酒瓶抱いてるイメージがあるんだよな。
「かんぱーいv」
「うまい! お酒はわからんけど、ピラフは美味しいぞ」
「うふふ、ありがと」
「それにしても、トーコさんって資産家の娘なのか?」
「え? ちがうと思うよ。株取引で会社を設立してて、そこのオーナーだって言ってた」
「……いつの間にそんな情報を!?」
「それに、キッチンの上にその会社の月次報告書が置いてあるよ」
「ほぉ~? どれどれ?」
これか?
「……数字がいっぱいでワケわかんねぇ……」
「あたしも良く判らないけど、そこに載ってる企業の株に投資してるみたいね」
「50とか200とか、おこちゃまみたいな金額の取引だな?」
「……あんたねぇ、それ、単位は百万円よ?」
ぶっ
「マジか!? これ全部でいくら金が動いてんだよ?」
「下のほうに総計が載ってるでしょ?」
「どれ?……単位が百万とすると、千、億、十億……五百億?」
「それ全部がトーコさんの個人資産だから、実質トーコさんの資産運用を行う為の会社よね」
「すげ~っ」
「ほんとよね」
かちゃっ
ん?
「あ……」
珠璃が俺の後ろを見て驚いてる。
なんだ?
イスに座ったまま肩越しに振り返ると
可愛い女の子がドアを少し開けて顔をのぞかせていた
ドア|_=) こんな感じな。
トーコさんが入るな、と言ってたあのドアだった。
中学生くらいだろうか?
ふわふわな髪、スッと通った鼻梁。
女の子と言ったけど、中性的な感じの不思議な子だ。
ドアからは顔しか覗かせてないけれど、将来が楽しみって感じ。
その子は眠そうな眼を何度か瞬きをしてから俺たちに気付くと、俺と珠璃の間を何度か視線を往復させて、
「おにぃちゃんたち、お客さま?」
これまた可愛い声で聞いてくる。
「そうよ、夜遅く騒がしくしてゴメンネ? トーコさんのご家族?」
「あのね、トーコおねぇちゃんと一緒にここで暮らしているの」
ぉぉ!?
妹さんかよ、さっすが美人姉妹だな。
「何か飲む? ミルク温めようか?」
珠璃は優しく声を掛けている。
むむ、ここは点数稼いだ方が良いところだよな?
「そんなとこに居ないでこっちおいでよ」
俺が手招きすると、
「ィィ……」
ドアから覗かせた首をフルフルと横に振り
「あのね、常夜灯が壊れちゃってお部屋が真っ暗で怖いの、おにぃちゃんたちお願いだから眠るまで一緒にこっちに居てくれる?」
「あらぁ、それじゃ怖いわよね、良いわよ、おねーさんが一緒に居てあげる、こっちは野獣さんだからね」
俺の方を見ながら、珠璃はふふんと鼻で笑って席を立つ。
「おい珠璃、トーコさんは向こうへ入るなって言ってたろ?」
「大丈夫だよ、おにぃちゃん、後でトーコおねぇちゃんには言っておくよ」
女の子からはそう言われちゃうと、それもそうかと思い直す。
妹さんから招かれたんだものな、トーコさんもダメだとは言わないだろう。
でも、なんだ?
何か違和感があるんだよな……
俺は反射的に女の子へ向かって歩き出してる珠璃の腕を掴んだ。
「なっ、なに?」
驚く珠璃は無視して、
「なぁキミ。 なんで顔だけ出してんの? 暗くて怖いんなら、こっちの明るいところに来てさ、暖かいミルクを飲んで、気持ちを落ち着けた方がよくないかい?」
「おにぃちゃん、あたし今パジャマ着てないんだよ、明るいところへ来いだなんてエッチ!」
ジトっと珠璃が俺を見るけど、それも無視!
俺は胸ポケットからUGOのサングラスを取り出す。
「パジャマ着てないのに、俺をそっちに呼ぶって矛盾してないか?」
「あ」
珠璃もようやく気付いたようだ。
その女の子、なんか変だぞ?
顔は覗かせてるけど、肩を綺麗にドアの影に隠してるし、手すら出していない。
肩出さずに顔だけ覗かせた姿勢をずっと維持するってどんだけ器用なんだよ。
サングラスを掛けると、視界内に様々なウィンドウがAR表示される。
その女の子は……
覗き見える頭には螺子くれた角が在った。
《堕天使:Lv28》
ユニーク・キャプテン級で、固有名詞に《アマリエル》というタグが付いていた。
「チッ、オニィチャン、ウタグリ深スギルヨォ」
ニィっと笑うと、一転、あの可愛い顔に戻して、
「また今度、トーコちんに許可もらったら遊ぼうねぇ」
そう言うと、長い爪が生えた五指をヒラヒラさせ……
顔を引っ込め、カチャリとドアを閉めた。
「な、何? あの子、いったい?」
サングラスを掛けてない珠璃には、あの子の正体が判らないままだ。
可愛い女の子の態度がいきなり変わった、くらいにしか判ってないだろう。
俺は安堵のため息をはいて、説明し出した。
俺たち、もしかして色々な意味でやばかったんじゃないか?
とりあえず、あのドアには近づかないでおこう。




