トーコさんとレイディと星の王子サマ⑤
今や《侍大将》は憑依が解け、ただの浮遊霊として宙を漂っている。
倒すなら、いまだ。
まず俺は《メルカルト》で小姓を引き付け、侍大将から引き離して多少の距離を稼ぐ。
続けてメルカルトを呼び戻し、アリアンロッドとのペアで侍大将を一気に片付けようと動く。
俺の隣に珠璃。
俺の前に《アリアンロッド》
その向こうに《侍大将》
俺から見て右斜め前、侍大将の横手に《メルカルト》
メルカルトから20mほどさらに右手に小姓という配置だ。
《侍大将》は俺の操る《メルカルト》に向いて相対する。
小姓はヨタヨタとメルカルトへ歩み寄ろうとしていたが、まだ時間的な余裕がある。
侍大将は……刀を正眼からやや低めに構え、膝を軽く曲げて腰を落としている。
小刻みに切先を揺らしていた。
俺のプランでは、侍大将が大振りしてきた時に刀を避けつつ間合いに入ってボコる。
という単純なモノ、小姓が辿り着かない間はアリアンロッドとのタッグで2vs1だ、なんとかイケルだろう。
とそこまで考えた時、侍大将は瞬時にメルカルトとの間合いを詰め、突きを放って来た!
AR表示に2本の線が表示され……た、と思ったときには既に侍大将は後ろに一歩退き、最初の構えに戻っている。
「ぃってぇっ!」
は、早ぇえ!!
「! 天太!? 今のは……っ! 大丈夫!?」
遅れて俺の下っ腹に【霊障:バックラッシュ】の衝撃が来た。
今の突きでメルカルトのHPが2割ほど持って行かれている。
「《アリアンロッド》やっちゃって!」
珠璃がアリアンロッドを侍大将に殴りかからせる。
俺も同時にメルカルトを飛び込ませた。
侍大将は、右手で左から横一文字に刀を薙ぐ。
飛び込もうとしたメルカルトは刀に邪魔をされて、たたらを踏んだ。
右に刀を振り切った状態から身体を右に向け、左手で柄を握ると素早く刀を振り上げ……
殴ろうとするアリアンロッドに上段から唐竹割りで振り下ろして来た。
素早い鋭い振り下ろしだった。
それでも、アリアンロッドは振り下ろされた刃を左ステップで華麗にかわす。
しかし、振り下ろされた刃は振り切られずに途中で止められ、右手一本で右斜め上へと逆袈裟に切り上げられた。
そのあまりに素早い返し技に、アリアンロッドは斜めに断ち切られ……
その一撃で、さっき俺をかばいHPを減らしてたアリアンロッドは死亡状態となってしまう。
ポリゴンが爆散したようなエフェクトの後に姿を消し、HPが灰色状態となっている。
「あっぐぅぅ」
「なっ!? 珠璃!」
珠璃は右の脇腹を押さえ、うずくまる。
俺の意識が珠璃に向いたその時、
侍大将は、アリアンロッドを倒して俺たちへの障害物が無くなったとみるや、俺自身へと矛先を変え、こちらへと移動してくる!
「くそぉ、《スニーク・アサルト》」
本来、敵の背後へ移動して攻撃するスキルだが、すでに敵の背後に居た場合どうなるのか?
俺が今して欲しいことは背後から敵を飛び越えて、前へと移動し俺と珠璃を守る壁となってもらうことだ。期待通り、メルカルトは俺の前へと姿を現す。
侍大将の正面に回りこんだメルカルトの攻撃は当然避けられてしまった。
小姓は近寄ろうとヨタヨタしているが、俺たち(とメルカルトと侍大将)は常に移動しているので、まだ攻撃圏内に辿り着けていない。
そうして、メルカルトの正面の侍大将は、また最初の構えに戻している。
同じパターンで、二連突きを放ってくる侍大将。
AR表示の予測線が2本、刃を払い除けようとメルカルトは手を螺旋に動かす。
きっと刃の腹を手で払うつもりだったのだろう。
守護霊のこういった自発的な動きは、AIだとするなら物凄く賢いモノだ。
時にはプレイヤーの意思よりも、反射神経よりも素早く、的確に動いてくれる。
なのに、
「ちぃぃっ」
俺の手のひらが裂け、血が滲む。
メルカルトは刃を払い除けることが出来ず、手のひらを切られ、ついでに【バックラッシュ】で俺の手も浅く切れたようだった。
侍大将は目にもとまらぬ動きで二連突きを放つと、それ以上深く踏み込もうとはしない。
明らかにこちらが無手であることを前提で、間合いに入らないように動いている。
素早い一歩で突きを放ち、その後は素早く後退して元の間合いを取る。
とてもじゃないが、侍大将の懐に飛び込めない。
メルカルトが間合いに入らせないよう、突き主体で攻め、大振りの技を使わない。
突いて来る箇所も、メルカルトの下腹の辺り。
どうしても全身で避けないと当たってしまう。
ちっくしょうー
喉とか頭とか、せめて胸とかを狙ってくればなんとか最小の動きでかわして足技の間合いに飛び込めるのに!
侍は戦場で刀を失った場合に備え、無手でも戦えるように訓練するって聞いたことがあるけど、考えてみれば、侍大将ならば無手相手に十分な戦闘訓練を積んでて当たり前。
このままだとジリ貧だ。
メルカルトのHPバーも既に半分を割り込んでいる。
また二連突きを放つ侍大将。
この二連突きもよく見れば、無手相手に特化している。
メルカルトの腹、それも肘より下を狙って、刃を上向きで突く。
防御のために手を上げた状態からでは、刃を手で払うにはどうしても手が上から下に動かざるを得ない、それでは手が刃に切られるのは必然だ。
さらに突き方。
全ては瞬間的な出来事だが、壱の突きを身体の中心線からワザと微妙に左右にズラしている。
反射行動で避けやすい方向へと避けさせて……でも避ける方向は誘導されてる……相手が動くだろう場所へ先読みした弐の突きを放ち、傷つける。
そこまで解ってるのに、弐の突きを避けられない。
メルカルトの避ける動きが遅いわけではない。
達人の訓練された動きは、単なる反射行動よりも早い、ということに尽きるのだろう。
弐の突きを喰らって、ついでに【バックラッシュ】で俺はよろけた。
侍大将はそこから刀を振り上げると、メルカルトの右肩を狙って振り下ろす。
反射的に避けやすい左へステップして避ける。
しまった!!
さっきアリアンロッドが殺られた技。
ARで予測線が表示されても、肝心の俺がその情報に着いていけてない。
メルカルトも返す刃で斜めに斬られ……それでHPはちょうどゼロになってしまった。
俺と珠璃を守る守護霊は2体とも死亡状態で。
侍大将はその恐ろしい赤く光る目を俺たちに向けて来る。
やっぱり普通の霊のように、守護霊を倒したらプレイヤーをガン無視ってワケじゃないのか。
甘い期待は速攻で霧散してしまった。
「我ガ歩みヲ邪魔すルモノは許サヌ」
俺は【バックラッシュ】の痛みを堪え、珠璃に手を貸して立ち上がらせる。
「ぅ……天太ぁ」
「我慢してくれ、逃げるぞ珠璃」
侍大将はゆっくりと歩み寄って……そして、その足が止まった。
なぜか、俺たちの背後を見ている。
何を見てるんだ?
俺が振り向くと、
いつの間にか、女が独り、俺たちの背後数mの場所に立っていた。
昏い闇の中でも、その女はなぜかクッキリと夜の景色から浮かんで見えている。
頭上に表示されているタグが、この女が誰かの《守護霊》であることを示していた。
いや、そもそもその名前は、女が何者なのかを何よりも雄弁に語っていた。
銀の髪で青い目、《アリアンロッド》と似た色彩なのに、雰囲気がまるで違う。
アリアンロッドを水晶と表すなら、この女は冷たい氷。
レベルは見えない。ならばそれはレベル31以上ということだ。
複雑な文様に飾られたHPバーはジェネラル級よりも長く、銀色に輝いている。
HPバーの下には様々な紋章が並んでいる。
初めて見るそれらの紋章、俺はこんな時だと言うのに興味にかられ、並んだその紋章の端のほうから順にプロパティを眺めてしまう。
太陽を象った、天国を制覇した証、《征天大星》
黒き瞳を象った、地獄を制覇した証、《大暗黒鬼眼》
なぜか扇に冬と書かれた、超越者の証、《闘仙褒章》
薔薇十字を象った、GMイベントMVPの証、《赤薔薇十字勲章》や《黒薔薇十字勲章》
流星を象った、領土戦MVPの証、《流星功労賞》
それら一つ一つに常時発動の戦闘補助が付与されているようだった。
さらにそれらの紋章は、HPがゼロになると全快で復活する特殊効果付きだ。
そんなのがズラリと10個ほど並んでいるという事は、10回までは死んでも大丈夫ってことで、あの長いHPバーが11本あるのと同じ意味だ。
俺はこの女を直接見たことは無かったけど、《Unreal Ghost Online》チャットでは有名人。
UGOで一番知られた名前だろう。
禍々しい赤で輝く《レイディ》というその名は……
ついに⑤……そしてトーコが出てくるのはまた次回。




