トーコさんとレイディと星の王子サマ②
ありがたいことに、由里って子は夕方になるまで家から外出しなかった。
もしかしたら珠璃が見た夢なんてただの夢で、ホントは自殺なんてしないのかも?
俺と珠璃はそんな風に半ば期待を込めた話をしながら暇な時間を潰す。
午後3時を過ぎ、もう少ししたらトーコさんがこっちに来てくれる。
そんな安堵感が漂ってきた矢先、とうとう由里が家の外に姿を現した。
当然、ボス霊も彼女と一緒だ。
珠璃の腕をしっかり掴んで抑えてないと、珠璃は闇雲に突撃しかねない。
「落ち着けって珠璃。《霊》は一般人には直接手出しできないって知ってるだろ?」
これはおおむね事実。
これまで俺が見てきたことがあるヒトに憑依した《霊》は、ヒトに悪影響を与えてはいたものの、直接ヒトに対して手を出し傷つけることは出来なかった。
けれど《Unreal Ghost Online》プレイヤーは違う。
なぜなのかは俺には判らないけれど、憑依したヒトに手を出さない《霊》だけど、プレイヤーと、その《守護霊》に対しては直接攻撃をしてくる。
UGOのチャットでは、プレイヤーと《守護霊》はオンライン時には《霊》により近い存在となっているからだと仮説がささやかれている。
だからこちらは《霊》と戦えるし、《霊》からも攻撃を受けるのだと。
有りそうな話だとは思う、けど、これは結局チャットでも答えが出ずに堂々巡りとなってる。
俺たちは50mほどの距離を保ちつつ彼女を追跡する。
「なぁ? あの由里って子、夢遊病みたいな感じじゃね?」
「……え? ぇえ、そう言えばそんな感じね、なんか心此処にあらずっていうか。 でもあの状態があの《霊》のせいなのかは解んない……よね?」
「よく《狐憑き》とか言うけど、もし《霊》に操られてあの状態だとちとヤバイかも」
「なんで? ひっぱたけば気付くんじゃないの?」
「なら、ひっぱたく役は珠璃に任す。俺がそれやると警察に捕まってシャレならん事になる」
「そっか、『彼女は《霊》に操られてるんです』 なんて言っても周りが信じてくれないってワケよね」
それじゃぁ、と珠璃が言う。
「由里が暴れ出す前に、あんたが押さえ込むって作戦は考え直さないとダメか」
「ん、下手に手を出すと、俺が痴漢で捕まる」
由里は目白駅に着き、山手線の新宿へ向かう列車に乗る。
「やべ、スイカにチャージ料が足りねぇ」
「……準備が足りない男って、頼りにならないわね」
珠璃は仕方ないとばかりに溜息をつき、
「イザとなったら、あたしが先行して追うから精算してから追いついて来なさいよ」
「すまねー」
しかたねーじゃん、追跡なんてメンドウな事になるとは思って無かったんだよ!
などという愚痴は、俺の心の中に留めておきました。
「いまさらだけど、自殺現場ってどこなの?」
「ごめん、判らないのよ。 どこかの海に入水するシーンしか見えなかった」
由里は新橋駅で降り汐留口から出て、ゆりかもめに乗り換える。
俺はトーコさんへメールを出しながら珠璃と共に彼女を追いかける。
「マズイな、ゆりかもめの長さだと彼女が真ん中に乗ると、俺たちが端の車両に乗っても《霊》が反応しちゃう距離かも?」
「! そしたらどうするの?」
「サングラス外してログオフしたら反応しなくなるかな? 不確実だけど」
「あの悪霊相手に《守護霊》無しで向き合うのは怖いよ、でもそれしかないのよね?」
由里は手前側のエスカレーターで登るのを見て、俺と珠璃は急いでホーム反対側のエスカレーターを走り登る。
幸い、由里は後部車両に乗り込んだので、俺たちは、ゆりかもめの先頭車両へと乗る。
ゆりかもめの白い車両の中に、宙に浮かぶ落ち武者。
周りの誰もがその幽霊を見えてないけれど、そこだけ日常からかけ離れた光景だった。
レインボーブリッジを渡り、お台場海浜公園で彼女は降りた。
シーサイドモールをぶらぶら歩いたかと思うと、突然方向転換し、海の方へと歩き出した。
時刻は夕方の5:30 秋も深まったこの季節はけっこう暗い。
「やばいよぉ、海に来ちゃったよぉ」
「トーコさんからはまだ連絡来ないし……どうしようか」
あまり込み入った場所へ行かれると、トーコさんが来ても俺らを見つけ難くなる。
由里はフラフラと歩き続け、台場公園に入る。
レインボーブリッジが目の前だ。
彼女はそのまま歩き続けて……
もう海は目の前。
「もう、ダメよ、止めないと!」
珠璃は俺の制止を振り切って由里の元へと駆け寄っていく。
俺は……
この期に及んでも、どうすれば良いのか判断付かない。
あのままだと由里は海の中だ。
助けるつもりなら、今やらなければ。
でも、あの《侍大将:小谷信綱》って邪霊に勝てる気がしねぇ。
ホント言うと、足がすくんで動けねぇんだ。
「由里、由里! やめなって!」
珠璃は由里の肩を両手で掴んで前後に揺さぶる。
目を覚めさせようとしてるんだろう。
だけど
「邪魔をスルナ!!」
重い声で、辺りに恫喝が響き渡る。
落ち武者スタイルだったボスは……
髪の毛は逆立ち、目は真っ黒な洞、いや、瞳の部分だけが赤く輝いている。
鞘から抜いた刀は刃こぼれがハッキリ見て取れるのに、寒々しいまでの青い光を放っていた。
ボスが手の平を珠璃に向けると、何かの力を放出したのか?
「きゃぁぁぁああっっっ」珠璃は悲鳴を上げながら、由里の元から弾き飛ばされる。
くそっ くそっ くそっ
どうにでもなれってんだ!
《スニーク・アタック》
俺はボスの背中から《アリアンロッド》の全力を込めた一撃を加える。
ボスのHPバーが1ドットほど減った。
……俺は早くも後悔。
だけど、勇気ってヤツをかき集めてでもやらなきゃダメだろ!?
怒れ、怒れ、怒れ、怒れ! 俺が弱気に潰される前に!
こんのクソッタレが! 俺の女に手~~~出しやがって!
俺は倒れたままの珠璃の傍まで走り寄って仁王立ちし、ギッと睨みつけ、自分に喝を入れた。




