表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/16

5話 リュシアの置かれた環境


「お嬢様。本日はお休み下さいませ」

「ミレーユ……」

「せっかくの綺麗なお顔が、そのように曇っておられては、ミレーユも安心してお仕えできません」


 振り返ったミレーユがそう声をかけてくる。おそらく、彼女なりに冗談を交えて私を元気づけようとしたのだろう。

 私は曖昧に頷いた。

 今の私は、容姿を褒められてもあまり良い気分になれない。


 私の態度を見て、ミレーユはまた心配になったのだろう。私の隣に歩み寄ると、そっと手を握ってきた。


「本当にお手が冷たい……きっと目覚めたばかりで、まだご体調が優れなかったのですね。お飲み物をお持ちしましょうか? それとも、気分が安らぐ香を焚きましょうか?」

「いえ、大丈夫よ。心配かけてごめんなさい、ミレーユ。あなたがいてくれて心強いわ」

「ああ、お嬢様。もったいないお言葉でございます」


 感激するミレーユから視線を外し、私はベッドに潜り込んだ。確かに、短時間で色々ありすぎて少し休みたい気持ちがあったのだ。

 するとミレーユが慌てた。


「お嬢様。お召し替えを……」

「少し横になるだけだから。カーテンもそのままでいいわ」


 私がそう言うと、ミレーユは少しの間ためらってから「かしこまりました」と頭を下げた。


「私は別室で控えております。ご用の際は、あちらのベルでお呼び下さい」

「ありがとう」

「それでは、お休みなさいませ。お嬢様」

「おやすみ、ミレーユ」


 扉の前でもう一度深く頭を下げてから、ミレーユは部屋を出ていった。


 彼女の姿が見えなくなってから、私は深く長いため息をつく。

 そして、人差し指で自分の目尻にそっと触れた。きめ細やかな肌にはシワひとつなく、涙の痕も見当たらない。


「いったい、さっきのは何だったのかしら」


 カイル王子の言葉は、間違いなく私の胸に響いた。だって、私の一番の願いに応えてくれたのだから。人に受け入れられて、こんなにも感動したことは、子どもの頃以来だった。


 いくら篠崎梓の人生が無味乾燥で荒んでいたとしても、感情を完全に失っていたわけではない。

 ましてや、リュシアは情が深く感受性の高い女性だ。感動すれば、普通は涙を流すはずだ。


 なのに――あのときの私は泣けなかった。

 どうして?


「……病気なの? それとも、ほかに何か原因があるの? もしかして、リュシアの身体に私の魂が入ったことが関係しているの?」


 一度考え出すと止まらない。

 静かな空間と無駄に暇な時間で、私は答えの見つからない疑問を延々頭の中に巡らせ始めた。


 こうなると、余計なことまで考えてしまう。本来は関係ないはずのことまで無理に結びつけて、答えを出そうとしてしまう。


 もしかして私が泣けなかったのは、カイル王子のことを心のどこかで疑っていたからでは?

 そもそも、カイル王子のあの言葉は本心からだったのか?

 あれだけのイケメンで、しかも地位も高ければ、いくらでも言い繕うことができるのでは。

 リュシアが純粋無垢な女性であることは間違いない。でも、もしかしたら彼女が騙されていた可能性もあるのでは?


 あの人は味方? 敵? 頼ってもいい人? 離れるべき人?


 それに――ここに来るきっかけとなった【絶対防御】の力。あれはいったい何なのか。

 私に使いこなせるのか。

 使いこなせたら、私はどうなるのか。まさか、戦場に引きずり出されるのか。

 そのためにここに連れて来られたのでは――。


「あーもう! ダメだ!!」


 癇癪を起こして、起き上がる私。

 自分のネガティブ思考が心底嫌になる。

 こういうとき、ただ横になっていてもいいことはない。篠崎梓の経験がそう言っている。


「とにかく不安なことが多すぎる。こういうときは――調べ物だ。とにかく身体と頭を動かせ、私。このままだと、また王子やミレーユに心配をかけるだけじゃないの」


 頬を軽く張って気合いを入れる。


 本当はスマホがあればいいんだけど、中世ヨーロッパ風の異世界にそんなものありはしない。

 それに今は、楽な方に流されてはいけないと思った。そうしないと、きっと私はまたネガティブな考えにとらわれ続けてしまう。


 カイル王子の言葉を思い出す。


『俺にとって今、最も大事な女性が君なんだ』


「あんな真っ直ぐな人を疑うなんてどうかしてる。カイル王子をがっかりさせないためにも、何かしなきゃ」


 私は部屋を見渡した。窓際に書斎机と本棚があり、立派な装丁の本がずらりと並んでいる。

 同人活動に手を出していた私は、ファンタジックな見た目の本にテンションが上がった。ウダウダ悩んでいた頭がちょっとリセットされる。やはり本は友達だ。


 さて、問題は中身が読めるかどうかだけど――。


「……う、うーん。微妙……」


 ずっしり重たい本を一冊手に取り、机の上に広げて私は唸った。


 一応、文字は読める。内容もある程度わかる。

 たぶん、リュシアの記憶が助けてくれているのだろう。


 ただ、スラスラ読めるわけではない。たとえるなら、中学生が難しい専門書に無理やり挑戦しているような、もどかしくて頭が混乱する感じだ。


 それでも頑張って読み解いていく。私の中にあるリュシアの記憶や知識とも照らし合わせながら、紙に書き留めた。


 そうやって整理した結果、ようやく私は落ち着いてきた。理解するって大事だ。

 まあ、別の不安も出てきたけど……。


 改めて、私が転生したこの場所は、ヴァルフォート王国の王都リュミエールにある、ブラン離宮だ。

 ブラン離宮は、王妃候補や高位貴族の令嬢たちが集められる特別な施設だ。王族の妻や側室としてふさわしい教養を身につけさせると同時に、家同士が女性を使って裏で動くことを防ぐため、重要な女性たちをまとめて管理する場所でもある。

 まさに、花嫁修業と監視の場だ。


 リュシアの生家・オルティス家は、伯爵という家格で、しかも王都から離れた場所に所領を戴いていながら、王家との関係は良好だ。

 それというのも、オルティスの一族は代々、王の後方を守るという役目を仰せつかってきたからだ。

 いってみれば、守備の家柄である。


 ヴァルフォート王家は、代々戦闘に秀でた能力を持つ。『力の信奉者』と呼ばれる所以だ。

 当然、重臣たちも「強さ」に関して並々ならぬこだわりがある。


 そんな中、オルティス家はあくまで「守り」に徹することで王家から一定の信頼を得てきたのだ。

 王都から離れた場所に領地があるのも、いざというときの防波堤となるため。

 そういえば、実家の近くにやたらと頑丈そうな建物があったのを思い出す。あれは確か、万が一のときに王族の皆様をかくまうための施設だったはず。


 当代の国王陛下は、「オルティス家には豊かな土地で伸び伸び過ごして欲しい」と仰せだ。どれだけ信頼されているのか、オルティス家。

 そりゃあリュシアみたいな良い子が育つわけだよ。理想的じゃない、実家の環境。


 裏を返せば、王族周辺はなかなか殺伐としているということだ。

 主立った貴族の中には、オルティス家を疎んじている一族もいる。後方にいるばかりの臆病者に大きな顔をされてたまるか、というワケである。

 心が狭いなあ。いいじゃない、迷惑をかけてるわけじゃないんだから。


 そんなのんびりした日陰者だったはずのオルティス家から、第一王子の許嫁が誕生してしまった。それがリュシア――つまり私である。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ