【春と氷の思い出】
引き続き、”立ち寄り小街”を歩いている。
ふとパシャリと耳慣れない音が聞こえたので、後ろを振り向く。
伝統的な家々に向かって夏の王子は四角い機械を向けていた。肩から下げていて、昔でいう「電話携帯」くらいの大きさがある。えーとバブルの時に「しもしも」が流行った?とかいうやつ。
けれどレンズがついていて、さっきの音と合わせて「ははーん」と思う。
「それってカメラですか?」
「わっ。冬姫様から話しかけていただくと驚きますね。光栄です。そう、これは最新アイテムのカメラですよ。風景絵画をすぐに作成するための機械。よくご存知でしたね」
「似たものを手にしたことがあるものですから。この辺りの写真を?」
「ええ。祖国に持って帰ろうと思って」
夏の王子カイルさんは、これまでの旅路でも撮っていたという写真をいくつか見せてくれる。
土地風土がよく表れている風景写真が多い。
たまに自然体の人が映っているのは、どうしても撮ってみてくれと現地の人が興味津々だったからなんだって。そっか、カメラが珍しいからこそなんだ。みんなそわそわとしたぎこちない笑顔でポーズもしていないのが、かえって新鮮って感じ。
まだカメラの道具が貴重品のため、ここぞという景色があるときにだけ、シャッターを切っていたのだそう。
この小街もそろそろ出る時間が迫ってきたから、カメラを使うことにしたらしい。
彼が写していたのはとくに大きな民家で、それを画面内にうまく映していることといい、センスがいいらしい。
「センスが良くないと夏の島では商売ができませんからね!」
ウインクしてみせる彼は軽快だ。
そしてさらりと言葉をかぶせる。
「もしよかったら冬姫様とフェンリル様も撮らせていただけませんか? これを使うと魂が抜かれる、なんてこともありませんよ。もし興味があったら声をかけてください。どこでもいつでも撮りますからね」
おおー。嫌味がなくて時間への気遣いもされてる、スマートな誘い方だなぁ。
けれど私の獣耳は聞き分けている。彼が実は、かなり緊張しながらこのセリフを選んだことを。
「フェンリル。せっかくだから撮ってもらう?」
「しかしあまり綺麗に撮れていないようだが?」
「前例の私のスマホと比べてしまったらどうしてもそうなるよ。あれは地元のものだもん。この世界の最新式の写真だよ。今この時を記録しておくのもいいなあって思うの。それにほら、ジェニ・メロの目を見てみて」
「……さてはオマエたち、期待しているな?」
キラキラ〜!なお目目の双子はとても可愛い。
「フェンリル様たちが映っている異国の写真なんて、国宝ですっ!」
「フェルスノゥ王国が責任を持って玄関に飾りますからっ! というわけでカイル王子、そちらを言い値で買います」
「子どもにして小切手を持ち歩くなっ。それにフェルスノゥ王国のふところぐあいは今は厳しいだろう。写真に収めさせていただく栄光の代わりに、フェンリル様たちがおのぞみであれば一枚渡させてもらうさ。その代わりに二枚取らせてもらって一枚こちらにください」
「「よそに売らないでくださいね」」
「当然、ホヌ・マナマリエで大切にするよ」
さて、期待したキラキラ〜なお目目が三人分になった。
私も含めたら、四人分かも?
フェンリルの写真、ほしい〜!!せっかくの白金髪は夏の間だけだし、イキイキした緑を背景にしたフェンリルもまたすごく綺麗だ。この雰囲気を切りとっておきたいじゃない
「いいよ。構わない」
「やったあ!!」
「エルが一番はしゃいでいるな」
「他の方々は立場もあってなかなか態度に表せられないけど大歓喜だと思うよ。感激に震えているもん」
「そうです、そうです。あああすごい瞬間だ。取るときに手がブレないようにしなければ……」
「「ブレるのは無礼です」」
「プレッシャーをかけるなよ〜」
ま、頑張るよ、ってカイルさんは深呼吸。
あ、カイルさんって気楽に呼ぶように言われまして。
私とフェンリルが並んで、映された。
機械から刷り上がってくる写真を見せてもらう。
民族衣装を着こなす透き通った白雪肌の男女、なびく白金髪に、のせられた麦わら帽子。
ああここにいるなあ、って感じがした。
カラーが変わって以前よりも美少女風になった私ではありますが、「エル」がここで生きているんだなあって。客観的に見たことによってじんわりと実感していく。
ふと気づくとフェンリルが私の方を見ていた。
あいかわらずとても優しい表情だ。写真の中の彼はとても綺麗だけど、実際に目を合わせたときの方がもっと優しさを感じられる。
嬉しいな。ハネムーンだ。
手を繋いでニコニコとしてしまった。
「うわ……仲良いですね……!?」
「でしょう。フェンリル様と冬姫エル様は非常に仲睦まじくいらっしゃるのですっ」
「ラオメイの危機を乗り越えられたことによってさらに距離が縮まったように見えますね。エル様の遠慮がちな感じがなくなったというか〜」
「自らくっついているように見えますね」
「くっつきあって一つの氷になっちゃいそうです」
「「きゃ〜」」
「……お子様たちは指の間からのぞくようなしぐさはやめた方がいいかな?」
「「ご心配なくカイル王子」」
(このマセガキ!)
……とかってやりとりが聞こえてくる〜。私聴力めっちゃ上がってるんだってば。
聞きたいと思った音を集中して拾えば、山一つ向こうの音まで聞き分けることができるそうだ。
麦わら帽子をかぶっていても問題ないみたいだね。
写真を山分けした。
あちらに一つ、こちらに一つ。
そして土産物店に寄る。
けっこう長く歩いてきて、この一角が最後の土産物店のように見える。
どれどれ、何があるかな……なんか、ひんやりした空気を感じるんですけど……?
店の奥のほう、影になっているところを凝視して、ギョッとする。
氷色のカケラがくっついた首飾り。
あれ、もしかして、春の山々に氷を生やしたときのカケラじゃないですかね!?
「すみません。あのペンダントを……」
「お目が高い!」
高い値段を提示された。ぼったくりではないでしょうかね。
このままでは空気が悪くなると思ったのか、カイルさんがすかさず間に入る。
「失礼。この氷について、どこで手に入れましたか?」
「ラオメイ産の水晶じゃよ」
たらーり、カイルさんの額を汗がつたう。
フェンリルってば威圧するんじゃありません。
仕方ないなあ、間に入ろう。
「この土地で発見された地元のもの、を売っているんですもんね。回収したばかりなんですか?」
「おお、そうさね。最近地震や春の大嵐があり、その中で仕入れに走ったもんさ」
「すごいです」
たくましいなあ。
もともと落っこちていたものを、民芸品に仕上げたのはこの人たちだ。
地元のもので工芸品を作るという、これまでの生活となんら変わらない。
「失礼、再びの発言をお許しください。その氷を作ってくれたのが、雪国出身の彼女たちなんです。春の大嵐を収めるために尽力してくれました。ですから一つお譲りいただくことはできませんか?」
カイル王子が、私が見つめていた一つのネックレスを指差す。
ここまで言ってもらったものだから、私はフェンリルの手を取り、お互いの爪が”氷色”であることを見せた。
店主さんだけでなく、あちこちから店番をしていた人が集まってくる。
目を丸くして私たちの指先を見ている。
「へえええ。氷色の爪の方々は初めて見るぞ。そちらの双子ちゃんもかい。それに……護衛もいるとなっちゃあ高貴な方々なんだろうなあ。うーむ、こっちも嵐の日に命張ってたわけだがよ、しかしそもそもの創造者をないがしろにしてはいけねぇ」
ペンダントを一つ、私に渡してくれる。
「他の氷のカケラはいただいていいのかい。ありがとうさん。四季の恵みに感謝を」
「……! はい、四季の恵みに感謝を。ありがとうございます」
ここには他国の旅人もよく訪れるため、このような挨拶になっているのだとのちに教えてもらった。
ペンダントに氷のカケラがくっついていると、天然石の工芸品のように見える。
けれど、氷の中に今年の春の桃の花びらが閉じ込められていて、今さっき生まれたものだということが明らかだ。不思議なもんだと思っていたんだけどよ、と店主さんは語る。
このペンダントからは、春と冬の加護を感じられる。
どちらもが一体になった心地いいエネルギーがあるように感じられた。
買い物を終えて、店から離れる。
みんなで荷物の最終調整だ。
私も手伝う。
しゃがんだ時にふと、首から下げたペンダントの氷が、氷色の爪先に当たった。
「あっ」
キィン! とその周辺が冷える。
冬の民にとっては涼しく、夏の民にとっては寒すぎてガチガチ震えてしまうくらい。
そして穏やかに春の気候に変わり、初夏の空気にまぎれていった。
「あの、い、今のは……? 何か荷物運びに不備でもありましたか……!?」
「いえ。このペンダントのせいみたいです」
私は紐をつまみ上げて、顔の前までペンダントを持ってきて凝視した。
まぶたを下ろす。
瞳をクリアにする。
まっすぐに見つめると、視界にはブルーカラーのフィルターがかかる。
「魔力が見える。このアイテムは共鳴するみたいですね。少しの間、私の氷魔法が強化されたような感じがありました」
「伝説のアイテムみたいなもんじゃないですか……」
カイル王子は唖然と言ってから、グッと拳を握った。
「買い占めておいてよかった」
「買い占めたんですか!?」
「財力にものを言わせました」
「お金持ちすぎる」
「ははは。商売人はいかにタイミングよく仕入れができるかですからね。資本金が多いに越したことはありません。さっきの商店にはまとめ買いの値段を払っておきました。聞いたところによるとまだ氷のカケラは周辺にあるようなので、彼らはしばらく収入に苦労しないでしょう」
「あの……ちょっと待って」
それって、商売的にも価値があるってことは、狙われやすいはず。
「この土地が危険になったりしないかな?」
「……? ……ああ、そういうことですね。大丈夫ですよ。効果が出なければただの記念品です」
「効果が出なければ……」
「さっき仰いましたよね。共鳴するみたいだって、そう感じたのだと。感性が鋭いフェンリル族として感じたのであれば、正解のはずです。おそらく、元の魔力が多くなければ意味はないはず。次の四季姫になるような規格外な方でもなければ。そしてフェルスノゥとラオメイの方でもなければ。あとはそうですね、ハウラオ王子の腕の見せ所じゃないですかね」
仕事のしすぎで壊れたりしないかな、あの人。
大丈夫か、のんびり休暇好きのタウリィア姫がそばにいるんだから。
「ふむ。エルが感じ取ったもので間違いあるまい。フェンリル族と春龍の名残りを感じる。このカケラ単体で奇跡を起こせるような代物でもない。扱える者が間違えなければ大丈夫」
カイルさんはカバンからペンダントをいくつか出して、部下に持たせる。
部下の方は来た道を戻っていった。
「部下を一人、ラオメイに戻しました。今の話とペンダントを届けてもらいましょう。ここまでしたら友好国としての責任は十分果たしたと言えるでしょうね。ふうっ、仕事したー」
にこやかに額の汗を拭うしぐさをするカイルさん、爽やかだ。
商業と交流の仕事が好きなんだろうな。一緒にいて空気が気持ちよく保たれるので、安心感がある。
「あとのペンダントは祖国へのおみやげですか?」
「はい。夏亀様に届けてみたいと思います。外の世界に好奇心がある方ですから──」
これなどいいですね、とカイルさんが見ている氷のカケラには、苔のカケラが入っている。
「夏亀様の甲羅の端の方の色みたいだ」
「そうなんですね。もっと教えてください。夏亀様のこと」
「こちらから話せることをなんでも、喜んで! 会話をお二人にお楽しみいただけていたらこんなに光栄なことはございませんとも! 歩きながら話しましょう。さあ、いざ夏の島へホヌ・マナマリエへ──!」
まるで観光ツアーみたいに、カイルさんは黄色の旗を掲げる。
だんだんと強くなる日差しのもと、パッと明るい旗は良く目立つ。
風はからりと乾いていて、べたつきのない快適な空気。
十数日をかけて、緑のにおいの中に潮の香りが混ざってくる。
海が見えてきた。
船に乗って……まさにハネムーン!
読んでくださってありがとうございました!
本日、まんが王国様でコミカライズ更新あります₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑
モフモフ作画が最高なので、ぜひご覧になってください♪
ここまでが春フェンリルです。
お付き合いくださりありがとうございました!
次からは夏フェンリルを始めます。
ハネムーン完了まで書きますので、お楽しみいただけると幸いです。




