【冬姫様の羽伸ばし】
私たちはラオメイ国近郊の、”立ち寄り小街”を巡っていくことにした。
例えば日本の奈良井宿のように、旅人がよく立ち寄る観光地という感じ。
その地域ならではの風景が保たれていて、伝統の土産物が並び、泊まるところは地域的な伝統建物。文化風景を楽しむことがメインだから、そのぶん遊ぶための施設は少ないって感じ。
これくらいゆったりしたところの方が好きだから、私は嬉しいな。
柔らかい春風が吹き抜けていく。
ふと、頭に巻いていたスカーフがほどけた。
「エル。獣耳がよく揺れている」
「あわわ。はしゃいでるのがバレちゃう……冬姫らしくないかな?」
「楽しそうにしていると私は嬉しいし、ハネムーンだから」
「そっか〜〜〜!」
フェンリルの全肯定、出ました。
しかも返し方の技術が上がっている感じがあるよね。言いくるめられる。
愛娘からパートナーになったとしても優しさが変わることはなくて、彼は私を甘やかしてくれている。
きっと、甘やかしてもきちんと勉強していけるって信じてくれているんだと思うから。
違うことをしている時には、忠告もしてくれるし。
フェンリルの信用を失くしたくないから、私はこれからも冬を支えていけるようになっていきたい。そのための経験も、知識も、交流も、わくわくしているんだ。春は芽吹き。何もかもが生まれゆくエネルギーの溢れる季節。
フェンリルもスカーフを外した。
繊細に揺れる髪は薄桃色。背景はみずみずしい新緑。ラオメイカラーに見えてくる。
別の季節とその問題に触れてこそ、あらためて冬の維持についても見つめ返すことができるはずだよね。春だなぁ……。ちょっともう暑くなってきているけど……。
「いやあいい日ですね!!」
明るくて声が大きいカイル王子。
視界の端にひょっこりと現れる、ヒマワリのような金色の髪。
この色は常向日葵カラーっていうんだっけ。
夏の国に行くことも、私たちへのプラスにできるかな。
ハネムーンみたいに軽やかに、そして四季獣として扱ってもらえるようにしたたかに。
したたか。
できるかな?
カイル王子たちは海の外交を得意とする島の民だからか、会話の端々に思惑を感じるの。けして、悪いことを企んでいるってわけじゃないんだけど、いつだって隙がないと感じる。自分の言葉やテンションをコントロールしているっていうのかな、仕事ができる人特有の安定感があるんだ。だからつい、私は私自身に焦っちゃう……。
まだまだ経験が足りないんだろうなって。当然なんだけどね。
ゆっくり大人になればいいって、フェンリルも言ってくれているんだけどね。
安定している島の民のみなさん、いいなあって。羨ましいなあって。ちょっと拗ねたい。
ホヌ・マナマリエのみなさんの、買い付けの華麗さにびっくりする。
土産物店に積まれている品の中からいくつかをサラッと目利きして選び、即決で買っていく。できる人たちだー。
したたか、とは彼らのためにある言葉のよう。
したたかでしなやかな。
……それは私に合っているだろうか?
とりあえず羨ましいんだけど?
うーん、脳内にポンと現れたグレアが余計なことを言ってくる。
<己の取り柄を生かすことのできない冬姫でいいんですか???>って半眼で小馬鹿にしたように。
まさか、遠く離れていても補佐官業をしてくるとは……。
羽を伸ばしすぎているからかな。
のほほーんとした時間があると、頭でいろいろとイメージしちゃう。
やるべきことがあまりないのって、珍しいから。
私ってワーカホリックなところあったもんねぇ。
冬の雪山でも、働きすぎ、ってフェンリルに言われちゃったっけ。
フェンリルの獣毛並みが恋しくなっちゃって、すすすと背中に近づくと、旅装束からサラリと覗いている尻尾に触れた。サラサラと撫でると癒される。芯のない毛先の部分を触っていたら、くすぐったそうに尻尾が逃げていった。ああああっ。私の癒しがっ。
──私に癒しが必要ってときは、フェンリルが察してくれる。
ぐい、と彼が手を引く。
周りから見たら初々しいカップルに見えているかもしれない。
「エル。あそこで帽子を新調するのはどうだ」
「帽子?」
そういえば頭に結んでいるスカーフは心許ない。帽子があってもいいかもしれない。
足を運ぶのは、帽子屋さん。
こぢんまりした店構えだけど、見えている壁いっぱいに帽子がかけられいるのは迫力がある。手前に重ねられている帽子は気安く手に取れそうな雰囲気で、宝探しのように選ぶのも楽しそう。長めに選べるようにするためか、店の前には休憩用の木の椅子がいくつか置かれている。樽に水が張られていてみずみずしいスモモのような果実が浮かべられ通常より高めに売られているのは、店の主人が商売上手なんだろうな。帽子選びに疲れたら、ついつい買ってしまいそうだ。
仙人のような雰囲気のあるおじいさんが、店主さん。
「帽子を見せていただいてもいいですか?」
「はい、旅のお嬢さん。儂が長年かけてコツコツと集めたり作ってきた帽子たちだ。どれを選んでもいいものだよ。そのうつくしい髪の色には、緑系統が春めいていてオススメだね」
この辺り、とおじいさんは帽子の山を指す。
濃い緑からうっすらした淡緑までグラデーションのように色が変わっている。
と、そこに行こうとしたらフェンリルが私を止める。
「エル。どうしてその色に?」
「オススメされたの。今の髪の色にはこの帽子が似合うだろうからって」
「そういうことか。これからのフェンリル族はまた毛並みの色が変わるんだ。冬は白銀、春は薄紅、夏は白金、秋は薄茶……とね」
「そうか! 確かに!」
夏は白金色なのね。
これからすぐに夏になりそうだから、白金色に合うような帽子にした方がいいんだろうな。
私たちは旅の最中なわけだから、荷物が多いのは困っちゃうよね。
ジェニ・メロをちらりと見る。
「あんな感じの髪の色になるの?」
「近しいだろうな」
「ということはもしかして、フェンリルがフェルスノゥ王国の王子様だった頃の雰囲気が、夏には見られるってことでは……!?」
「ああ、そうとも言えるなぁ。興味があるのか?」
「あるある。だってフェンリルのいろんな姿を見てみたいと思うもん。えーとその、恋的な意味で……」
「そうか」
フェンリルは満足げに微笑む。まっっっぶしい。美しいわ。
そしてフェンリルは、夏のカイン王子を手招きして呼んだ。これはジェニ・メロも止めることはできなかったよね。なにか用事があるのかな。
「なにかご用でしょうか?」……って、やってきたカイン王子もちょっと緊張しているみたいだ。なにせフェンリルから直の呼び出しなわけだから。
フェンリルは安心しろというように、カイン王子の頭にポンポンと二回手を置いた。
思いやりのつもりでそうしたんだろうけど、カイン王子の笑顔が引きつってるよ。そりゃあ意図を理解できなかったら怖いだろうな。大精霊の接待だもん。
でも私の方を見て助けを求めなかったのは(ここでもしフェンリル様の機嫌を損ねる仕草をしたら詰む)って判断したからなんだろうな。賢明な人だなあ。それでいてソツがないし。
フェンリルはカイル王子の指先に軽く触れる。
──それ、私が嫉妬しちゃうんですが??
あ、カイル王子がさすがに青ざめている。
私までプレッシャーにさせちゃったらいけないよね、ごめんごめん。
──パチパチ!!……と指先を起点に金色の光が弾けた。
まるでそこだけ繊細な花火みたいに。あるいはとても小さな夏の太陽みたいに。
あっけにとられて魅せられていたから、おそらく4秒ほどだった景色が、長く感じられた。
その間に、フェンリルの髪の色が変わっていた。
さらさらとした白金の髪。
アイスブルーの瞳。
私は大急ぎで駆け寄って、がし、とフェンリルの手を掴んだ。
「すっっっごく似合ってるよ、フェンリル!!」
「……どうだろう、と聞こうとしたのだが、エルがやってくる方が早かったな」
さらりと微笑むフェンリルは雰囲気が夏らしく移ろっている感じがして、さっきまでよりも表情が明るい。
そういえば夏の人々は明るい性格の人が多いようだし、フェンリルが王子様だった頃ってなかなかのやんちゃさんだったらしい。
なんていうかこう、美の迫力と人間性の圧力がすごい……。
春の日差しの中にたたずむにはまぶしすぎる存在感で、狂い咲きしたヒマワリみたい。どう表現していいかわかんない。なんかもう綺麗ってこと以外よくわかんない。これをあと秋フェンリルも浴びたら私、どうなっちゃうんだ。フェンリルの秘めたるポテンシャルがすごすぎるな。綺麗だし。綺麗すぎだし。
かわいそうにカチンと固まっていたカイル王子は、部下の方々から詰められている。
「どーーーするんですか!?勝手にフェンリル様を夏仕様にしてしまって四季への影響があったら、うちのせいになるのでは!?」
「あの状態を説明するしかないだろう。してフェルスノゥ王国の双王子、先ほどの状況を証言してくださいますな?」
「僕たちまぶしくて目を瞑っちゃいました」
「北の民は強い光に目が弱いんです〜……」
「うぐぐぐぐ。我が国の王子カイルが影響を与えたのは確実であるため、いざとなれば彼を差し出すこともやむを得ないでしょう。一人の犠牲でホヌ・マナマリエが保たれるなら損切りします」
「あーー……仕方ないのはわかるし、祖国の方針として納得もできちゃうんだよなあ。となると島に着くまでが俺の命なのか……」
「「手を合わさせてくださいね。御愁傷様です」」
「あと少しの命ときた。もうこうなったら弾けちゃおうかなあ」
なんかすごい流れになってる……!!
みんな決断が早すぎる。
フェルスノゥ王国はフェンリル至上主義だし、ホヌ・マナマリエ島は合理主義って感じだし。みんなが優秀な人すぎて、決めることに迷いがなさすぎる。
フェンリルがいかに特別視されて、大切にされるのか、その一例を見ちゃったな。
フェンリルが悪いというよりも、周りの過剰反応とも言えるよね。
私が調整しなくっちゃ。
それは、立場が近しい私にしかできないことだから。
さあ、声を大きめに!
「フェンリル。ところでその姿になることで、夏の気候に影響ってあるの?」
「いいや? 私がエルにこの髪の色を見せたかっただけだ」
「そっかー! 髪色を見せたかっただけで、夏の気候に影響はないのね!! フェンリルの別の姿を見せてもらえただけだから、いいことづくめだー!」
フェンリルの手を取って、ぴょこぴょこ跳ねる。踊るように。
するとフェンリルはエスコートするように私を導いて、軽いダンスに誘ってくれた。
そんなこともできたんだ。マジで冬の王子様じゃん。ドキドキしちゃう。
バカップルとでも、ハネムーン症候群とでも、なんとでも思ってもらいましょう。
今回は、うしろで緊張から解き放たれてぐったりしている国家関係者を守れたので、それでよしとする!!! 私、調整、頑張った。
「ふう。すみませーん。他の帽子も見せてもらいますね」
「あ、ああ」
帽子屋の店主さんが完全に腰が引けている。
そりゃあ、一連の流れを見せられたらビビるよね。
「金の髪に合わせるなら青や白がオススメですね。海と入道雲の色です」
ひょっこりと横に現れたのは、カイル王子。
さっきの発言を有言実行しちゃうつもりのようだ。
つまり「もうこうなったら弾けちゃおうかなあ」ってことみたい。
ジェニ・メロたちはやれやれという雰囲気で見ていて、さっきカイル王子を庇ってあげなかったぶん、お目付を甘くする様子なのかな。
と、小さな双子を見ていると、私に向かってキャピッと微笑んでくれる。首の前に拳を置いて、コクリと首をかしげる仕草はちょ、それ、ミシェーラから「しばきましょうか?という北の狩りの合図です」って聞いてるんだけど!?
ブンブンと首を横に振ってから、ひと息。
人数が多い。
クセが強い。
フェンリルは綺麗。癒されるなあ。
帽子、決めちゃおうっと。
青や白の帽子もたくさんの色がある。
これから行くのは夏の島だから風通しのいい帽子が良さそう。フェンリルの頭に乗せてみて、どれがいいのかなっと選んでいく。獣耳がピン、と立ったり、フニャリ、と下がったり。見てて面白いな。
夏毛のフェンリルの獣耳は繊細な薄さで、夏の日差しには弱いかもしれない。
色付きの麦わら帽子にしよう。
これならつばが広くて顔に影を作ってくれる。
フェンリルには、青色で白のリボンがついた麦わら帽子。
私には、白色で青のリボンがついた麦わら帽子。
素材が麦なのかは知らないけどね。
もしかしたら北特有の植物を使っているのかもしれない。帽子はふしぎと指先に馴染んで、作られた影は涼しく、なんとなくまっ先に目に留まったの。
「フェンリル、どうかな」
「よく似合うよ、エル」
「えへへ。じゃあこれを買います。お金を払いますね」
他国の通貨であっても勉強済みなのですよ。ふふふ。
間違えることなくぴったりと、お金を払うことができた。
得意げになっていた私に、こそりとカイル王子が教えてくれる。
「……こういう時には値段交渉をしてもいいんですよ?」
あっ!!
そういえば外国の旅先ではあるあるだよねぇ……。
先に聞けばよかったなあ。
なんとなく振り返ってみたら、店主のおじいさんは颯爽と店じまいをしていた。
は、早い。まだ昼前だっていうのに。周りに他のお客さんがいないし、私たちが立ち去ってからまた商売再開するつもりかもしれない。たくましい。
……私が”したたかに”なるのはどうやら向いてなさそうかな。
したたかではなくても、私らしい冬姫業をするための長所を探していこう。
もしも私だけでは見つけられなくても、きっとフェンリルが見守って見つけてくれるはずだから。
ゆっくりと羽を伸ばすような心地で。
春と夏が混ざりゆく空気を吸いこんだ。
読んでくれてありがとうございました!
フェンリルが一足早く夏毛になりました。さわやかな白金色サラサラヘアーです。
コミカライズ3月25日はお休みです。
4月をお待ちください( *´꒳`*)੭⁾⁾
あと一話ほど羽を伸ばしてから、夏島にたどり着きます。




