【夏の王子の旅記録】
【夏の王子の旅記録】
緑の国ラオメイに冬フェンリル様たちが関わったと聞いて、これはチャンスだと思った。
その意思というのが、「四季獣は助けあってもよい」という前提によるものらしいから。
そうであれば、ホヌ・マナマリエにいる夏亀様にも快く会ってくださるだろう。
夏亀様は、退屈がきらいだ。
いつでもにぎやかなことを求めている。そのため夏の民は、島を発展させるという方針をとってきた。けれどあまりにも、夏亀様は懐が”広すぎる”ため、たまたま流れついただけのものに関心を寄せすぎてしまっている。
はたしてこれでよいのであろうか?
四季獣様の願いを叶えてゆくことに、際限はない。
それでも島にいてくださるのだから、叶えなくてはならない。
そのことに、どのような心で向き合ってゆくべきなのか、冬フェンリル様にうかがうことで活路を見出したいのだ。
もっとも、そのようなことを素直に口にすれば「直接干渉」ともなりかねないので、あくまで彼らの心をうかがうだけにしておきたい。たくさんの発言を聞き出して、どのようなお考えで生きていらっしゃるのかを判断したいのだ。
そのためなら、ラオメイに乗り込んでいくくらいしよう。
バカで陽気な夏の王子を演じたりもしよう。
けれど……
出会った冬姫エル様というのが、あまりにもただの「常識的な社会人」であり、我々は困惑してしまった。
彼女は、春の淡桃色なのだという髪を春風に揺らし、さらさらした毛並みに包まれた獣耳がやわらかく伏せられたり、ピンと伸びたり。肌の白さは驚くほどで、ホヌ・マナマリエにまで今年初めておとずれた白雪のようだ。澄んだ瞳に見つめられると、見通されているような気になる。それでいて、視線に気遣いが感じ取れるのが不思議だった。あまり長く見つめていると失礼かな、というような絶妙の加減でフッと目元がゆるむ。
だから、幻想的でありながら、こちらに近しい”人”だと思った。
交渉が可能なほどに。
しかしそれは、冬フェンリル様のガードによって遮られる。
顔を引きつらせるという外交上のミスにより、部下に足のスネを蹴られた。
これでも夏の王子なんですけど!?
「──カイル・フレイ・ホヌ・マナマリエと申します!」
自己紹介を笑顔でできたのは、俺自身の努力のおかげであると自負したいところだ。けして部下の激励によって条件反射でとりつくろうように教育されたからではない。
冬姫エル様のほうに狙いをつけていたものの、彼女は目をわずかに瞬かせ、微笑むにとどめていた。
これも、ごくごく自然な反応だった。その自然さを演じたのだろうな、とピンときた。
きっと口にしたかったのは(ホヌ・マナマリエ? それは夏の国の名称であるはず。それならば王族自らが来たのか)……ということだったのでは。
なんということ。
頭の回る。
知識も、常識も備えている。
あらかじめ誰かに教えられたのか、この人なら、自ら学ぼうとしたのかもしれない……。
たたずまい一つとっても、冬の四季獣の二人の様子は異なっていた。
美男子のフェンリル様は、来訪者が誰であろうとゆらがないのは、絶対優位の余裕のためだ。
冬姫エル様は、あきらかに身分を理解していて、引いたほうがいいという判断をあえてされている。
ホヌ・マナマリエは多数の観光客が押し寄せる交流の島。
たくさんの人と関わってきた夏の民は、相手を測ることに長けている。
ラオメイのハオラウ王子がすっかり丸くなっていたのには驚いた。
前に会ってからわずかしか経っていないのに、まるで、過去を砕かれて立ち直ったのかのような、芯のある成長をみせている。
これを導いたのが冬フェンリル様ならびに冬姫エル様なのだとすれば……
大きな力と、正しく導く志をお持ちであれば……
夏亀様への理解について、非常に期待が持てる!!
「ホヌ・マナマリエ島にも行こうと思います」
そのうえ、この返事だ。
やった。手に汗がにじんだ。
「ありがとうございます。きっと楽しんでいただけるようにいたします」
「そうですね。ハネムーンなので」
は?
は??
ハネムーン?
それ目的でホヌ・マナマリエに来てくださる観光客は多くいらっしゃるが、冬フェンリル様たちがハネムーン?
やけに距離が近くて、なぜか若い男女のペアだとは見ていたけれど、ハネムーン?
まじで?
フェンリル様は北の言葉しか話せないようなので、冬姫エル様に耳打ちしている。うわ仲睦まじい。けれど夏の民は地獄耳の商売上手なもんで、聞き取れるんです。「ハネムーンだと君から伝えてくれてありがとう」……か。
全力で乗っかろう。
「ホヌ・マナマリエ島にはハネムーンの方のためのウエディング場や、誓いのベルを鳴らす丘、プライベートビーチ、ロマンチックなヒマワリの花畑などがございます。最高のハネムーンをととのえさせていただきますよ!」
第一に、お客様のお幸せを。
第二に、自分たちの利益を。
どちらも達成できてこそ、WINーWINのよい商売になる。
さて、仕事しよ!
ラオメイの深い緑の谷を抜けて、それなりに人がいる街にたどり着いた。
「この裾野の街に、我々も滞在させてもらっていました。ラオメイの春の恩恵を感じ取りたいという旅人がよく訪れるところなんです。そのためさまざまな地域の人に合わせた、ちょうどよい便利な品がありますよ」
「そうなんですね」
なんとか、冬姫エル様に話しかけることに許可をもらっている。
冬姫エル様はどのような言語も耳で聞き、話すことができるそうだ。その範囲はまた驚くべきもので、同じ言葉を発していても、あるものにはラオメイ語に、あるものにはフェルスノゥ語に、あるものにはホヌ・マナマリエ語に聞こえる。
そのため彼女が間に入っているほうが、なにかとスムーズであるらしい。
そして冬フェンリル様は冬姫エル様が活躍していると嬉しそうになさっているし、北の、愛子への教育というものはこのようなルールなのかもしれないし。そっとしておこう。
冬姫エル様はほんとうに対応にソツがないため、安心して任せていられるというのもあるだろうな。
裾野の住人とも、またたくまに打ち解けてみせている。
尋ねたいことがあればそっと短文で聞き、相手からの話をできるだけ引き出し、自分は常識的な返答だけをする。それであれば口喧嘩になることはまず、ない。人と親しくなろうというときに、段階を踏んで歩み寄ってくれるようなコミュニケーションをする人なのだ。
これは、ハオラウ王子が絆されたのも無理はないのかもしれない。
「話しかけ方を教えてくれてありがとうございました。おかげでトラブルなく店舗の買い物ができました。値引き交渉をすることがここでのコミュニケーションのきっかけなんですね」
「ええ。品に関心があることを示すだけでなく、相手と話したい、と意思表示をすることも大切なんです。それに普段であれば、ここでは話すことによって他所の情報を仕入れ、ラオメイに流すという役割もありますから」
「自衛にもなるんですね」
「春龍様への恩恵深い土地でもありますから。ラオメイが守っている領地ではなくとも、春は近しく豊かな芽生えをくれるそうです」
「その表現、この土地の方だから出てくるものですよね。お話がお上手だな、と思って見ています」
「ええ、ぜひ見て下さい! 見られることが我が国の誉れですからね! 夏の王子など広告塔なのです」
「……爽やかな方ですよね?」
「暑苦しいって表現していただいても構いませんよ! それを聞きつけた人が、どれどのようなものかとうちの島に観光に来てくれるかもしれませんから」
「炎上商法は危ないのでやめましょう。そんな必要もないくらいに健全に発展していると聞いていますから、よいものを好むような人が観光に来てくれたほうがきっと穏やかです」
冬姫エル様の発言に、つい、私欲を乗せた発言をしそうになる。
口が開きかけてしまって、あわてて閉じるはめになった。
ついでにニコッと口角を上げておいて、頬に夏の魔力を集中させ、金髪をかき乱して「照れた男」を表現する。
──そうできればどれほどいいことか。
──夏亀様は珍しいものを見てみたいのだ。退屈しておられるのだ。
──穏やかな日々というものは、夏の暑さとは相性が悪いのだろうか、どうなのか。
──ホヌ・マナマリエ島に来たあなたも、今と同じように「穏やかであるといい」と言ってくださるのだろうか。それを知りたい。
「「あっちのお店もどうでしょう!?」」
北の双子……メロ・ジェニ(と呼べとねだられた)が俺の両腕をとる。ほとんど連行じゃないか、これ。
こちらが私欲のある発言をしようとした時には、速攻で間に入ってくるということだろう。
こちらに許されているのは、冬フェンリル様たちを歓迎することだけなのだ。
だからどのような返事を返すのかはもう何度もイメージトレーニングしている。
「いいですね! みんなで波に乗っかればきっと楽しいですから!」
「ちょっと、カイル王子!」
部下の叱責なんのその。
ああ、己の涙がちょっぴりしょっぱいぜ。
冬姫エル様には「花粉症?」と心配されてしまった。なんすかそれ、こわそうですね。
「ワハハ!」
ショッピングだ。
夏の国へ持ち帰る「仕入れ」と、ウエディングのご祝儀ということで旅の装束をプレゼントした。
読んでくれてありがとうございました!
ここではまだ夏王子の人柄を知る、プロロロローーーグ!未満!って感じです₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑
ともに島に行くならまったく進展ないわけないよねぇと思ったので。
夏編は、島にいくところからスタートにしますね。
しばらくお楽しみください(*´ω`*)
コミカライズが【まんが王国】様で更新されていますので、よろしくお願いいたします♪
本日もお疲れ様でした。




